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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第5章

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「それでも、残す」


夜はひどく静かだった。

風は弱く空には雲が薄く流れている。

かつてこの丘の周辺には焚き火の明かりや小さな話し声がいくつもあった。

だが今は人影がまばらだ。


噂だけが先に広がった。

思想だけが先に形を持った。

その結果「ここに来る意味」が分からなくなった人間が増えたのだ。


逃げ場なのか。

実験場なのか。

反制度の拠点なのか。


答えが曖昧なまま言葉だけが独り歩きした。


---


名のない男は丘の中腹に置かれた古い石に腰を下ろしていた。

焚き火はない。

以前なら夜ごとに火を起こしていたが今は必要がない。


人が減ったからではない。

象徴を消すためだ。


火は中心を作る。

中心は物語を生む。

物語はまた誰かを引き寄せる。


それを彼はもう望んでいなかった。


---


少し離れた場所にセラが立っている。

暗闇の中でもその姿勢はぶれない。


声はかけない。

今が「考える時間」だと分かっているからだ。


判断は誰にも委ねられない。


---


名のない男は自立促進連盟の声明を思い返していた。


・保護は依存を生む

・失敗は学習コストである

・再支援は甘えを助長する


一つひとつの言葉は整っている。

感情ではなく分析として語られている。


人を数字として扱えば確かに正しい。


---


「正しい」


小さく呟く。


だからこそ危険だった。


正しい理屈は迷いを削る。

迷いが消えた判断は人を切りやすくする。


---


灰色地帯グレイゾーンは失敗を許した。

挑戦して倒れても責めなかった。


だが――


その後を保証しなかった。


食事も住居も再教育も約束しない。

それが原則だった。


それは自由であると同時に意図的な欠陥でもある。


---


「俺は」


彼は静かに言葉を続ける。


「失敗を罰にしない場所を作りたかった」


自立促進連盟のように失敗を「責任」として切り捨てたくなかった。


「でも」


視線を落とす。


「それは人を守らないことと同義だった」


守らないという選択は結果として誰かを落とす。


---


セラが初めて口を開く。


「守らないことと切ることは違います」


彼女の声は静かだがはっきりしている。


名のない男は首を振る。


「違わない」


「結果だけを見れば同じだ」


倒れた人間にとって理屈の違いは意味を持たない。


---


遠くで犬が吠えた。

丘の外。

制度の中の生活音だ。


ここはまだ外にある。


---


「だから」


彼はそこで決断した。


---


翌朝。


名のない男は誰にも相談せずに動いた。


まず呼んだのは女商人ミレイア・ロウゼンだった。


彼女はすぐに来た。

足取りは軽いが目は鋭い。

警戒と期待が混ざっている。


---


「どうしたの?」


軽い調子で言う。


「商談?」


名のない男は頷いた。


「最後の」


---


彼ははっきり言った。


灰色地帯グレイゾーンを」


「あなたに売ります」


---


ミレイアは一瞬だけ黙った。

驚きではない。計算だ。


そしてゆっくり笑う。


「本気?」


「ええ」


---


「条件は?」


彼は三本の指を立てる。


---


「一つ」


灰色地帯グレイゾーンを保護制度として売るな」


「二つ」


「成功例を物語にするな」


「三つ」


一拍置く。


「誰かが壊れそうになったら」


「必ず外に出せ」


抱え込むな。

象徴にするな。

商品にするな。


---


ミレイアは長く黙った。


商人としては最悪の条件だ。

物語がなければ人は集まらない。

成功例がなければ価値はつかない。


「儲からないわね」


「ええ」


彼は即答する。


「だからあなたしかできない」


儲からないと分かっていても引き受ける人間。


---


ミレイアは深く息を吐いた。


「最悪」


「ええ」


「一番嫌いな商売」


それでも彼女は手を差し出した。


「いいわ」


「引き受ける」


それは契約というより覚悟だった。


---


次に彼は王女アリシアへ短い文を送る。


灰色地帯グレイゾーンは民間管理下に移行します》

《保護でも反制度でもありません》

《“見ない責任”を続けてください》


制度に組み込むな。

排除もしない。

曖昧なままで見守れ。


---


最後に。


彼はセラの前に立った。


「君はどうする」


セラは迷わなかった。


「残ります」


「見届けます」


彼がいなくなってもこの場所がどう変わるのかを。


---


名のない男はわずかに笑った。

それが彼女への信頼だった。


---


その日の夕方。


彼は丘を降りた。


振り返らない。


灰色地帯グレイゾーンは完全に彼の手を離れた。


---


夜。


風が吹く。


丘の上に誰かが立ち止まる。


若い男だった。

自立促進連盟の制度縮小で切られた人間。


支援を失い行き場をなくした。


彼は丘を見上げて呟く。


「残ってる」


焚き火はない。

看板もない。

保証もない。


それでも完全には消えていない。


灰色地帯グレイゾーンは象徴を失いながらも

かすかに残っていた。


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