四章その9
――二つも三つも変わらねーし、『カフェ部』も被っとくか。
彼女から質問される前に、素早く唇を動かす。
「あ、言い忘れてたけど、『カフェ部』も同じ感じな」
「ええっと……。その『普通に駄目だろってレベルのこと』っていうのは、ここでは言えないくらいのことなの?」
「それもそうだけど、口外しねーって約束だからな。詳しく聞きたい感じなら、服部から聞いてくれ」
「ハ、ハンナちゃんからなら良いの?」
ミナは驚いたようにパチパチと目を瞬かせていた。
「俺の口からは、だからな」
「なんというか……、アンタらしいわ、本当に……」
どういう意味だ、と言いそうになった口を大慌てで閉じ、憂鬱げな顔をする彼女から目を逸らした。詐欺師呼ばわりをされると思ったからだ。
視線を移した先では、灰色の雲がみぞれを降らせていた。窓に付着した順に雫となり、曲がりくねった線を描いている。
何かを暗示させるようなその光景を、シンはじっと見つめた。
自分と同じように、鳴海ミナも窓の外に目を向けていた。彼女の頬に朱が差し、桜色の唇が鈍く動き出したのは、長い無言の間を挟んでからだった。
「そ、そういえば、明後日はクリスマスイブだけど、よっ、予定とかはあるの?」
「あるな」
即答すると、彼女は目を丸くしていた。
「う……、そ……」
「嘘じゃねーよ。学園内でイチャつくカップル共と強制参加の雪合戦をする予定だしな」
「……そんなことをする前に、アタシの驚きを返してほしいんだけど」
「いや、知らねーから……」
「というか……、雪が降るかどうかなんて分からないじゃない」
「その時はあれだ、石を投げる」
「やめなさい」
たしなめて吐息をつくミナに、シンは口をへの字に曲げてから問う。
「そっちはどうなんだ?」
「よ、予定があるかってこと?」
訊き返されたあとで、訊いたことを後悔した。彼女が訊くのはセーフだが、自分が訊くのはアウトな気がしたからだ。
「そっ、そうだけど、言いたくなかったら大丈夫だぜ」
奇妙な居心地の悪さを感じて、意味もなく右肩を軽く回す。
こちらをチラチラと見やっていた彼女が、つむじが見えるほどに顔を伏せて答える。
「あ、あっ、あるけど、なななな何よ?」
「別に何も」
「だ……、だっ……! だったら何で訊いたのよッッッッ!!」
鳴海ミナは、怒りを爆発させていた。吊り目がいつも以上に吊り上っている。
「きっ、訊かれたから訊いてみただけなんだけども……」
「興味がないなら訊かなければ良いでしょうがッ!!」
「じょっ、冗談だ! ほんとはビックリするくらいあった、あったんだけども、どこかに行っちゃったっつーか……。ふっ、深く訊いたら駄目だと思ったんだ!」
これが正解だ、と思いつつ彼女の言葉を待つ。
「た、確かにまあ……、訊きにくい話ではあるけど……」
「だっ、だろ? きっ、訊いても良いなら訊かせてほしいかもだ!」
「……みんなでクリスマス会をやるつもりよ。とりあえず、『撲滅連合』の人たちは全員、参加することになっているわ。これが終わったら『理想連合』の人たちも誘おうと思っているけど、乗ってくれるかどうかは微妙なところよね……」
「さいですかー……」
「そ、それでその……。ア……、アンタも来る?」
突然の誘いに驚き、シンはキョトンとした。それから、『エンジェルロード』のチャットで学んだ〝大人の断り方〟を思い出して口にする。
「あーうん、機会があればって感じだな」
「機会があるから訊いたんだけど」
「まっ、またの機会でお願いしたいかなーっと思ったり思わなかったりで……」
「…………」
ミナがシンを睨んだ直後、一つの結果を伝えるアナウンスが流れた。
『現時刻をもちまして『理想連合』の敗退が決まったことをお伝えします。続いて、『撲滅連合』と『帰宅部』の残り人数をお伝えします。『撲滅連合』は七名、『帰宅部』は二名となっています』
大勝利だった。
