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僕の物語

 始まりがあれば終わりがある。

 どんなものも、どんな事も、永遠に続く事は無い。永遠の命があり得ないように、いつか世界だって終わる時が来る。物語には終わりがあり、終わりがなければきっと物語とは呼ばれない。

 個人的には、どんな物語であっても、そのラストシーンを超える部分は無いと考えている。完結してこそ意味があるし、その終わりにこそ物語の意味というものは収束するのだから。

 僕の人生というものに物語があるのならば、そこはどこからどこまでだろうか。出会いと別れを繰り返す、そんな当たり前の毎日と人生、最も盛り上がる所が物語になるとは限らないし、最も劇的な場面が物語になるとは限らない。もしかしたら、人生というものは物語の積み重ねであって、そして人の歴史も同じことなのかもしれない。

 物語が終わっても世界は続く。世界が続けば、そこにはきっと、また別の物語があるのだろう。それを目にする事が出来るかどうかは、別の話だ。

 これは僕の物語だ。九十九トウキの物語ではなく、大天狗先生の物語でもない。まして、この町の物語でもない。僕が選び、僕が背負う、物語。殺し、殺され、奪い、奪われ、選び、選ばれる。そんな選択の積み重ねの結果、今ここに居る僕が、そう、今こうしている僕が選ばなくてはならない。

 しかし、僕が選ばなければならない事は、もうずっと以前からそうだった事だ。この町へやって来て、こっくり荘に住み始めて、最初にあった事は何だったろうか。折しも、僕たちは猿退治に繰り出した。そしてその時決めた事だ。

 僕はこの町で物語を紡ぐのだと、そう決めたはずだ。だからこれまでの出会いは、そんな出会いであってもその縁量戦場にあった事だ。僕に関わりのない出会いは無かったし、僕に何一つ影響を与えない出会いも無かった。今の僕は、その出会いがあったからこそ、今、ここでこうしている。

 失ったものだってある。それはきっと、それ以上に多くのものを手に入れた所で、変わりなんて見つからないのだろうけれど。それでも乗り越えていかなければならない現実で、進んでいかなければならない毎日がある。

 僕の物語を進めるのも、僕の物語を決めるのも、全て僕の仕事なのだから。

 そして物語は収束する。

 この一年間の毎日が物語であったなら、今日、ここで選択されるものこそが、僕の答えだ。もしもこの物語に意味があるとしたら、この選択にしか無いだろう。勿論、それ以外に何かを見出す人がいた所で、僕はそれに異論は無い。しかし、僕にとってそこにある意味は、ここにしかない。


 彼は学校の校庭に居た。

「君がボクの所に来てくれれば、全部終わるんだよ?」

 キツネは別に拘束されているわけでもなく、おそらく繰り返しそう言われたからこそ、そこに居るのだろう。傍らに浮かんでいる黒い球体の神様が、それを肯定している。つまり、あの時僕の傍から姿を消したのは、キツネに対して九十九が嘘を言っていないことを証明するためだったのだ。

 この嫌になるような現実がそれで終わるのならば、そうすることも悪くないと、キツネは考えたのかもしれない。僕が自殺を考えたように、キツネがそう考えた事を、僕に責める権利は無いのだろう。僕は別に、キツネの意思を束縛出来るような立場に居るわけでもないのだ。

 まあ、しかし良い気分ではない。

「何度も言わなくても分かるよ。でも、どうして私なのかな?」

 迷っていて、だからそうして確かめなければならない。純粋な自己犠牲で、後の事はどうなってもかまわないとまで思っていたなら、きっとこんなところまで来ていないだろう。一言、キツネがそれを承諾してしまえば、このゲームはそれまでだったのだから。僕が差しだして、彼は奪われる。

 でも、そんな結末でなくて良かった。

「君がアキナ君を受け入れたからだよ。誰よりも彼を愛していて、誰よりも彼を大切に思っている」

「でも、だからってそれは……」

 九十九は、勘違いしている。大きな大きな、大きすぎて致命的な勘違い。

 そもそも、愛を比較することは難しい事を、九十九は理解できていない。誰よりも愛しているなんて、そんな事、一体何を基準に語っているのだろうか。僕には大切な人たちがいて、そこに優劣は無い。きっとそれだって、彼には理解できていない。

