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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第1章

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都市防衛シミュレーション本番

開始の合図は、鐘の音だった。


王都外縁区。

実戦想定の模擬都市。


石造りの街区。

住民役の魔法人形。

各所に配置された観測水晶。

上空には、常時展開された監視結界。


本気だ、とすぐに分かった。


観測塔の上に王女アリシア。

地上指揮所にエリス。


逃げ場はない。


「試験開始」


拡張された声が響いた瞬間、三方向で異変が起きた。


北区で爆発。

中央通りで暴走魔獣。

南区で魔法事故。


同時多発。


心臓が跳ねる。


全部、行ける。


そう思えてしまうことが、一番危険だった。


「違う」


小さく呟く。


選ぶんだ。


中央通り。

通り一面に、破壊の足音が響いている。

街区の中央で、大型の魔獣が暴れ狂っている。

人形のような住民たちは、次々と倒れ、瓦礫の下に埋もれていく。

その魔獣は、巨大な爪で街の石壁を引き裂き、鋭い牙をむき出しにして咆哮を上げている。

煙と粉塵が舞い、空気は重く、耳をつんざくような音が響き渡る。


(だめだ)

目の前で、魔獣が巨大な体を揺らし、次の一撃を準備している。

その爪が、街の家屋を一刀両断し、次に人形を切り裂こうとする。

逃げられない。逃げ道はもうない。


俺は、すぐに距離を詰める。

その感覚が、まるで体の一部のように流れ込んでくる。

視界に入るのは、魔獣の巨大な後ろ足と、炎を上げる瓦礫の山。

魔獣の目線が鋭く光り、再び爪を振り上げて俺に向けて突進してきた。

その圧力に、瞬間的に体が反応する。


(速い)

だが、それでも遅い。

俺は踏み込みながら、魔獣の動きの“間”を見定め、踏み込んでいった。

その目の前に立った瞬間、爆風のような爪がすれ違う。

床が揺れ、壁が崩れる音が響くが、俺は一歩も動かなかった。


(今だ)

素早く、片足を伸ばして魔獣の前足を払う。

その瞬間、魔獣の重心が崩れた。

次の瞬間、もう一度踏み込み、今度はその体をひねって魔獣の脚を引っかける。

倒れた魔獣が、もがいて暴れる。だが、俺は冷静に体を支えて、すぐに制圧に入った。


両手を使い、魔獣の首を押さえ込み、喉元を締め付ける。

爪が激しく揺れ動き、頭が何度も床を叩くが、俺は動かない。

力を使わず、ひたすら重心をかけて首を抑え込み、反動を使ってさらに力を入れた。


魔獣が数度、鋭い声を上げながら暴れたが、その動きが徐々に鈍くなり、ついに動かなくなる。

数秒が経過した。

その後、魔獣は完全に静止した。

視界の隅に、瓦礫の中から逃げ遅れた住民役の人形が何体か、横倒しになっているのが見える。

そのすべてが無事だ。

血が流れることなく、無傷のまま。

俺の動きは正しかった。


(無傷で済ませられた)

ようやく、息を吐く。

だが、胸の奥が重い。

この戦いが、終わったわけではない。


(次だ)

立ち上がると、北区からさらに大きな爆発音が響いてきた。

それに続いて、街区の奥から激しい叫び声が聞こえる。

次の選択が迫られる。

俺は、素早くその場を離れ、次の方向に足を踏み出す。


崩れかけた建物の梁が、きしむ音を立てている。

炎が壁をなめ、石が赤く染まる。


瓦礫の隙間から、住民役の人形の手が見えた。

指先だけが、崩落寸前の石の下に挟まれている。


(助けられる)


距離は五歩。

梁が落ちるまで、あと数秒。

俺が踏み込めば、持ち上げられる。

持ち上げて、投げて、安全圏に出せる。


分かる。

計算するまでもなく、分かる。


(でも)


その瞬間、視界の端で別の動きが見えた。

南区の制圧部隊が、魔法事故の暴走を抑え込みつつある。

中央通りの魔獣は、完全に沈黙している。


今、ここで俺が動けば。


(“俺がいれば全部解決する”になる)


それは、楽だ。

圧倒的に楽だ。

全てに介入し、全てを止めればいい。

誰も文句を言わない。

むしろ称賛される。


――だが。


(それが、始まりだ)


一度でも「全部できる」と見せれば、次からは「全部やる前提」になる。

俺が間に合わなかったら?