同時に、鳴海ミナが泣きを見る結果も失われていた。
ホッと胸を撫で下ろしたところで、彼女が酷く冷たい声で問う。
「……何の目的があってやらせたの?」
「やらせた? 何を?」
シンがぎこちない笑みを作ると、ミナは激しい剣幕で怒鳴った。
「とぼけるんじゃないわよ!! どう考えてもおかしいでしょうがッ!!」
「何の話をしてんのかさっぱりなんだけども……」
「二十三人だったのが、七人になっているじゃない! 『理想連合』は特装を失っていたはずなのに!!」
部室使用可能時間が完全終了した時、『撲滅連合』の残り人数は二十三人だった。それが今は、たったの七人。鳴海ミナを除けば六人になる。
その減り具合に違和感を覚え、指摘した彼女の声が続く。
「必死に抵抗したとしても、こっちにシールド隊がいる以上、二桁も減らせないはずよ! 完全終了までの減り方がそれを証明しているわ! それなのに減らされた、減らせる位置に誰かがいた……、その誰かは多分――」
視線を鋭く尖らせ、ミナは核心に迫った。
「――『ネトゲ部』の人たちよね?」
「あーっと……」
しらばっくれる、適当な言葉でごまかす、話題自体を変えてしまう。
そのどれもが使えなさそうだった。
真面目に答えなければ撃つ、と彼女の目が言っている。
――タイミングとしてはここだよな……。
『理想連合』の敗北が決まり、『撲滅連合』もじきに二人になる。
虹原真央から課されたミッションは、『理想連合』が負けた時点で達成されているため、残っている問題は、話すか撃つかのどちらかを選ぶだけとなっている。
――撃ったら多分……、泣くよな。
『夏の陣』の終了後に見た、鳴海ミナの泣き顔。
今でも鮮明に思い出せるその表情が、目の前にいる彼女と重った瞬間、猛烈な不快感に襲われた。
きつく瞼を閉じ、深く呼吸し、嫌な音を立てる心臓を落ち着かせに掛かる。
そうして、一つの結論を出す。話すしかない、と。
「……ああ、『ネトゲ部』の奴らだ」
「どうして……、そんなことを、させたの……?」
小刻みに肩を震わせ、ミナは泣きそうな声で問いかけた。
「やりたいことがあったからだな。けど、それはもう終わった感じだから――」
すべてを語る気でいたが、中断せざるを得なくなった。
邪魔が入ったからだ。
「ミナちゃん、どこ!? どこにいるの!?」
「ナツミ……? さ、三階! 三階のトイレ前よ!」
ゴーグルをずらして服の袖で目元を拭い、ミナは階段の方に向かって叫んだ。
ほどなくして、ナツミが三階の廊下に姿を現す。
「ミナちゃんは撃たれなかったっていうか、撃たれないようにしてたんだね」
「アタシはってことは……、他の人たちは撃たれたってことよね……?」
「うん。ナツミ以外は、みんな被弾者にされちゃったよ」
「え……? ハンナちゃんも?」
「あ、ハンナちゃんを撃ったのはナツミ! みんなの敵討ちをしてからここに来たんだ!」
ナツミは言いながら、戦果を誇るように豊満な胸を張った。
――どうやって撃ったんだ……?
服部ハンナは、『理想連合』が敗退してから動くことになっていた。それまでは、『撲滅連合』のメンバーとして動いていたはずだ。
そんな状態だったはずの彼女を、陸田ナツミは撃った。
別の言い方をすると、陸田ナツミはそれができる条件を事前に整えていたことになる。
――何があったのかは知らねーけど、一つだけはっきりしてんのは……。
このままだと撃たれる、と思って口を開こうとする。
だが、阻まれた。
鳴海ミナに眼光鋭く睨まれたせいで、声が喉の奥で止まっていた。
「何がしたかったのかは分からないけど――」
口を半開きにしているシンに、ミナは低い声で続けた。
「――これで終わりよ、空野」
「そうだね……。いろいろあったけど、これでおしまいだね」
ナツミは言いながら銃を構えた。
その瞬間、シンは焦りの表情を浮かべて叫んだ。
「服部、撃てッ!!」




