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百一話 一難去って近しい。

 五時間目が始まってしまった教室の廊下。

 扉の前に少しだけ遅れてやってきた生徒が二人。

 悠と慶二である。


 彼らは予鈴が鳴り響いてすぐ駆け出した。

 だが、体育館裏から教室のある一棟へはどんなに急いでも五分以上かかってしまう。

 慶二が全速で走ればまだしも、悠の鈍足では到底間に合うはずがない。

 結局、慶二までもがそれに付き合い、遅刻と相成った。


「ご、ごめんね、慶二」

「いや……悠を置いていくわけにはいかないしな」


 教室に入る直前、二人は言葉を交わす。

 悠は、慶二に寄り添うように立っていた。


 元来、悠と慶二は異性同士ではありえないほど距離が近い。

 傍から見れば、仲直りして体育祭以前に戻った――としか思えないはず。


 しかし、親しい人間であれば、以前よりもさらに狭まっていることがわかる。

 今にも肩と肩が触れ合いそうな距離感。

 なんだか、ずっとそうしていたい。ぽかぽかとした気持ちが胸の中に湧いてくる。


 とはいえ、学生の本分は学業だ。

 これ以上授業に遅れるわけにもいかない。

 そう考え、意を決して悠は教室へと入ると教壇へと向かった。


「す、すみません、先生。遅刻しました」

「まだ出席の確認中でしたし……今回ばかりは見逃してあげるから、次からは気を付けるようにね」

「ありがとうございます!」


 彼女の授業態度がいいことも功を奏したのだろう。

 英語教師の山科は、あっさりと許し席に着くよう促す。


 そうして授業が再開されるのだが――浮ついていた悠は内容が全く頭に入らなかった。

 多分、慶二も同じ。


 今も落とした消しゴムを拾おうとした彼と目があった。

 それだけで悠は頬が緩んでしまいそうになる。


 結局、悠はずっと上の空のまま。

 本日最後の授業である五時間目は、ほとんどノートが白紙で終わるのであった。





「……悠、やったわね!」


 放課後となり実夏に理沙、愛子までもが悠の机にやってくる。

 事のあらましは一香から聞いたらしい。

 それでいて以前のような関係に戻っているのだから、何があったのかはこの三人なら自然とわかるというもの。


「上手くいったようで何よりです。……これで、晴れて恋人同士ですね」

「う、うん」


 ――恋人。

 妨げられ明確な返事は出来なかったものの、どうやらそういうことらしい。

 口に出してみることで、じわじわと実感がわいてきて、悠の頬が朱に染まる。


「……慶二のやつめ。今度悠を泣かせたら承知しないぞ」


 そんな悠を見て、頬を膨らませる愛子。

 苦々しげに吐き捨ててはいるが、何処かおどけたものを含んでいる。

 決して本気ではないのだろう。


 そもそも、今回は悠の都合が原因だ。 

 結果、慶二には辛い想いをさせてしまった――と、彼女は自戒する。


 ちなみに肝心の慶二はこの場にいない。

 女子三人のニヤニヤとした視線に追い立てられ、早々に部活に行ってしまった。


 悠としては残念なことだが、下校は一緒だと約束してくれた。

 その後も、魔力供給を行うため家に立ち寄るのでまあいいかと妥協する。


 それに、背中を押してくれた親友たちに一刻も早く礼を言いたいのも事実。


「……僕だけじゃ、きっとうじうじしたままだった。みんな、本当にありがとう」


 そう言って、彼女は深々と頭を下げる。

 すると、理沙がぽんとその上に手を乗せた。


「すれ違いのまま喧嘩別れなんて何よりも辛いですから。そんな二人は見たくないですし」


 続けて愛子も。


「まあ、悠は自分のことになるとヘタレだしな。誰かが見てないと」


 最後に実夏。


「……あたしは、悠のそういうところ好きだけどね」


 ――好き。

 実夏のその言葉は、男の子の頃の悠が求めていたものとは少し違う。

 友愛を込めての、それ。


 だけど、女の子の悠には十分だった。

 今の悠の胸には、自分だけの『好き』が満ちている。

 決して代替品ではない、暖かな想い。

 

