三章その3
インターネット上のオンラインRPGでは、運営側がパーティープレイを推奨しているところが多い。
そういったゲームには、一人で戦っても絶対に勝てない敵がいる。パーティーを組めば倒せるようになるが、ただ組むだけでは同じ結果になる。
必要なのは、バランス。
パーティーの最大人数が四人の場合は、次のようなメンバー構成が好ましい。
スキルで敵の注意を引きつけ、敵の攻撃を浴びて仲間を守る『壁役』。
壁役が引きつけた敵に、高威力の攻撃を食らわせる『火力役』。
敵を弱体化させたり味方を強化したりする『支援役』。
パーティーメンバーの体力を管理する『回復役』。
そんな四人が自分の役目をこなすことで、初めて勝てるようになる。
強敵に挑むなら、パーティープレイ。
それは、『人生』という名の『RPG』でも同じである。
『壁役』の沢下リキが敵の注意を引きつけ、『支援役』の服部ハンナが敵の情報を収集してくれたから、自分は『火力役』として攻撃態勢に入れた。
リキの方は協力する気などなく、勝手に動いていただけだが、それでも感謝していた。
『虹原マンデー』が発行された月曜日の朝までは、だ。
朝食後に襲われなければ、でもある。
――あの……、野郎ッ……!!
シンはギリギリと奥歯を噛み、痛む体をゆっくりと起こした。握り締めていたスマートフォンをズボンのポケットに入れ、制服に付いた土埃を手で払い落す。
第一食堂棟を出てすぐの出来事だった。
隣にいたリキが足取りを鈍くして後ろへ下がり、その姿を目で追ったあとで、彼の思惑と彼らの存在に気づいた。
女子といちゃつく極悪人を成敗する、『リア充を撲滅する会』。
部員の数は少ないものの、会員数はどの部よりも多く、標的が現れた際は茶色い紙袋を被って襲う。そうすることで、事後報復を防ぐのだ。
同部が持つ会員名簿には、自分とリキの名前もあり、開戦時は必ず参戦している。
昨日は友でも、今日は敵――。
その活動方針に例外はなかった。
いつもは仲間である彼らと、遅れて紙袋を被ったリキ。おおよそ二十人に囲まれ、自分がぼろ雑巾のような姿になったのは、戦闘開始約一分後のことだった。
――つーか……、何で俺だけなんだよ!! 立場的にはリキも同じだろ! これはあれか、写真の効果がでかかったってことか?
ズボンの後ろポケットに差していた、『虹原マンデー』。それを手に取り、改めて記事に目を通す。
【冬の陣に向けての策略か!? 某研究部の裏工作!】
第三文化棟の文化部が『冬の陣』に向けての準備を進める中、とある二つの文化部が「二人の帰宅部員を籠絡しようとしている」との情報をキャッチした。
『R研』が計画し、『H会』と共に実行。狙われたのは、『帰宅部』の一年生コンビ、S君×S君という話だった。
実際に取材を行ってみたところ、確かにおかしな状況になっていた。
両部の女子部員が、『リア充を撲滅する会』の会員、ホープでもある彼らと仲良さげに過ごしており、その距離は近く、スキンシップも多かった。
今回は情報提供者たっての希望で見送ったが、今後は『R研』と『S会』に取材を行い、真相を明らかにしていくつもりだ。気になる人は、次号も要チェックや!
なお、女子部員たちは命令されて動いており、彼らのことは恋愛対象『外』、もしくは『害』のようだ。
だから喜べ、同胞たちよ。
だから集え、『リア充を撲滅する会』の戦士たちよ。
そんな記事の横には、大きく引き伸ばした一枚の写真が貼られている。
学生ラウンジの壁に手を突く自分に、その前で身を小さくしている陸田ナツミ。
目元には黒い太線が引かれているものの、記事を読めば誰か分かってしまうため、意味をなしていなかった。
――捏造するにしても、壁ドンはやりすぎだったってことか……。何にせよ、第一段階はクリアだな。黒幕さんも満足してくれてたみたいだし、言うことナシだぁーってことにしたいところだけども……。
地面に手を突いて立ち上がり、シンは第一校舎に向かった。
虹原学園で土足厳禁になっているのは、体育館と講堂、学生寮の部屋の中だけである。
それが今は、ありがたかった。
足を止めずに二階まで、一年七組の教室まで来ることができたからだ。
そうして、自分を最も蹴っていた人物、何事もなかったかのように笑顔で出迎えたリキを見て、
――こいつを潰さずに終わるのは、ナシだよな……!!
