三章その2
「それは良いとして、〝お話したいこと〟ってのは何だ?」
『例の記事にまつわるところで不穏な動きがあり、そのご報告とご相談をしたかったのでござる』
「不穏な動き……? 『理想連合』の奴らにばれて、差し止めを食らった感じか?」
思わず顔をしかめるが、
『否。小生よりも先に、『新聞部』へ情報を持ち込んだ輩がいたのでござる』
と聞き、今度はキョトンとする。
「あーっと……、『撲滅連合』の誰かに先を越されたってことか?」
『それなら分かりやすくてよかったのでござるが……』
戸惑いがち言い、ハンナは一呼吸を置いてから答えを示した。
『持ち込んだ輩は『ホスト部』の元部長、三年生の北大路ヒデキでござる』
「北大路先輩って確か、部長の彼氏だよな? 『理女研』の方の」
更に言えば、連合の話を『理想の女子研究部』の部長に持って行った人物でもある。
――別れたってことか……?
『主の言う通り、北大路ヒデキは山田リリコと付き合っているのでござる。小生が調べたところ、その関係は今も続いているのでござる』
「続いてんのに、あのネタを『新聞部』に持ち込んだのか……?」
『そうなのでござる……。あれが表に出れば、『理女研』の立場が悪くなるのでござるが、北大路ヒデキはそれをなしたのでござる』
「……ちょっと考えさせてくれ」
シンはスマートフォンを耳に当てたまま瞑目した。
――目的は、何だ……?
服部ハンナが『新聞部』に持ち込んだのは、『理想連合』が行った〝籠絡作戦〟の情報である。それは来週の月曜日に『新聞部』が発行する、『虹原マンデー』で記事にしてもらうことになっている。
そうして『理想の女子研究部』を焦らせ、一気に叩きのめすつもりでいた。
――『理女研』を苦しませたい、としか思えねーよな……。もしそうだとしたら、恋愛関係のもつれってことになるんだけども……。
本当にそうなのだろうか。疑問を自分に投げかけ、もう一度、最初から考え直す。
だが、変わらなかった。
何度考えても、同じ答えに行き着いていた。
ゆっくりと瞼を上げ、陽光の眩しさに目を細めながら言う。
「……北大路先輩と『理女研』の部長は今も付き合ってる。それは分かったんだけども、関係の方はどうなんだ? うまくいってねー感じだったりしないか?」
『否、普通にらぶらぶでござる』
「あーっと……、ほんとにラブラブなのか?」
諦め切れずに問いを重ねるが、彼女の答えは変わらなかった。
『らぶらぶでござるよ!』
「そっ、そーか……」
『山田リリコ以外だと、『吹奏楽部』の三年生と『女テニ』の一年生。あとは、『チェス部』の一年生ともらぶらぶでござる!』
「もっ……、もしかして、『理女研』の部長以外とも付き合ってるのか?」
『そうみたいなのでござる。あ、お話したいことは、この件も含め、だったのでござる!』
「…………」
日本はいつの間に、一夫多妻制へ逆戻りしたのだろうか。結婚していないから許されるのだろうか。恋愛は個人の自由と言うが、そういう意味だったのだろうか。
何にしても、殺意しか湧かない話である。
「よーし! 『理女研』よりも、そいつを先にぶっ潰そう! みんなで八つ裂きにして、杉林の中に埋めて永眠させよう!」
『お、落ち着くのでござる! 明るく元気に狂わないでほしいのでござる!』
「狂いたくもなるだろ……。俺なんか一人もいねー上に、できそうになっても白い悪魔が阻止しに来るんだぜ……」
シンが悲しみに満ち満ちた声で言うと、ハンナは電話越しでもしっかりと聞こえるほどの大きなため息をついた。
『主はもう少し、周りに目を向けた方が良いと思うのでござる……』
「おー! それはあれか、もっと私を見てよ的な感じか!?」
『ど、どうしてそこで小生になるのでごじゃりゅか!? 小生は顧問忍者でありゅ故、そのようにゃ感情は、いっしゃい! ……一切、持ち合わせていないのでござりゅ!!』
「あーうん、ですよねー」
恋愛フラグが一向に立ってくれない学園生活に寂しさを感じながらも続ける。
「とりあえず、そのクソ大路ヒデカスが『理女研』の部長とラブラブだって話は、全面的に信じても良いんだよな?」
『無論でござる』
「それなのにヒデカスは、『理女研』を追い込むような真似をした……」
情報を脳へ溶かし込むように言い、目の前の虚空を見つめる。
『ホスト部』の元部長、北大路ヒデキ。
どういう経緯で入部したのかは分からない。ただ、自分の容姿に自信を持っていることは容易に窺える。望んで部長になったのであれば、前に立ちたいタイプ。複数人の彼女がいるところから考えると、処世術に長けていて口がうまいとも言えるだろう。
そんな彼が動いた理由とは、何か。
『理想の女子研究部』の部長とラブラブなのであれば、同部を窮地に立たせるような真似はしないはずだ。そう考えると、目的は別にあるように思えた。
――『新聞部』に情報を提供しても、謝礼がもらえるわけじゃない。けど、提供した。何かしらのメリットがあったからそうした……。
そのメリットとは、何か。
『理想連合』は、彼が話を持ちかけることで生まれた。『理想の女子研究部』の方は、彼の彼女が部長を務めている。
それらを叩いても、彼にメリットはない。
――別の場所を叩きたくて、あのネタを流したってことか……?
