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マイラ・グランヴィルは推理する3

「一体何の犯行を認めるというのですか?」

 口を開くと、再び雨の音が聞こえてくる。

「今まで起こった全ての犯罪です。――というのは些か大袈裟に過ぎるでしょうか。ならば具体的に三つの犯行を述べます。これらは全て状況証拠となりましょうが、副所長のみがそうであると断定できるものばかりです」

「面白い冗談を言いますね。いいでしょう、それではその犯行とやらを教えてください。私にそのような罪があればですが」

「ええ、ではまず私の婚約者であるフィリップの殺害について語りましょう」

「ご自由に」

 全てがハッタリだというのは分かっているのだが、彼女がどう推理し、自分を犯人と仕立て上げるのかには興味があった。いざ冷静になればなんていう事は無い、ただ彼女は人に罪を押しつけようとしているだけに過ぎないではないか。

「まずフィリップが最後に出会ったのは、貴方でした」

「ん?」

「私は【覚えています】」

「覚えて……?」

「ええ、窓から入ってきた侵入者、その顔を。そして私のフィリップを殺害し、その場に誰もいない状況を作り出し、あたかも私が唯一の目撃者でありながら疑わしいのだと、そういう工作を仕向けたことを」

「ほう、それはなかなか面白いことを。しかしあの時のパーティーに私はいなかったのですよ。いたのはマイラ様、あなたのみだったのでは?」

「ええ、ですが私は魔術が使えません。しかし魔術でないと行えない犯行があった。それも巧妙に魔術を偽装出来る、それだけの魔術師がいた」

「それだけでは根拠が薄い」

「そう、魔術紋の偽装も可能だった。――王宮魔術研究所の副所長なら、可能でしょう?」

「――なるほど、そういうことですか」

「ええ、これは偽装に偽装を重ねたような犯罪行為。『動機は分かりませんが』貴方が一番殺せる立場にいたことは間違いありません」

「では、逆に問いましょう。もし貴女の魔術が使えないというそのものが嘘だった場合は?」

「それはあり得ません」

「なぜ?」

「なぜも何も」

 マイラは小さく笑みを作る。

「それを証明なさったのは他の誰でもない、アズヴァルド様でしょう」

「――ッ」

 少し、不快な気持ちが頭をもたげてきた。

 何故だろうか、彼女の言葉に意外性は無い。少し考えればそうなるだろうという納得こそあれ、その程度で自分を追い込まれることはないはずだ。

(だが、なんだ。なんだこれは?)

 じわりと、まだ言葉に出来ない、滲み出て絡みつく『重さ』が足の先に感じる。

「だからこそあの殺人で一番の容疑者は、考え得る限り貴方しかいないのです」

 ゆらりゆらりとした影が、ゆるりゆるりと首に伸びてくる。――そんなことなどあるわけないとアズヴァルドは小さく笑って首を振った。

「何を仰るのやら」

「あら、何も言い返せませんの?」

「言い返すも何も、お嬢様の妄想に付き合うほど暇ではないのです。それに貴女の容疑もまた晴れていないのでしょう。実質的には第一の容疑者である貴女は、第一発見者でありフィリップス王子の許嫁であり、さらにはグランヴィル家という強大な貴族の庇護の下にあるからこそ優しい軟禁程度で済んでいるのです。そんな貴女の言葉を信じる者はいないでしょうに」

「確かに貴方の仰るとおり、私は端から見れば一番怪しい人物です。その上で私の立てた推論に何一つ反論できないということは」

 マイラは、その双眸を細める。

「グランヴィル副所長が犯人ということを認める、そういうわけですわね?」

「認める? そんなわけないでしょう。ならば第二王子や義賊の件はどうなります? 説明ができるのですか?」

「あら」

 マイラはきょとんとして聞き返す。

 それはあまりにも無邪気な、本当に何も知らないと行った体を装って。

 そしてそれこそが真に恐るべきことであったのだ。

「第二王子といえばエドアルド様でしたね。あの方まで手を掛けたのですか?」

「……ッ、違う、私はあの方を手になど掛けていない!」

「ではなぜここでエドアルド様の名が? 少なくとも私は知りませんでしたが、なぜアズヴァルド様はご存知なのでしょう。それではまるで貴方がエドアルド様を自ら手に掛けたから知っていたのでは――」

 ――それはお前のことだろう!