と思いながら笑みを返し、彼が油断したところで、みぞおちに拳を叩き込む。それから太腿に蹴りを食らわせ、胸ぐらを掴んで足払いを掛ける。
尻餅をついたリキを、シンは冷酷めいた瞳で見下ろして言う。
「今日は全力だ、この野郎……!!」
やられた分はやり返す、と心に決めて半身に構える。
その一方で、リキは恐れの表情を浮かべていた。すぐさま前のめりになって逃げ出そうとするが、腰に入ったシンの飛び蹴りによってバランスを崩し、クラスメートの机を巻き添えにしながら床に倒れ込む。
同時に、一年七組の教室から話し声が消えた。
――これは……、あれだな。ちょっとやりすぎたっぽいな、うん。
後悔して気持ちを静めようとするが、できなかった。
必死の形相になっていたリキが、椅子を投げつけてきたからだ。
――アホかあいつはあぁぁぁぁ!!
後ろの状況が分からないため、避けられなかった。腕で盾を作って受け止めた後、痛む腕をさすってリキを睨みつける。
「ほっ……、本気で殺すぞ、クソゴリラァァァァッ!!」
そう叫んだ直後、室内が水を打ったように静まり返った。恐れを孕ませ視線が、次々とこちらに集まってくる。
――やらかしたな、うん。完全にやらかしちゃったな……。
苦い顔をして悔やんでいる間に、リキは走り去ってしまった。
代わりに、別の人物が現れる。
連邦の白い悪魔か、帝国の白き死神か。
どちらにせよ、自分にとっては最低最悪の相手だった。
「止めてほしいって頼まれて来たんだけど、とりあえず何? 張り倒せば良いわけ?」
「いっ、今の俺は相手にしねー方が良いと思うぜ」
怯ませようと思って言ったが、鳴海ミナは歯牙にもかけなかった。迷うことなく前までやってきて、腰に右手を突く。
「アタシだって相手にしたくなかったわ」
「だっ、だったら何で来たんだよ」
「呼ばれたからよ」
ミナがあからさまに不機嫌な態度を取ると、シンは気まずそうな顔をした。
「こっ、断ればよかっただろ」
「それはアタシの信条に反するわ。そんなことより、アンタたちが暴れているって聞いて連れてこられたんだけど、もう終わったと思って良いわけ?」
「……一時休戦、って感じだな」
その言葉に疑念を抱いたらしく、彼女はすっと目を細めた。
「……その一時休戦は、放課後まで続くのよね?」
「もっ、もう少し早めが良いかなーっと思ったり思わなかったりで……」
「放課後、よね?」
ミナは威圧的な口調で訊き、シンをギロリと睨んだ。
「……放課後だったみたいです」
「それなら良いわ。あ、来たついでに訊きたいことがあるんだけど……」
「何だ、エロ本でも落としたのか?」
先延ばしさせられた仕返しのつもりで言うと、彼女は瞬時に顔を朱色に染めた。無言で足を踏みつけられたのはそのすぐあとだ。
「ぬおぉ――――ッ! 折れた、確実に折れたあぁぁぁぁ!」
「そう。それなら、さっさと脳神経外科に行くと良いわ」
「何で脳が折れるんだよ! 普通に考えて、足の甲か指かのどっちかだろ!」
「せめてどっちかに決めてから言いなさいよ……」
ミナが呆れたように吐息をつく一方で、シンは思案顔になる。
「……足の甲、だな。足の甲が大骨折してる気がする」
「気がする程度なら問題ないわね。それより、ちょっと耳を貸しなさい」
「ちっ、ちぎるつもりか?」
「……アンタ、アタシのことを何だと思っているの?」
筋肉解決法の伝道師。
そんな言葉が思い浮かんだものの、口にしないまま右耳を向けた。鳴海ミナが桜色の唇を寄せる。
「『虹原マンデー』の記事って、アンタが書かせたのよね?」
「あー……、それな」
シンはクラスメートの何人かに目をやった。全員が『理想連合』のメンバーで、視線がぶつかった途端に逸らしていた。
ここでは無理だと判断し、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。
【監視されてるから話せない。詳しいことは服部から聞いてくれ】
画面に打ち込んだ文字を見せると、彼女はじっと見つめてから小さく頷いた。




