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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第3章

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プロローグ 「噂を数える女」

その日、俺は初めて「追われていないこと」に不安を感じた。

追っ手がいないのは良いことだ。命がある。自由もある。寝る場所や食べ物も、最悪どうにかなる。

でも――静かすぎるのは、逆に危険だった。


街道沿いの酒場。

壁際の席を選んで、俺は目立たないように座っていた。隣のテーブルでは、男たちが酒を飲みながら噂をしている。

「“灰色地帯グレイゾーン”って言葉、聞いたことあるか?」

「聞いたことあるけど、なんだそれ?」

「名前もないところだよ。男でも女でも、役に立たなくても追い出されないんだ」

「へぇ、じゃあそこに行けば救われるのか?」

「救われるってわけじゃないけど……“制度の外で息ができる”ってことさ」


灰色地帯グレイゾーン”という言葉が聞こえた。

俺たちはそんな言葉を使ったことはなかった。名前を付けるのは避けてきたのに、人々は勝手に名前をつけたがる。


「でも、これって制度が悪い話じゃないのか?」

「いや、逆だよ。灰色地帯グレイゾーンが正しいって話だろ」


その瞬間、俺の胸に冷たいものが走った。

正しさ――その言葉がついた瞬間、灰色地帯グレイゾーン灰色地帯グレイゾーンではなくなる。正しさは旗になる。旗は敵を作る。そして敵ができれば、剣が抜かれる。


「……聞いたな」

エリスの声が低く、剣を捨てた後の落ち着いた口調で言った。

「聞きました」

俺は頷くと、隣のセラも静かに視線を動かし、耳を傾けている。


「……情報が古い」

セラが言った。

「え?」

「昨日の言葉だ」

俺は眉をひそめる。

「でも、噂は噂だろ」

セラは淡々と続けた。

「噂は今朝、新しい言葉を獲得した」


エリスが嫌そうに顔をしかめる。

「何だそれ」

セラは、酒場の空気を切るように一言。

「“灰色地帯グレイゾーン主義”」


――来た。

思想になった。

人々は概念に“主義”を付けたがる。それは便利だからだ。自分の立ち位置を簡単に整理できる。


「それ、売るのか?」

エリスが冷たく言った。

「売るわけじゃない。すぐに」

ミレイアが言った。

「でも、“灰色地帯グレイゾーン主義”は、売れるわよ。響きがいいもの」


俺は、黙って彼女を見つめた。

それは、嘘ではなかった。

「売るな」

エリスが鋭く言う。

ミレイアは、目も動かさず返す。

「売らないわよ。だって誰かが勝手に売るから」


価値が生まれると、誰かがそれを市場に出す。止められない。

「……何が目的だ」

俺は、質問を投げかけた。


ミレイアは少し笑った。

「あなたを買う」


その言葉に、空気が凍った。

エリスがすぐに立ち上がろうとしたが、セラが手で制止した。

「冗談ですか?」

俺は冷静に問いかけた。


「半分」

ミレイアは微笑んだ。

「あなたの身体を買うのは安いわ。いくらでも替えが効くもの」


その言葉に、エリスがピクリと反応した。


「でも、あなたの“沈黙”は高い」

沈黙。


「あなたは象徴になれるのに、ならない」

「英雄になれるのに、演じない」

「思想家になれるのに、断言しない」


ミレイアは、まるで商品説明をするように言った。

「それが市場にとって不健全よ」


「不健全?」

「ええ」

彼女は頷く。

「“価値”は、分かりやすいほど売れる。英雄は売れる。敵も作れる。管理もしやすい」

「でも」


目が、俺の喉元に落ちた。

「でも、あなたみたいな“勝ち方を拒否する強者”は、売りにくい」

「売りにくいのに、欲しがる人が多い」

「だから高い」


――この女、危険だ。

味方にしたら、非常に危険だ。


ミレイアは、肩をすくめる。

「あなたがどこかで焚き火を囲んだ」

「その後、誰かが息をした」

「そして別の誰かが“灰色地帯グレイゾーン主義”という言葉を作った」

「流通よ」


エリスが低く言う。

「……我々は、動かしたつもりはない」

「だから面白いの」

ミレイアは、にっこりと笑う。

「意図せず動いたものは、放っておくと歪む」

「歪む前に――形にする」


「形にすれば、潰されるわよね」

俺が言うと、ミレイアは肩をすくめた。

「潰されない形にするのが商人の仕事」


そして、さらりと爆弾を落とす。

「例えば、“場所”にしない」

「“組織”にしない」

「“思想”にも、しない」


エリスが目を見開く。

「……可能なのか」

「可能よ」

ミレイアは即答した。

「“手法”として売るの」

「再起のための中間拠点。名前を持たない支援。期限を固定しない滞在」

「制度の外で一度息をして、制度に戻す」


セラが初めて興味を持った声で言う。

「……制度の下請け?」

「そう」

ミレイアは頷く。

「だから潰されない」


俺の胃が嫌な感じに縮む。

(……上手い)

灰色地帯グレイゾーンを殺さないと言ってる)

(でも、飼うと言ってる)


ミレイアは、俺の表情の変化を見逃さなかったようで、微笑みが少しだけ深くなる。

「ねえ」

彼女が声を低くして言う。

「あなた、分かってるでしょう?」

「このまま放っておいたら」

「“灰色地帯グレイゾーン主義”は、いずれ“正しさ”になる」

「正しさになったら、人を切る」

「切ったら、刃が必要になる」

「刃が必要になったら――あなたの沈黙は、誰かに破られる」


俺は、答えない。

答えた瞬間に、彼女の提案を認めることになるからだ。


ミレイアは、短く笑う。

「沈黙も商品よ」

「買う価値がある」


その目が、妖艶に見えたのは、彼女が色気を振りまいているからではない。

欲望の向きが金と構造に向いているのに、なぜか人肌の温度も混ざって見えるからだ。


彼女は立ち上がった。

「今夜、もう一度話しましょう」

「場所は私が用意する」

「――安心して。あなたを“売る”のは、まだ先」


去り際に、わざとらしく耳元に落ちる声。

「その前に」

「あなたが“欲しがる側”になる顔を、見たいの」


エリスが舌打ちする。

「……人をからかうな」

ミレイアは振り返らず、肩越しに笑った。

「からかってないわ」

「私、真面目なの」


その背中が人混みに消えたあと、セラが静かに言った。

「……危険」

「……うん」

俺も頷く。


エリスが、低く呟いた。

「だが」

一拍。

「必要かもしれない」


それが、最悪だった。

危険で、必要で、正しい。

そういうものは、たいてい後で人を壊す。


俺は、杯の水を飲み干しながら思った。

(……ミレイア)

(この女は)

灰色地帯グレイゾーンを守りたいんじゃない)

灰色地帯グレイゾーンを、使いたい)

そして、もっと嫌な予感がした。

(……でも)

(使うだけじゃ終わらない)

(この女は)

(“使ってしまった後の責任”まで)

(見ている)

それが、商人として優秀すぎた。

――そして、人として危険すぎた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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