「これからも……よろしくね」


 悠が頭を上げ、ニコリと微笑めば、全員も呼応するように顔を綻ばせた。





 文芸部もそろそろ季刊を作る時期。

 悠としてはそのプロット作成をしたかったのだが、残念なことに遅々として進まなかった。

 何処で聞きつけたのか、水島が根掘り葉掘り聞いてきたからだ。


 無理に訊きだせば、一香からだという。

 体育祭のおかげで繋がりが出来たのだとか。


 どっと疲れてしまいながらも、悠はサッカー部の部室に向かう。

 すると、早々に慶二が出迎えてきた。

 すでに彼は着替えを済ませていて、帰る準備も万端である。


「行こうぜ、悠」

「う、うん」


 先輩たちへの挨拶もそこそこに、慶二は悠に言った。


 ……どことなく急いで部室前を立ち去ろうとしているのは気のせいだろうか?


 とはいえ疑問を口にする余裕はない。

 何故なら、彼女の手は慶二に握られてしまっている。


 彼は、ごく自然に悠の空いている方に手をやったのだ。

 意表を突かれた悠は素直に応じてしまった。


 握手のように互いの掌をぴたっと合わせるつなぎ方。

 魔力供給のときと同じである。

 

 当然、魔力は流れてこないものの、これは恥ずかしい。

 流石に、公衆の面前では日常的に手をつないだりなんてしていない。

 まるで、二人がそういう関係になったと喧伝しているかのよう。


「あ、あの。慶二……」

「悪い、後で説明するから」


 火を噴くように顔が熱い。

 それを抑えながら悠がぼやくのだが、彼は聴く耳を持ってくれないようだ。

 遺憾ながら抗議は無視され、半ば悠は引っ張られるかのようにして学校を後にした。



◆ 



 通学路の最初の曲がり角を過ぎ、学校が見えなくなったあたりでようやく慶二は立ち止まった。

 一方、悠の顔は真っ赤である。

 身体と心、両方が原因で心臓がばくばくと脈打っていて、すぐには話せそうにない。


 それを察したのか、慶二は語りだす。


「……鹿山に――勿論弟の方な――言われたんだが、結構悠のことが気になってる男子が多いらしい。勿論、サッカー部にも。それで、もし他のやつらに取られたらと思うと」


 無論、手はつないだまま。

 がっしりと暖かなそれが、気恥ずかしくも心地いい。


「そ、それで手を?」

「え……?」


 ……どうやら、無意識の行動のようだった。


 慶二は一瞬キョトンとした後、ぱっと手を放す。

 夕暮れの中、茹蛸が二匹に増えた。


「す、すまん。単純に、部室から離れたくて。先輩たちになんか言われるのも癪だし」


 ――少なくとも最後の目論見は逆効果だろう。

 間違いなく、明日の部活で問い詰められるに違いない。


 そう悠は考えるものの、口にはしなかった。 


「……嫌だったか?」


 叱られた子犬のような表情をする慶二。

 そんな顔をされてしまえば――


「嫌じゃないけど……ちょっとだけ恥ずかしかったかな」


 悠が女の子になってしまってから、二人の手は定期的に繋がれていた。

 なので、抵抗があるわけではない。

 むしろ、彼のぬくもりが名残惜しい。――決して、冷え込む始めた時期だけが原因ではないはず。


 誰かに見られる――というのが羞恥心を煽るだけなのだ。

 しかし、帰路であれば見咎めるものは少ないに違いない。


 ――そう、自分を納得させて


「……学校はなしにして帰り道だけにしよう?」


 悠は慶二の方へと手を差し出した。

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