「だからボク達は似ているから。それなら彼でなくボクでも良いだろう? そう、彼とボクは似ているから。彼が選ぶ事と同じ事を、ボクは選ぶ。彼が大切にするように、ボクも大切にする。彼が愛するように、ボクも愛する」

 同じように愛するから、同じように愛して欲しい。そう言いたいのも、そう思うのも、理解できないではない。大切だから何かしてあげたくて、喜んで欲しいと、僕達は思っているのだから。

 似て非なるものであっても、どこか似ている。

 正反対であっても、やはり相手の事を理解できる程度には似ているのだ、僕達は。

 九十九がキツネを手に入れようとしていることだって、何となく理解出来る。真っ直ぐに愛情を注ぐ事、その光景を見て、羨ましいと思う事は僕にだって理解出来る。理解できすぎるほど、それは身に覚えのある感情だ。

「ボクを愛してくれ、ボクを大切に思ってくれ。そうしたらボクも、君を愛して大切にしよう」

「アキナと同じように?」

 そんな事は出来ないと、キツネは思っただろう。

「出来るだろう?」

 九十九は言った。

「だって君は、彼でなければいけない理由は無い。君は自分を愛してくれる相手なら、誰だって愛したし、愛する事が出来る。アキナ君のことだって、結局彼が君のために動いてくれたから、それだけの事で好きになったんだ」

「それは、それだけは、違う」

 キツネはきっぱりとそう言って、首を振った。

「……え?」

 九十九は信じられないというような顔で、口を開けたまま立ちつくした。きっとそれが、彼に対してキツネが見せた最初の否定だったのだ。守るために従っていても、譲れないものはある。

 大切なものがあれば、誰だってそうだ。

「始まりはそうだったけれど。今はもう違う。アキナ以外を考えられないし、アキナ以外に愛して欲しいとも、大切にしてほしいとも、思わない。あなたが人間であっても、そんな事はもう、今の私にとっては、どうでもいい事だから」

「違うだろう……だって、君はキツネで、玉藻御膳で、だから君は誰かを愛したかったんだろう?」

 そうかもしれない。

 そうかもしれなかったけれど、そんな事はもう、物語の背景だ。僕達には関係のない話だし、関わりのない話でしかない。僕が知っているキツネは、不器用だけど一生懸命で、僕にはそれで十分だ。

 だから。

「だからキツネは渡さないんだ、九十九トウキ」

「アキナ!」

「アキナ君……」

 キツネは嬉しそうな顔をして、九十九はうんざりした顔をした。

 まったく。全くもって、どうしようもない話だ。

「そんな顔をするくらいなら、最初からそんな奴について行くんじゃねーよ」

 救われたような顔をするくらいには、追い詰められていたのだろうけれど。大天狗先生を失って、それ以上、失いたくなかったのだろうけれど。そんな事をするから、皆に頼ってここまで来る羽目になったのだ。皆、鬼と戦っている。僕の背中を守り、僕がここへ来るために。そして、キツネを取り戻すために。

「つうか、九十九。そんなんで上手くいくと思ってたのかよ?」

「上手くいくさ、ルールは利用するためにある」

「上手くいくわけねーって、思うけどな」

 実際、上手くいくわけがないのだ。最初から最後まで、九十九の言っている事も、九十九がやっている事も、破綻している。嘘と誤魔化しを重ねて、見て見ない振りをしていれば、上手くいったように見えるのかもしれないけれど。

「お前がやっている事はただの迷惑行為で、ルールなんて、会っても無くても同じ事だ」

「そんな事は無い」

 これは、奪い合いでは無い事を、本当に理解しているのだろうか。そもそも、僕がこれまで生きて来て、何一つ失ってこなかったとでも、思っているのだろうか。

「ようするに、これはバランスの問題だ。確かにお前にも失ったものがあって、どういうわけか僕達はそれをそろえなくてはならない」

 まあ、九十九がこの町に紛れ込んだせいなのだろう。この町には、人間は一人しかいる事が出来なくて、どちらも出ていくつもりがないのだから。だから、こんな面倒で回りくどい事をしなくてはならなくなった。

 一人か居る事が出来ないというルールだって、そこまで厳密ではないのだろうけれど。そもそも僕が生まれた瞬間には、二人存在していたはずなのだし。

「ボクは君から父親を奪った」

「ああ」

 多分それは、キツネを手に入れるために布石だったのだろう。九十九なりに何かを考えたのだろうが、的外れな方法をとったものだ。そんな事をしておいて、父親を奪った相手をキツネが愛せるとでも、思ったのだろうか。

