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小さな奇跡の童話箱  作者: ムーンキャット


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くまさんの涙

くまさんは、ずっと待っていました。

部屋の棚の、いちばん上。

少しだけ傾いた姿勢で、窓のほうを向きながら。

むかしは、毎日いっしょでした。

生まれた日のような、小さな手。

はじめて立てた日の、ふらふらの足。

転んで大泣きした午後も、

熱を出して眠れなかった夜も。

いつも、くまさんは抱きしめられていました。

「だいすき」

その言葉を聞くたび、

くまさんの胸の中は、春みたいにあたたかくなりました。

外へ行くときも一緒。

公園にも、スーパーにも、ときどき病院にも。

耳をひっぱられても、

ぎゅうぎゅうに抱きしめられても、

それがうれしくてたまりませんでした。

自分は、この子の世界の真ん中にいるのだと、

くまさんは信じていました。

けれど、季節は少しずつ変わります。

小さな手は大きくなり、

抱きしめる力も強くなり、

やがて、忙しくなっていきました。

「あとでね」

その言葉が増えました。

机の上に置かれる日が増え、

ベッドのすみへ移り、

やがて棚の上へ。

下から見上げる部屋は、

ずいぶん広く見えました。

新しいぬいぐるみ。

かっこいいロボットのおもちゃ。

本や、ゲームや、きれいな服。

くまさんは、何も言わずに見ていました。

勉強に悩む顔も。

友だちと笑う声も。

少し背伸びをした言い方も。

ずっと、ずっと。

「がんばってるね」

声は出せないけれど、

心の中でそうつぶやきながら。

ある夜。

部屋は静かで、

月あかりだけが、やさしく差しこんでいました。

そのとき。

ぽとん。

小さな音がしました。

くまさんの目から、

透明な涙がひとつ、落ちたのです。

さみしかったのです。

忘れられてしまったのかな、と

ほんの少しだけ思ってしまったのです。

でも、いやでした。

きらわれたくなんて、なかったのです。

ただ――

もう一度だけ、

あのぬくもりを感じたかった。

それだけでした。

しばらくして、引っこしが決まりました。

部屋の片づけが始まります。

「これはいらないかな」

「これは持っていこうかな」

箱がいくつも並びます。

棚の上にも手がのびました。

「あ……」

ほこりをかぶったくまさんが、見つかりました。

その子は、しばらく黙っていました。

両手で、そっと抱き上げます。

軽いはずなのに、

なぜか胸がきゅっとなりました。

「なつかしい……」

指で、ほこりを払います。

少し色あせた毛並み。

片方だけ少し曲がった耳。

思い出が、ゆっくり戻ってきました。

泣きながら眠った夜。

怖い雷の日。

うれしくて走り回った日。

全部のそばに、このくまさんがいました。

ぎゅっ。

大きくなった腕で、

もう一度抱きしめます。

その瞬間。

胸の奥が、じんわり熱くなりました。

「……ごめんね」

小さな声が、こぼれます。

「忘れていて、ごめんね」

目が、少しうるんでいました。

もう一度、強く抱きしめます。

「ずっと見守ってくれてたんだよね」

その言葉を聞いたとき。

くまさんのほほを伝った、

昔の涙のあとが、きらりと光りました。

今度は、さみしい涙ではありません。

うれしい涙でした。

くまさんは、何も言いません。

でも、その胸の中は、

あの日と同じように、ぽかぽかでした。

箱のいちばん上に、

くまさんはそっと置かれました。

今度は、忘れられない場所へ。

そしてこれからも――

声は出せなくても、

動けなくても、

くまさんは、ずっと見守っています。

あの子がどんなに大きくなっても。

ぎゅっと抱きしめてくれた、

あのぬくもりを忘れないまま

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