第18話:英雄は、過去の因縁と向き合う
賑やかな石畳の広場で、セリアが気まずそうに視線を彷徨わせていた。
彼女の目の前には、使い込まれた大剣を背負った、無精髭の戦士が立っている。
「セリア、パーティ解散はもう納得してる。だから、責めに来たわけじゃないんだ。……ただ、実はもうすぐ妻に子供が生まれる」
「えっ……ほんとに!? あんたが父親になるの!?」
「ああ。俺も古傷がキツくなってきたし、これを機に冒険者を引退するつもりだ。だからさ……生まれてくる子供のために、最後にひと稼ぎさせてくれよ。お前のAランク資格がないと、高額報酬の依頼が受けられないんだよ」
戦士が深々と頭を下げる。
彼はセリアがかつて率いていたパーティ『鬼の咆哮』のメンバーだった。
「……っ、もう。これだから直接顔を合わせたくなかったのよ。……そんなおめでたい話、断れるわけないじゃない」
セリアが頭をガシガシと掻きむしり、チラリとこちらを見上げた。
その瞳の奥にある、かつての仲間と、生まれてくる新しい命を見捨てきれない不器用な優しさを、僕は知っている。
「行ってあげてください、セリア。僕は大丈夫ですから」
「ご、ごめんねミラル! 少しの間だけだから。……アンタも、ちゃんとギルドで依頼を受けて、Fランクから昇格しておくのよ!」
顔を真っ赤にしたセリアは、戦士の背中をバンバンと叩きながら、足早に広場を去っていった。
嵐が過ぎ去ったような静寂の中、僕は一人で冒険者ギルドへと足を向けた。
◇ ◇ ◇
王都から少し離れた、静かな森の街道。
昇格のための討伐依頼を受けた僕は、指定された薬草の群生地を目指して歩いていた。
土と緑の匂いが風に乗って鼻腔をくすぐる。
セリア達の姿を見て、ふと、僕がかつて所属していたパーティ『銀の牙』のことを思い出していた。
僕を「囮の英雄」と蔑み、ゴブリンを置いて逃げ出したガランさんたち。
彼らもまた、冒険者としての名誉や金を求めていたはずだ。しかし、彼らの剣には、誰かを守るという『覚悟』が欠けていた。
その直後だった。
背後の茂みから放たれた赤黒い光線が、僕の背中を静かに撃ち抜いた。
物理的な痛みや衝撃はない。だが、ひどく禍々しい泥のような波動が、僕の体内に侵入していくのを感じた。
「なんだ、この攻撃は……!?」
「……あのお方の言った通りに魔剣の呪いを浴びせたぞ。お前の『魔王の盾』の発動はこれで封じられたはずだ。王都での借りを返しにきたぞ!」
木々の影から、ゆっくりと姿を現す人影。
その手には、赤黒い魔力がドクドクと脈打つ、醜悪な長剣が握られていた。
「……ガラン!」
彼の背後に立つかつての仲間たちは、ひどく落ちぶれ、目は濁り切っていた。もはや僕の知っている人間ですらなく、その指先は痙攣するように不気味に震えている。
「やれッ!」
ガランの短い号令と共に、元仲間たちが一斉に魔法と矢を放ってきた。
咄嗟に『魔王の盾』を展開しようと魔力を練る。だが――。
(……くっ、魔力が練れない!?)
障壁は展開されず、僕は身を捻ってギリギリで炎と矢を躱した。
ガランの言った通りだ。あの謎の光線が僕の魔力経路にへばりつき、『魔王の盾』の術式を完全に封じ込めてしまっている。
「よしお前ら! 銀の牙の死の包囲網、『銀の包囲陣』でミラルに一斉攻撃だ!」
「ガラン、やめるんだ……ッ!」
「死ねや、ミラルァァァッ!!」
理不尽な悪意と暴力の嵐を前にして、僕はただ静かに双剣を構え直した。
四方から再び放たれる炎の魔法と、毒の矢の雨。
さらにその飽和攻撃の死角から、ガランが魔剣を振り抜き、赤黒い斬撃を飛ばしてきた。
毒矢、炎、そして不規則に軌道を変えながら迫る呪われた斬撃の三重殺。
かつて荷物持ちとして、彼らの連携を一番後ろから見ていた僕だからこそわかる。それは逃げ場を完全に封じる、回避不能の死の包囲網だった。
僕の脳内で『剣聖』の危機感知が最大級の警鐘を鳴らす。
(これは、避けきれない……!)
一瞬の死の予感。
だが、今の僕には頼れる『相棒』がいる。
「風よ!」
僕は左手のジェミルを一閃した。
風の精霊が刀身から巻き起こした暴風の壁が、間一髪で迫り来る矢と炎の軌道を逸らし、すべて森の奥へと吹き飛ばす。
そして右手のジェミルの峰で、防御の隙間を縫って迫った赤黒い斬撃をギリギリで弾き落とした。
「なっ……!? なんだそのふざけた剣は!」
絶対の自信があった連携を防がれ、驚愕する彼らの隙を突き、僕は『剣聖』の神速の足捌きで地面を蹴った。
瞬きする間に後衛の魔法使いと弓使いの懐に潜り込む。
彼らの目は完全に濁り、口からは獣のような涎が垂れていた。
もはや、僕の知るかつての仲間ではない。
だからこそ、一切の迷いなく「無力化の段取り」を実行する。
僕は感情を完全に排し、ジェミルの峰で正確に彼らの急所を打ち据えた。
「がはっ……」
「ひっ……!」
短い悲鳴と共に、正気を失った哀れな操り人形たちは白目を剥き、次々と泥土に崩れ落ちていった。
「ミラル、相変わらず生意気だな。俺の魔剣メメントモリの力を見せてやる!」
ここまでお読みいただきありがとうございます!
過去の因縁との再会。次話、ミラルは偽りの英雄にどう立ち向かうのか……。
皆様の応援が完結への最大の原動力です。もしよろしければ、ページ下部にある『ポイント評価(☆☆☆☆☆)』を【★★★★★】にして作者を応援していただけると泣いて喜びます!