俺がいなかったら?


そのときの被害は、「俺がいれば防げた被害」になる。


それは、違う。


歯を、強く噛みしめる。


「北区、第二班、退避完了か!」


俺は、怒鳴った。

声が、炎の中で反響する。


「退避完了! 負傷想定三!」


「建物は捨てろ! 南壁を切り離せ!」


一瞬の沈黙。

そして、制圧部隊の魔法陣が展開される。

青白い光が、建物の基礎を切断する。


崩落。


轟音。


瓦礫が一気に内側へ落ちる。


粉塵が舞い、炎が沈む。


瓦礫の下に、人形が完全に埋まった。


(一体、失った)


拳が震える。

息が荒くなる。


(俺がやれば、救えた)


その事実は消えない。

消えないが――


被害は、それ以上広がらなかった。


隣接する家屋は無事。

火は延焼せず、制圧完了。


鐘が、三度鳴る。


「試験終了」


魔力で拡張された声が、街に響いた。


静まり返った模擬都市。


煙が、ゆっくりと空へ昇る。

住民役の人形は回収され、観測水晶が明滅している。


俺は、瓦礫の前に立ち尽くしていた。


(これで、合格か?)


違う。

これは勝ち負けじゃない。


足音が近づく。


エリスだ。


鎧の擦れる音。

無言で、俺の隣に立つ。


「北区の判断」


低く言う。


「妥当だ」


「一体、失いました」


「模擬だ」


「でも、俺が入れば」


エリスは、静かに遮った。


「それでも、妥当だ」


視線を向けると、彼女の目は揺れていなかった。


「お前は“救える命”ではなく、“広がる被害”を止めた」


「騎士の判断だ」


胸の奥が、じわりと熱くなる。


観測塔から、王女の声が降りる。


「被害想定、最小限。介入回数、二。最大出力未使用を確認」


ざわめきが、遠くから聞こえる。


「評価――合格」


その一言で、街の空気が変わった。


「対象は、過剰介入を行わなかった」

「判断基準、明確」

「制御能力、実証」


王女の声は、淡々としている。


だが最後に、ほんのわずかに柔らいだ。


「あなたは“止まれる力”を持つと証明しました」


その言葉が、深く刺さる。


止まれる。


止まれる、ということは。


(暴走しないってことだ)


でも。


瓦礫の下の一体が、頭から離れない。


俺は、静かに呟いた。


「怖かったです」


エリスが、少しだけ横を見る。


「何がだ」


「全部できるって、思いそうになったことが」


正直な言葉だった。


一瞬で全区画に介入し、

全てを無傷で終わらせる未来が、頭をよぎった。


それは甘い。


そして、危険だ。


エリスは、短く言った。


「だから合格だ」


「迷いがある限り、お前は剣にならない」


その言葉に、ようやく呼吸が整った。


遠く、観測塔の上。


王女アリシアは、水晶越しにこちらを見ている。


「興味深い」


小さく呟く。


「“全部できる”のに、“やらない”」


参謀が、低く言う。


「制御可能、と見てよろしいか」


王女は、首を横に振った。


「いいえ」


「制御しているのは、彼自身です」


そして、静かに続けた。


「だからこそ――最も扱いにくい」


模擬都市を後にする帰り道。


足が、少し重い。


「エリスさん」


「何だ」


「これ、終わりじゃないですよね」


「当然だ」


即答だった。


「お前は、これからも選び続ける」


「怪物になるか」


「人でいるか」


「その間で、踏みとどまるか」


夜風が、汗を冷やす。


俺は、空を見上げた。


(今日、俺は止まれた)


でも、次は?


もっと大きな被害。

もっと近い命。

もっと揺さぶられる状況。


そのとき、同じ選択ができるか?


分からない。


だが一つだけ、はっきりしたことがある。


強さは、殴る力じゃない。


「やれるのに、やらない」と決める覚悟だ。


そしてその覚悟は――


試験は合格した。


だが本当の試験は、

これから先、何度でもやってくる。


世界は、俺を試すのをやめない。


俺もまた、選ぶのをやめない。

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