 叫びそうになり、押し留まる。今それを言ったところで水掛け論にしかならないからだ。言うべきことはそれではない。そんなことではない。もっと違う。きちんと理論立てて反論しなければ彼女の口は止まらない。

「それにセイロさんは確かに殺されました。だけれどもアレも不自然でしたね。この城には手練れの護衛が沢山いるというのに、なぜわざわざ牢獄の奥深くから――つい先ほどアズヴァルド様自身が仰ったように酷く危険な場所から彼を解放し、フィデスさんの護衛に付けたのです?」

「それは……聖女の護衛を彼にさせることで、近くにいる貴女をけん制するために、ですよ。貴女が次の犯行を行う前に、彼なら止められると思って」

「本当に? その割には侵入者が多すぎたように思えます。それは何故ですか?」

「何故、とは?」

「答えられないということで? ならばそれが答えでしょう。代わりに言葉を換えて私が口に出しましょうか。セイロさんを確実に消耗させて殺させるため、貴方が外部から敵を招いたのです。何しろ王宮魔術研究所の副所長ともなればその権力は絶大、その程度造作も無いことでしょう?」

「そんなことをするばずが――」

 だが、もしそれをマイラがやっていたとしたら、果たしてどうやって外部から聖女を狙う者達を招き入れることができたのだ?

(――できない、のか! マイラ・グランヴィルではこの犯行が不可能だというのか! いや、そんなことは! だがどうやって!)

「動機は知りませんが、恐らく大きな権力と絶大な魔術を持つ貴方の壁になろう人物を密かに葬っておきたかった、ということでしょう。フィリップはその類い希なる才覚に、エドアルド様は野性的な勘を持つ実力者、そしてこと戦いにおいて無敵とも言える市民の英雄だったセイロさん、そのお三方を片付けておけば未来において貴方に逆らえる国内の人間はいなくなる。と、そんなところではないでしょうか」

「……そこまで言うのならば証拠はある、ということでしょうか? まさか当てずっぽうで言っているわけではないでしょう? それとも君が自分で行った犯行をこの私になすりつけるための狂言とでも?」

「ない」

「やはり」

「――と答えるとでもお思いですか?」

 まさか、と吐き捨てるのを堪える。何もしていない自分が一体何の証拠を残したというのか。それとも彼女は本当に証拠をねつ造したというのか。もしそのような動きがあれば当然察知できているだろうし、いくら何でもそこまで油断していたつもりはない。しかしマイラ・グランヴィルから感じるこの自信は何だ。彼女の泰然たる態度、そこには己が信じるものを信じているという確固たる魂の強さを感じる。

(魂? 確かに魔術学ではその存在についてあらゆる議論がされているが、いまだ確証もなくあやふやなものだ。一部では魔力の記録ともいわれているが、そんなものを感じるなど不可能だろう。……まったく、私は何を考えている。そうではない。違う。私は彼女の言葉を否定するべきなのだ。ここで真っ正面から、堂々と、完膚なきまでに潰す。そうでなければこの場において到底勝利とは言えないだろう)

 先ほどから続く彼女の推理劇は確かに聞き応えのあるものだ。むしろここまでスラスラと述べられることに感心すら覚える。

(まぁ、だからこそ潰さねばならないということだ)

 冷静になれ。振り回されるな。彼女の推理は所詮でっちあげにすぎない。あまりにも都合の良すぎる展開に唖然とし、頭が一瞬熱くなった。そうではない。冷静になるだけでいい。彼女の頭の良さには辟易するほど素晴らしいと認めているが、しかし自分にここまで見事に牙を剥いてくるというのは――それこそ正直想像もしなかったほど腹が立つ。

