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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第2章

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幕間 観測が、感情に変わる瞬間

観測は、いつも静かに行うものだった。


息を浅くし、心拍を落とし、気配を周囲の闇に溶かす。

屋根の上でも、路地の影でも、自分がそこに「存在しない」状態を作る。


それが私のやり方だ。


対象を“人間”として見ない。

情報の塊として処理する。


年齢。

行動時間。

立ち止まる癖。

よく使う道。

親しい相手。

逃走経路。

死角。


感情は、排除する。


――排除してきた。


---


五日目の夜。


屋根の上。

いつもの距離。

いつもの角度。


宿屋の裏手の窓から、室内が見える。


灯りは一つだけ。

彼は机の前に座っていた。


本を読んでいるわけでもない。

書類を書いているわけでもない。


ただ、窓の外を眺めている。


ぼんやりと。

何かを待つでもなく。


(警戒していない)


だが、無防備でもない。


背中を壁に近づけ、椅子の位置は扉が視界に入る角度。

足はすぐに立てる位置にある。


“いつでも終われる”姿勢。


生にしがみつく形ではない。

だが、投げやりでもない。


(死を受け入れている)


覚悟とは違う。


覚悟は力む。

肩が上がる。

呼吸が荒くなる。


彼には、それがない。


力みがない。


(やりにくい対象だ)


私は一度、視線を外そうとした。

だが外さなかった。


理由は、はっきりしない。


---


翌日。


彼は倉庫街へ向かった。


制度実験の名残が残る区画。

すでに縮小された雇用枠。

政治的には“後退”扱いの場所。


(もう関係ないはず)


彼は正式な関与者ではない。

責任も、権限もない。


それでも行く。


だが近づかない。


遠くの建物の影から、少年たちの様子を見ているだけだ。


声をかけない。

指示もしない。

介入もしない。


確認して、去る。


(非効率だ)


成果は自分のものにしない。

問題も背負わない。


合理性だけで言えば、無意味な行動だ。


だが。


一人の少年が、ふと顔を上げた。


彼と目が合う。


一瞬だけ。


少年が小さく頷く。

彼も、ほんのわずかに頷き返す。


それだけだ。


命令ではない。

期待でもない。


ただの確認。


「生きているか」

「生きている」


それだけのやり取り。


(何の価値がある)


頭では理解できない。


なのに。


胸の奥に、わずかな違和感が残る。


---


夜。


私は彼の背後に立っていた。


距離、二歩。


刃を抜けば一瞬。


彼は気づいている。


呼吸の間合いが変わった。

足の重心が、ほんのわずかにずれた。


それでも振り向かない。


「来ているのは分かってます」


落ち着いた声。


「分かっているなら」


私は低く言う。


「振り向け」


「嫌です」


即答。


「なぜ」


「振り向いたら」


「“対処”しちゃうので」


意味が分からない。


「あなたを止めようと考える」


「それは俺の役割じゃない」


完全に理解不能だった。


「あなたは」


私は問いを重ねる。


「自分の命がかかっている状況で、なぜそんな判断をする」


彼は少し考えた。


「多分」


「俺がここで死ぬのは、“順番”じゃないから」


世界が一瞬、ずれる。


(順番?)


「この世界には」


彼は続ける。


「先に切られる人がいる」


「声を出せない人」


「守られない人」


「俺は」


「そこを飛び越えて死ぬべきじゃない」


暗殺者としては理解不能だ。


だが論理としては破綻していない。


「それはあなたが決めることではない」


私は言う。


「そうですね」


「でも、決めないと」


「誰かが決めちゃうので」


その言葉に、わずかに思考が止まる。


(なぜそこまで他人の順番を気にする)


私は、初めて観測対象としてではない問いを口にした。


「死にたいの?」


彼が振り返る。


初めて正面から目が合う。


「いいえ」


即答。


「怖いです」


「めちゃくちゃ」


声は震えていない。


「じゃあ、なぜ」


「生きたいから」


矛盾している。


だが。


彼は続ける。


「俺が生きていると」


「誰かが“まだ死ななくていい”って思えるなら」


「それで十分です」


刃が、重くなる。


私はこれまで、理想を語る者を殺してきた。

現実を知らない者も。


だが彼は理想を語っていない。


順番の話をしている。


現実の、優先順位の話だ。


---


その夜。


私は初めて、報告を遅らせた。


ヴァレリアへの定時連絡。


「観測継続中」


それだけを書き、理由は添えなかった。


契約違反だ。


分かっている。


それでも、刃を納めた。


殺せないからではない。


まだ観測が終わっていない。


そう自分に言い聞かせる。


だが本当は分かっている。


これは観測ではない。


理解だ。


理解してしまった以上、私はもう“正しく”殺せない。


暗殺者としては致命的だ。


屋根の上で夜風に当たりながら、私は考える。


いつからだ。


いつから私は、


「この男を殺す理由」ではなく、


「この男が死ぬ理由」を探している。


答えは出ない。


だが一つだけ確かなことがある。


私はもう彼を“不安定要素”として見ていない。


順番を守ろうとする人間として見てしまっている。


この国で、


最も殺しにくい存在を。


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