刃が止まると、別の刃が来る
異変に気づいたのは、朝だった。
理由は説明できない。
ただ、空気が重い。
宿の窓を開けた瞬間、胸の奥がざわついた。
(来るな)
根拠はない。
でも、体が先に理解していた。
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廊下から足音が聞こえた。
二人分。
軽い。
でも迷いがない。
(セラじゃない)
セラの足音は、もっと消えている。
ドアノブが回る直前。
「――下がれ」
低い声。
エリスだった。
扉の向こうに立っている。
「誰だ」
廊下の奥に、黒衣の女が二人。
暗殺者じゃない。
軍属。処理係。
“証拠を残さない”側の人間だ。
「王女殿下の命令ではない」
一人が淡々と言う。
「国防強化派の臨時判断だ」
(ヴァレリア、やったな)
ついに、公式じゃない手を打ってきた。
エリスが一歩前に出る。
「彼は今、王城の保護対象だ」
「文書は?」
「ない」
即答。
「だが“緊急排除”は規定内だ」
片方が剣に手をかける。
半分、抜く。
(正論で殴ってくる)
エリスは迷わなかった。
剣を抜く。
「通す気はない」
空気が一気に張りつめる。
廊下が狭い。
距離も近い。
ぶつかれば、血が出る。
その瞬間。
「――やめて」
背後から声が落ちた。
エリスが振り返る。
「セラ?」
屋根から、静かに降りてくる影。
銀髪。黒衣。
でも今日は、刃を持っていない。
処理係が眉をひそめる。
「何だ、あんた」
セラはいつも通りの声で言う。
「この排除は、契約違反」
「は?」
「私はヴァレリア・グラントと個人契約を結んでいる」
「優先権付き」
廊下の空気が変わる。
処理係の動きが止まる。
(効いた)
「対象は未処理」
セラは続ける。
「未処理案件に第三者が手を出すのは内部規定違反」
片方が舌打ちする。
「期限は切れてる」
「期限超過は依頼主と私の問題」
セラの声は冷たい。
「あなたたちの権限外」
数秒の沈黙。
処理係は視線を交わし、ゆっくり剣を収めた。
「今回は引く」
「だが次はない」
足音が遠ざかる。
廊下に、静けさが戻った。
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エリスがセラを見る。
「どういうつもりだ」
「命令違反」
即答。
「それと、独断」
俺を見る。
「それ、かなりまずいよな」
「分かっている」
顔色は変わらない。
でも覚悟の重さが違う。
俺は聞く。
「ヴァレリア、どう出ると思う?」
「政治で締めるか」
「私を切る」
(どっちもあり得る)
「後悔してる?」
少し考えてから、セラは言った。
「していない」
「ただ」
「計算が増えた」
「何の?」
「あなたが死なない未来」
それは暗殺者としては、かなり致命的だ。
エリスが低く言う。
「もう戻れんぞ」
「戻る気はない」
迷いなく。
「“順番”を見てしまった」
「無視して刃を振るのは、気分が悪い」
(まだ理屈で立ってるのが救いだな)
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その夜、王城。
アリシアの机に報告が届く。
・非公式排除未遂
・個人契約者の介入
・期限超過
アリシアは静かに一文を書き足した。
《事態は個人問題から派閥問題へ移行》
そして命令。
《対象者の直接保護は行わない》
《関与者の独断行動は黙認》
(覚悟決めたな)
守らない。
でも止めない。
王族としては、かなり危うい判断だ。
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夜。
屋根の上。
俺とエリスとセラ。
奇妙な三人。
風が強い。
エリスが言う。
「これから先、安全は保証できない」
「分かってます」
セラが続ける。
「私はもう依頼人を守らない」
「それって」
「暗殺者としては終わり」
あっさり言う。
「代わりに観測者として残る」
俺は息を吐く。
(ここまで巻き込んだか)
「二人とも」
できるだけ普通の声で言う。
「無理はしないでください」
エリスがすぐ返す。
「それは私の台詞だ」
セラも小さく言う。
「同意」
少しだけ、空気がゆるむ。
でも分かっている。
これは終わりじゃない。
ヴァレリアは、もっと綺麗な手を使う。
もっと正しい理由で。
そのとき。
誰が削られるのか。
何が失われるのか。
それは、まだ誰にも分からない。




