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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第4章

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「記録される日」


その日は特別な朝ではなかった。


空は薄い灰色の雲に覆われ

太陽は見えないが雨が降るほどでもない。

風は弱く洗濯物がかすかに揺れる程度。


王都はいつも通りに目を覚ました。

露店が準備を始め

パン屋が窯を開き

衛兵が交代する。


だからこそ――

誰も気づかなかった。


ひとりの男が

「記録から消える日」だということに。


---


管理外区域――旧実験地帯。


王都の地図では

淡い色で塗られこう記されている。


《不安定領域》


つまり

制度が完全には管理できない場所。


魔力の濃度が不安定で

過去の実験の残滓が残り

測定値も一定しない。


何が起きても

正確な再現は難しい。


そして。


事故が起きても

責任の所在は曖昧になる。


この計画にとって

それ以上に都合のいい場所はなかった。


---


俺はそこに立っていた。


武器は持っていない。

防具もない。


ただの外套と

地面に設置された魔力測定器。


金属の箱。

記録水晶付き。

数値を刻み異常値を自動保存する。


それが――

“事故”の証拠になる。


俺が消えた瞬間

この装置が暴走を記録する。


それで十分だった。


---


ミレイアは少し離れた場所にいた。


近づかない。

声をかけない。

視線も必要以上に向けない。


それが彼女なりの敬意だった。


商人としてではなく

人としての距離。


感情を邪魔にしないための距離。


---


セラが最後の確認をする。


「位置記録中」


小さな水晶に現在座標が刻まれていく。


「魔力濃度上昇」


空気がわずかに震えている。


「嵐三分以内」


彼女の声は驚くほど落ち着いていた。


追われた夜よりも

ずっと静かだ。


---


「これで」


俺は言った。


「君は自由だ」


セラは首を振る。


「自由ではありません」


即答だった。


「でも」


「選べます」


命令ではなく選択。


それが今の彼女にとっての“自由”だった。


俺は頷く。


それで十分だ。


---


遠くで雷が鳴る。


魔力嵐は自然現象だ。


空間の歪み。

魔力の逆流。

制御不能の放電。


予測はできるが

止められない。


誰も責任を問われない。


事故として完璧だ。


---


ミレイアが最後に言った。


「名前」


一瞬言葉が止まる。


「もう呼ばないわ」


俺は頷いた。


「ええ」


「それが一番安全です」


名前は追跡の手がかりになる。


名前を失えば

記録からも薄れる。


それがこの世界の仕組みだ。


---


嵐が来る。


空気が裂けるような音。

白い閃光。

皮膚を焼く熱。


視界が真っ白になる。


耳鳴り。


地面が震える。


---


俺は一歩だけ前に出た。


魔力の中心へ。


それで十分だった。


測定器が反応する距離。


証拠として成立する距離。


---


次の瞬間。


魔力測定器が過剰反応を起こす。


数値が跳ね上がる。


通常値を超え

警告音が鳴り

記録水晶が強く発光する。


そして――


途切れる。


---


記録はこう残った。


《対象者魔力嵐に巻き込まれ消失》

《遺体未確認》

《生存可能性極めて低》


それだけだ。


曖昧だが十分。


制度が納得するには

これで足りる。


---


王都。


昼。


均衡派の元に報告が届く。


《特別監視対象事故死と推定》


書簡を読み終えた誰かが短く息を吐いた。


「終わったな」


声は低く静かだった。


勝利宣言ではない。


整理完了の確認。


それだけだった。


---


ヴァレリアは報告書を閉じた。


指先で紙の端を揃える。


「記録上は死んだ」


それ以上何も言わない。


疑問も追及もしない。


言わないことで

成立する決着がある。


政治は

時に沈黙で完結する。


---


王女アリシアはその知らせを夜に聞いた。


昼ではない。


夜だ。


静かな執務室。

蝋燭の光。


彼女は私的記録を開く。


《彼は死んだと記された》


ペンが止まる。


しばらく何も書けない。


やがてゆっくりと続ける。


《だが》

《私は“終わった”とは思わない》


インクがわずかに滲む。


---


王都の噂は驚くほど早く沈静化した。


「あの男?」


「ああ」


「事故だったらしい」


「まあ」


「危ない場所に行くから」


肩をすくめる。


それで終わり。


物語は

誰かが消えると簡単に畳まれる。


---


均衡派は声明を出した。


《制度は正しく機能した》

《例外は管理された》


拍手。

安堵。

勝利。


彼らにとって

物語は完成した。


男が前に出るとこうなる。


それが固定された。


---


その夜。


管理外区域の外れで

二人が立っていた。


セラとミレイア。


名前は呼ばない。


呼べば

現実になる。


---


「成功ね」


ミレイアが言う。


「ええ」


セラは頷く。


「完璧に」


記録は残った。

追跡は止まった。

制度は納得した。


条件は全て満たされた。


---


風が吹く。


嵐はもうない。


空は静かだ。


だが。


この場所には

確かに“余白”があった。


制度が触れられない場所。

記録が曖昧になる場所。

名前が消える場所。


そこに。


まだ

消えていない足跡が一つ残っていた。


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