四章その10
視線と大声を向かわせた先は、階段の角だ。
それに釣られて振り返る二人をよそに、シンは左脇に挟んでいた銃を掴んだ。
姿勢を低くして右斜め前へ踏み出し、ミナの横で発砲する。彼女が顔を正面に戻す間に体を捻り、彼女の脇腹に銃を当てて言う。
「終わって……、ねーよ……!」
「そう……、みたいね……」
被弾者となったナツミを見やった後、ミナは短い吐息をついて目を閉じた。それから、手にしていたハンドガンをゆっくりと下ろしていく。
「さっきも言ったけど、俺は何があっても鳴海の敵にはならない。信じるかどうかは鳴海に任せる。信じられねー感じなら……、今すぐ撃てば良い」
ビクッと肩を上げた彼女に、
「俺は正直、それでも構わない。けど、少しでも信じる気があんなら話を聞け。俺と服部がやろうとしてたことを全部話す」
と続けてから距離を取り、窓側の壁に背中を預けた。そのあとで、呆然と立ち尽くしている陸田ナツミを見やる。
――つーか……、陸田は何であんな真似をしようとしたんだ?
陸田ナツミは『帰宅部』を優勝させようとしていた。そうでなければ、鳴海ミナの方へ銃を向けたことに説明がつかない。
――何にしてもあれだな、服部様様って感じだったなー……。
もしかしたら、いるかもしれない――。
そんな考えを抱かせるのが服部ハンナであり、彼女の名前でなければ、空野シン流話術七ノ型『虚報注意逸らし』は成功しなかっただろう。
――終わったらメロンパンでもおごるか……。
そう思ったところで、陸田ナツミが肩を落として言う。
「ミナちゃんの言う通り、シンくんはホントに詐欺師さんだね……。あの状況から一つの嘘で形勢逆転しちゃうなんて、普通じゃないよ」
「鳴海だけでも勘弁なのに、陸田まで俺のネガティブキャンペーンを始めるつもりか?」
「こんなことされたら、したくもなっちゃうよ」
「んじゃ、三年後くらいから始めてくれ」
シンが軽い調子で言うと、ナツミはニッコリと笑った。
「分かった。卒業後に追い回して、周りにいる人たちにやれば良いんだね」
「……六十年後で頼む」
「シンくんとは長いお付き合いになりそうだね!」
「どこまで追ってくる気だよ!! 執念深すぎだろ!」
顔を引きつらせながら声を張り上げ、シンは強引に話を変えた。
「つーかな、陸田がおかしな真似をしなければ、こんなことにはならなかったと思うぜ」
「ナツミにとっては正しかったんだ。だから、何もおかしくないよ」
「……正しさは人それぞれだから何とも言えねーけど、とりあえず今回はナシだ」
「ナツミが今から説得しても?」
「変わらねーな。つーか、何で頑張っちゃおうとすんだよ……」
暗い声を落としたシンと、不満そうに頬を膨らませるナツミ。
そんな二人を交互に見やったミナが、首を傾げて問う。
「ええっと……、何の話をしているの?」
シンが答えに窮している間に、ナツミがあっさりと答える。
「んーっとね、ナツミは『帰宅部』を優勝させたいんだけど、シンくんが乗っかってくれなくて困ってる話かな」
――まさかの自白だと……!?
思わず壁から背を離してしまうほどに、シンは驚いていた。ミナが見せた反応も同じで、口を開けたまま固まっている。
彼女の唇が動いたのは、しばしの間を置いてからだ。
「冗談、よね……?」
「ううん、冗談なんかじゃないよ。シンくんに撃たれなかったら、ナツミはミナちゃんを撃ってたもん」
「な……、何でそうなるのよ! みんなと一緒に頑張ってきたのに、どうしてそんな考えになるわけ!?」
「ミナちゃんとあの人たちは一緒じゃないよ。あの人たちは頑張ってなかったからね」
「頑張ってなかった……?」
困惑した様子で軽く首を捻ったミナに、ナツミが冷たい声で言う。
「ナツミにはそう見えたよ。ミナちゃんに代表を押し付けて、負けた責任を取らずに済むようにして……。作戦を考えるのだって、全部ミナちゃん任せだったよね?」
「そ、それはアタシがやるって言ったからで!」
「だからって、任せっぱなしにするなんておかしな話だよ。ミナちゃんが悩んでる間も、苦しんでる間も、あの人たちはいつも通りだったんだよ? そんな人たちが何食わぬ顔で支援部費を受け取るなんてあり得ない――」
呆気に取られているミナの前で、ナツミは怒りを露わにして続けた。
「――だから今回も、『帰宅部』が優勝すれば良いって思ったんだ。どっちの連合にも受け取る資格がないからね」
自分に間違いはないと言わんばかりに、陸田ナツミは堂々としていた。
そんな彼女から視線を外し、鳴海ミナは物憂いげな顔を床に向けた。短い吐息を挟んでから陸田ナツミに尋ねる。
「一つ確認にしたいんだけど、ナツミの中でのアタシは、頑張っていたことになっているのよね?」