『理想の女子研究部』の部長が考えた〝籠絡作戦〟。それに関係している人物を頭の中で並べた後、ようやく答えらしきものが見つかった。
目立ちがり屋が多い『ホスト部』、その元部長が目の敵にしそうな人物が一人いたのだ。
「悪い、ちょっと考えてた」
ハンナに詫びを入れてから、シンは弱い語気で問う。
「ちょっと訊きたいんだけども……。ヒデカス先輩って、『夏の陣』に参加してたか?」
『していたでござるな。その時はまだ、部長だったはずでござるよ』
「んじゃ、もう一つ。俺って、『ホスト部』の人たちから嫌われてたりしてねーか? 部内で『シンカス』って呼ばれてたりとか……」
『主の名前が出てくることは皆無でござる――』
外したか、と思った矢先に心を滅多打ちにされる。
『――主のことは『あのクズ』や『あのカス』、『あのゴミ』と呼ぶようにしているみたいなのでござる。あ、当然、嫌われてもいるでござるよ!』
「さっ、さいですかー……」
せめて名前は残してくれ、と思いつつ話を継ぐ。
「んじゃあれだなー……。ヒデカス先輩は、俺への恨みを晴らすためにやったっぽいな」
『どうしてそうなるのでござるか? あの件が記事になっても、主がけちょんけちょんになるとは思えないのでござるが』
「記事自体ではな。けど、そのあとはそうなるだろ」
『……おお! 合点がいったのでござる! 主は『肉を切らせて骨を断つ』でござるが、ヒデカス殿は『肉だけ切られろ』ということでござるな!』
「あくまで〝多分〟だけどな。こっちでも調べるっつーか、聞き出すつもりではいるけど、そっちでも調べてほしい」
『御意。今回の任務はそれだけでござるか?』
「あーうん、今のところ……、は……」
ない、と告げようとした声が喉に貼りついていた。頼みにくい頼み事を一つ思いついてしまったからだ。
口にするかどうかで迷っていると、察したらしい彼女が優しい声音で言う。
『何かあるのであれば、言ってほしいのでござる。小生は顧問忍者にしていただいた時、主のためなら何でもすると心に固く誓ったのでござる。故に、遠慮は無用、心配もご無用なのでござる』
「んじゃまあ……、お言葉に甘えて……」
口調を真面目なものに切り替え、シンは続けた。
「服部の写真がほしいんだ。最低でも四枚、できれば八枚だな」
『しょ……、しょ小生の写真でござりゅか!? ミナ嬢の物でも陸田嬢の物でもにゃく!?』
「いや、あの二人の写真をもらっても使えねーから」
『使えない……? も、ももしやその写真は、服を着ずに撮らねばならないもにょなにょでごじゃりゅか!?』
彼女の言葉を耳にした瞬間、頭の中が真っ白になっていた。服部ハンナのあられもない姿が脳裏に浮かんだのはそのすぐあとだ。
頭から追い出すように首を振り、怒鳴る。
「何でそうなるんだよ!! 確かに言葉足らずだった、俺に非があるような気もしてる! けどな、普通に考えたら分かんだろ! もしかしてあれか、服部の中での俺のイメージは、エロエロ悪代官みたいになってんのか!? だとしたら、今すぐ変えろ! 英国貴族みたいなイメージに変更しろッ!!」
『い、今のは……、じょ冗談でごじゃりゅ! き、き気の利いたブリティッシュジョークでござる故、堪忍してほしいのでごじゃりゅ!』
本気にしたらどうするつもりだったのか、実は撮ってくれたりするのだろうか。
そんな考えも浮かんだが、口にはせずに話を進める。
「……俺が欲しいのは、変装後の顔写真だ。さっきみたいに服部だって分からねーようにしてもらって、春夏秋冬をイメージした感じで――」
謀略を成功させるための写真。その詳細について、シンは声を潜めて説明しはじめた。
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