「なあ、神様」

『………』

 呼びかけても答えは無かったが、反応が皆無というわけではない。どうせ、無駄な言葉を発したくないとか、その辺りだろう。意思疎通が出来さえすれば、十分だ。この町のルールがこの神様だと言うのなら、このゲームの審判として、僕の疑問に答えてくれるだろう。

「九十九が失った大切なものは三つで良いんだよな?」

『………』

 肯定と受け取ろう。

「僕が失ったものは、あいつに奪われたものでないといけないのか?」

『否定する』

 差し出すも良し、失うも良し。

 まあ、そんなところだろう。そうでなければ、そもそもあいつの大切なものを奪っていない立場としては、状況も何もかも理不尽すぎる。

「だったら」

 だったら、こういう方法も、有りなわけだ。

「アキナ!?」

 悲鳴のようなキツネの声。まあ、そんなところだろう。もしもキツネが僕と同じ事をしたら、キツネ以上にとりみだす自信がある。こんな事したくなかったし、すると思わなかったけれど。

「自分の……目を。アキナ君、君は……」

「どうしてそんな事が出来るんだ、か?」

 自分でくり抜いた後の右目を隠すようにして押さえながら九十九を見ると、片方しか無い目をいっぱいに見開いて、呆けているのが見えた。丁度良く、隠れた視覚のおかげでキツネの顔は見えない。

 どんな顔をしているのか分からないけれど、少なくとも、僕がみたいと思うキツネの顔では、無いだろう。

「案外、どうって事無いな。状況のせいか痛みも感じないし、まあ、右目一つでお終いに出来るなら安い代償だ」

「安い……」

 九十九には理解できないだろう。

 だって僕には、両親と自分の片目を同列に並べている事が、最初から理解できなかったのだから。

「でも勘違いするなよ、アキナ君」

「お前こそ勘違いしているんじゃないのか、九十九。僕が失ってきたものが、大天狗先生だけだったわけがないだろう」

『………』

 神様は何も言わない。

 もうすべて終わっているのだけれど、相手を納得させろと言っているのだろうか。まあ、僕が失ってきたものを否定されなかっただけ良しとしよう。

「お前が殺した赤鬼は僕の友達だった」

「神様、そんな事嘘だろう、だって、人間じゃないんだぞ!?」

『嘘ではない』

 そう。嘘じゃない。

 赤鬼は僕の友達で、これから幸せになるはずで、九十九に殺された。そこには何一つ嘘は無くて、もしかしたら、むしろどこかに嘘があれば救われたのかもしれない。けれどそれだって、僕が彼の友達だった事を、嘘にはさせないけれど。

「じゃあ、今の右目で……」

「だから、そもそもそれが勘違いなんだよ、九十九。お前は僕の事をどこまで知っているつもりなのか知らないけれど、僕は母親を失っているんだ。ずっと前に、決定的に離別している」

 大天狗先生だってそうだったけれど。けれど、大天狗先生は最後の最後に、僕の父親だった。僕のために、死んでしまった。

「僕は四つ失っているのだから、お前も一つ差し出せよ、九十九トウキ」

 お前に、大切なものがあるのなら。差し出せるものがあると言うのなら。そんなものがあるとは、思えないけれど。

「アキナ君……」

「いまさら、救って欲しいなんて、言わないよな九十九?」

 そんな事を言うには、もう遅い。ここまでやっておいて、そんな事を言うような恥知らずでもないだろう。どうせ僕には救えないし、救わないし、救いたくない。

「帰ろう、キツネ。これで全部終わった」

 神様も何も言わない事だし、この先は無い。くだらないゲームも、心底鬱陶しいやつも、これから先僕の前に現れる事は無い。奪い合いとか、失いあうとか、そんな事に付き合うつもりはない。

 結局のところ、九十九トウキがやりたかった事は、ただ自分と同じ境遇の人間を作り出したかったのではないかと思う。父親とか、母親とか。そんな物は自分の持っている片方の目と同じ程度の価値しか無くて、それどころか、彼にとってはそれほどの価値も無かったのかもしれない。