 ああ、冷静になれ。

「ならば聞きましょう。貴女の証拠を。提示するものを」

「魔力紋」

「なんですって?」

「だから、魔力紋ですよ。貴方ならばご存じでしょう。いや、恐らくこの国において、下手をすれば今の世界で一番それを知り尽くしている自負がおありでは?」

「その魔力紋が、証拠と?」

「はい。貴方の残した魔力紋が検出されたということです」

「あり得ないですよ。あそこに残っていた魔力紋は間違いなくあの場に居た誰のものでもありませんでした。少なくとも私が識っている限りは、ですがね」

「調べたことのない魔力紋があると?」

「当然でしょう。この国以外の人間まではさすがに把握しかねます。それに何でしたっけ……そうそう、マイラ様が仰る魔力紋の偽装も基本的には不可能なんですよ。何しろ魔力紋は決定力がありすぎる。その為必ず二人以上の魔術師が検出にあたらなければならない。私だけではなく、別の人間も関わっているのです。どうやって偽装を?」

「そんな程度、どうとでもなるではないですか」

 呆れたと言わんばかりに、マイラは嘆息する。

「どちらも王宮魔術研究所の人間ならば、副所長の貴方ならどう処理しようが簡単でしょう。それを私の口から言わせるつもりですか?」

「……」

 まったく、頭にくる。

 そういう言い方をしているのは察しているが、それでも感情が逆撫でされる感覚はまったくもって忌々しい。

「私は言いましたよ。王宮魔術研究所の副所長ともなればあらゆる権力を持っているも同じ。貴方の処にいる所員は貴方の手の内を考えるのが当たり前ではありませんか。これを私が言うことで、貴方、余計に追い込まれていますよ。いいのですか?」

「……黙れ」

「はい、なんでしょう?」

「黙れ、と言ったのですよ、お嬢さん」

「それは私に対する命令でしょうか」

「当たり前だ。ここまで王宮魔術研究所をバカにされては、さすがに私も冷静ではいられません。彼らが犯罪に関与している? 巫山戯るのもいい加減にしてもらいたいですね。第一容疑者である貴女が馬鹿な事を抜かすなと言っているのですよ」

 強い口調で、アズヴァルドは彼女を強く非難する。

 当然これは演技である。

 アズヴァルドにとって王宮魔術研究所の所員がどう言われようがあまり気にするようなことではない。それよりも自分の研究や興味を惹く出来事に首を突っ込んでいたい、そういう性格だ。そんな彼がわざとそうしているのは、感情的に見せかけることで自分が強く王宮魔術研究所の所員達を想っているのだと彼女に印象づけることだった。感情論は時に下手な理論より強く、そして立場を入れ替えることもある。

(まったく人間というのは度し難い。感情論で場の空気が変わるとは、だからこそ進化は遅く、成長もままならない)

 だがそれも武器にできるというのなら、彼は何の躊躇いも無くそうするだけの割り切る理性がある。何も難しいことではない。この雨の音に身を任せるように、大声で叫び、彼らの無実を訴えるだけでいい。

 ――あの時、この女が第一王子の死体で演説したように、だ。

「やはり君は私を追い込むだけではなく! 王宮魔術研究所をすらも巻き込んで潰そうというのか! 魔術が使えないというその妬みは酷く辛いと察して余りあるが! しかしだからといって罪の無い者達を潰そうというのなら私は黙っていられませんね!」

 ――まるで周囲へ言い聞かすような、見事な演説だ。

(当然そうなるだろう。誰もいないと考えるほうが不自然だ。ああ、雨で聞こえないが、きっと回りには誰かしらいるはずだ。でなければこの女がここで私を犯人に仕立て上げようとする意味がないのだから)

 それを逆手にとってしまえばいい。

「だから私は|真犯人である君《私が殺人犯であるという罪》を告発する!」

(……は?)

 なんだ今のは。

 何が起きた?

 おかしなことを口走っていなかったか?

 誰が、何を、告発するって?

 あり得ないことを。あってはいけないことを。私は余りにもおかしなことを。


 マイラは嗤っていた。

 薄暗い雨の中、とうとうわざとらしい感情論で注意が散漫になったこの男の心情を想い、そのおかしさに嗤っていた。

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