「もちろんだよ! みんなを勝たせるためにすっごく頑張ってた! なんていうか、真似できないなって思ったし、とってもカッコよかった!」
ナツミが目をキラキラと輝かせる一方で、ミナは嫌そうに目を眇めていた。
「そ、そこはどうでもよくて……」
「よくないよ! まだまだ言い足りないもん!」
「話が進まないから、それは終わったあとで聞くことにするわね……。それより、アタシの頑張りはどうしてくれるつもりだったの? ナツミが『帰宅部』を優勝させていたら、アタシの頑張りは無駄になっていたはずよ」
「あっ」
「アンタまさか……、そこまで考えていなかったの!?」
ミナが驚きの表情を浮かべると、ナツミは気まずそうな顔をした。
「んーっと……。あ、あははは……」
「笑ってごまかさないで正直に言いなさい! そんなことをしていると、コイツみたいになるわよ!」
子どもを叱りつける母親のように言い、ミナは勢いよくシンを指差した。
「それはあれか、将来有望って意味で考えれば――」
シンが言い終える前に、ナツミが茶色いサイドテールを揺らして頭を下げる。
「ごめんなさい! 考えてませんでしたッ!!」
「おい、陸田。このタイミングで謝ると俺が悪い子代表みたいに――」
話に割り込もうとするが、今度は鳴海ミナの声が被さる。
「でしょうね。それはそれとして……、アタシも謝っておくわ。ごめんなさい」
ミナは謝罪の言葉を口にして頭を下げた。
その姿を見て、ナツミがビックリしたように目を見張る。
「ど、どうしてミナちゃんが謝るの!?」
「ずっと一緒だったのに、ナツミの気持ちに気づけなかったからよ。ナツミも自分と同じ考えだって思い込んで、押しつけてもいて……」
「ち、違う! 気づけなかったんじゃなくて、ナツミが気づけないようにしてたんだよ! だから、ミナちゃんは何も悪くない! 悪いのは、暴走しちゃったナツミで……」
「ナツミがよくなかったことは確かよ。けど、アタシだって……」
顔を暗くする二人に、シンはあくび混じりに言う。
「だったらおあいこで良いだろ。つーか、陸田はいつまでいるつもりだよ。さっさと退場しねーと、メンドクせーことになるかもだぜ」
シンの忠告を耳にして、ナツミはハッとするのと共に勢いよく両手を上げる。
「ぎ、義務違反も処分の対象になるんだよね……?」
「だろーな。まーでも、何も言ってこねーから大丈夫なんじゃね?」
「そう願うばかりだよ……」
天井のスピーカーを一瞥した後、ナツミは明るい笑みをシンに向けた。
「ていうか、ありがとね! やっぱりシンくんはシンくんだね!」
そう言い残して階段の方へ向かったナツミを、シンは小首を傾げたまま見送った。それから、窓の外へ目を移す。
いつからだろうか。みぞれが牡丹雪に変わっていた。
「アンタは……、違うのよね……?」
ゆるゆると目を伏せ、ミナは静かな声で二の句を継ぐ。
「受け取る資格がないって思っていたら、ナツミを撃たないはずだし……」
「鳴海はどう思ってんだ?」
「ア、アタシ? アタシはその……」
様子を窺うようかのに上目遣いでシンを見やり、ミナは弱々しい声で続けた。
「甘いって思われるかもしれないけど……、どの部にも受け取る資格があるというか……、受け取れるなら、みんなに受け取ってほしいわね……」
――聞いてるだけで糖尿病になりそうな話だな。
思わず苦笑していた。
実に彼女らしい答えだったからだ。
自分は正しい道を選べていた、このまま進めばリベンジできる。
そう思うのと同時に、安堵の息が漏れていた。そのあとで、不満げな顔をしている彼女に言う。
「んじゃあれだ、ちょっと耳貸せ」
「え? い、良いけど、何よ?」
戸惑いながらも耳を傾けたミナに、シンはゆっくりと身を寄せた。
鳴海ミナが望んでいたエンディング。
その作り方を話し終えたところで、不満を口にする彼女と共に廊下の隅に移動する。
「……何で今なのよ」
「先に言ったら、『撲滅連合』の奴らに協力を求めそうだったからだな」
「それは……、駄目なことなの?」
「駄目に決まってんだろ。鳴海と同じ考えの奴もいるとは思うけど、違う奴も絶対にいる。そいつらを納得させるには、納得するしかない状況に追い込むしかない」
「ちゃんと話せば分かってくれると思うんだけど……」
「そうかもしれないし、そうじゃねーかもしれない――。可能性がある以上は、危ない橋は渡らねーに限る」
「なんというか……、最後の最後までアンタらしいわ……」
大きなため息をつくミナと、ヘラッと笑ったシン。
そんな二人が同時に鳴らした銃声は、一つの音であるかのように廊下に響いた。