 片目を奪われて、両親を殺した。それを失ったというのなら、失ったと言えるのかもしれない。失って、不幸な境遇が変わる事も無かったから、彼は自分と同じ立場の人間を作り出して、同情してもらいたかったのだろう。そうでなければ、こんな回りくどくて、けったいなルールになったとは思えない。

 僕達の立場はどこまでもすれ違っていて、本当はどこにも共感する事は出来なかったはずだった。けれどおそらく、彼は少なくとも夏休み以降、僕を観察していた。観察して、嫉妬して、鬼を生みだしていた。

 キツネに限らず、彼は僕のようになりたかったのではないかと考える事は、僕の自意識過剰だろうか。僕が楽しければ彼は嫉妬して、だからこそ鬼も生まれた。

 いや。そうじゃない。

 思い返してみれば、ほとんど毎日鬼が現れるようになってから、一日だけやってこなかった日が、会ったじゃないか。初詣にキツネと二人で出掛けた時だけは、鬼はやってこなかった。

 つまり、もしかしたら彼は、九十九トウキは、詰まるところただ、キツネに恋をしていたのかもしれない。

 あの日のキツネを見ておいて、鬼なんて差し向ける事が出来るとは、僕には思えない。

「アキナ……大丈夫?」

 ごめんね、とキツネは言ったけれど。でもそんな言葉は必要ない。キツネがこんな事をしなくても、僕はこうするつもりだった。そしてそれ以上に、こんな程度の事は、いつだってやる用意があった。

「大丈夫じゃない。凄く痛い。あと視界が半分になったのも、案外困る」

 でも。

「それでも、キツネをあいつに渡さないためなら安いもんだ」

 大切だから渡したくない。もしもキツネが向こうに行くと言ったとしても、僕は同じように切り捨てて、そしてキツネを取り戻しただろう。もう何も奪われるつもりは無かったし、やはりそのためならば、僕の右目なんて代償は、安いものだった。

「帰ろう」

「うん」

 最早鬼は無く、こっくり荘の住人達はこっちへ向かって走ってくる。独眼竜になった僕の顔を見て驚くまでに、あと何秒だろうか。気綱は僕の右側を歩こうとしたけれど、僕はキツネに左側を歩いてもらう事にしよう。

 大切な人の顔が見えないなんてまっぴらだし、キツネは特に無茶をする事が、今回の事で分かったのだ。


 右目一つ失った所で、僕の人生にはたいして影響は無い。そんなものよりも失いたくないものがあるし、失いたくなかったものがあった。人生が幸福なだけのものではない事は知っているし、理解している。今回の事はその極端な例であって、程度は違っても、これから先僕はまた何かを失う事があるだろう。

 それでも生きて行く事が人生で、けれども、それで大切なものを失う事を諦めるつもりもない。今回の選択だって、比較すれば軽かったとはいえ、絶対的な意味では重かった。片目を失ってもかまわないと思ったけれど、片目を失いたかったわけではないし、失って良かったわけでもない。

 結果的に、僕は直接的には無いにせよ九十九トウキを殺した事になる。それを後悔する事は無いし、それ以外の選択肢があったとも、思わない。分かりあうことだってできなかっただろう。最善を尽くしたのなら、結果は受け入れなくてはならない。殺したくなかったとしても、殺して良かったと思わなくても、殺したのだ。重い責任がそこには伴うし、殺す前と殺す後では、きっと僕もどこか違うだろう。人を殺した僕と、人を殺さない僕とでは、あまりにも違う。

 けれど、だからと言って後悔があるわけではない。これ以外の選択肢は思いつかなかったし、僕は僕なりに考えて、自分の掌に残したいものを守り抜いた。九十九トウキに、同情しないわけでもないけれど、それでも、殺した事にだって後悔してはいないのだ。

 だから。お前は死ね、九十九トウキ。

 同情するし、悪いと思わなくもないけれど。それでも僕は、お前を殺してでも生きて行く。切り捨てたものが釣り合うと言えなくても、そもそもこんな状況になった責任は、お前にある。



 誰にも理解されなくても、それは構わない。ただ僕は、こっくり荘に居る家族が大切で、何一つ失いたくないだけだ。そのために自分自身で切り捨てる事の出来るものなら、何だって切り捨てて行くだろう。

 僕の物語は続く。

 右目を失って半分は見えなくなったけれど、それでも輝いているものは僕の傍にあるのだから。何一つ後悔する理由は無い。

 僕は、こっくり荘に、帰るんだ。

次でラスト

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