世界で一番遅い配達員
その町には、とても有名な配達員がいました。
足が速いわけでもなく、
大きなトラックに乗っているわけでもありません。
むしろ――
世界で一番、遅い配達員でした。
名前は、カタツムリのスロウ。
背中の小さな殻に、手紙や小包をのせて、
ゆっくり、ゆっくり進みます。
今日も朝から、道ばたを――
のろ……
のろ……
と、進んでいました。
「おーい! まだ着かないのかい?」
ウサギの宅配便が、ぴゅんっと追いこしていきます。
「日が暮れちゃうよー!」
ツバメの速達便が、空から笑います。
スロウは、にこりとしました。
「うん。でも、ちゃんと届けるよ」
のろ……
のろ……
スロウが届けるのは、
急ぎの荷物ではありません。
それは――
“こころの荷物”でした。
言えなかった「ごめんね」。
飲みこんだ「ありがとう」。
強がって言えなかった「さみしいよ」。
そういう言葉を、
スロウは静かに運んでいました。
ある日のこと。
スロウは、一通の小さな手紙を預かりました。
差出人は、森のはずれに住む、おじいさん。
あて先は、町の真ん中のパン屋さん。
手紙は、少しだけ震えていました。
「……届けるね」
スロウは、殻にそっとのせました。
のろ……
のろ……
途中で雨が降りました。
ぬかるみで動けなくなりそうにもなりました。
それでも、止まりません。
のろ……
のろ……
「どうしてそんなに急がないの?」
リスが聞きました。
スロウは、少し考えてから言いました。
「急ぐとね、こぼれちゃうんだ」
「こぼれる?」
「大事な気持ちが」
夕方。
やっとパン屋さんに着きました。
コンコン。
「はーい」
出てきたのは、若いパン屋の娘さん。
スロウは、手紙を渡しました。
娘さんは、不思議そうに封を開けます。
中には、短い言葉が書いてありました。
――あのときは、怒ってごめん。
――本当は、パンが世界で一番おいしいと思ってる。
娘さんの目が、じわりとにじみました。
それは、少し前のこと。
おじいさんと、けんかをしてしまったのです。
言いすぎた、と分かっていても、
素直になれませんでした。
娘さんは、手紙を胸にあてました。
「……よかった」
ぽろり、と涙が落ちました。
そのとき。
スロウの殻が、ほんのり光りました。
次の日。
娘さんは、焼きたてのパンを持って、
森のはずれへ向かいました。
スロウは、その後ろを――
のろ……
のろ……
と、進みます。
森の入り口で、
二人はぎこちなく向き合いました。
そして。
「ごめんね」
「ごめんなさい」
声が重なりました。
そのあと、小さく笑い合いました。
森に、あたたかい風が吹きました。
町では、今もウサギやツバメが
速く、正確に荷物を届けています。
でも――
急がなくてはいけない荷物ばかりではありません。
ゆっくりでないと、
ちゃんと届かない気持ちもあります。
今日もスロウは進みます。
のろ……
のろ……
世界で一番遅いけれど、
大切なものを、
こぼさないように運ぶ配達員。
もし、あなたの胸の中に
言えなかった言葉があるなら――
いつかきっと。
のろ……
のろ……
と、届けに来てくれるかもしれません。




