最終話・静かなる幸せ
『お姉ちゃんへ』
お姉ちゃん、元気?
理世はすっごく元気だよ。お店もね、今の所順調にいってる。
お姉ちゃんが会談の時に着けてくれた簪、アレがとっても評判良くて、今は簪ばっかり作ってる感じなの。
女王様との会談、理世、何だか見ててうるうるしちゃった。
飛天派と地走派って、本当に昔から争いがあったんだね。
”こんな日が来るとは思わなかった”ってジーンさんも言ってた。
でも、それって裏を返せば、実は皆も争いが嫌だったって事だよね?
もっと早くに誰かが動いていれば、きっと避けられた無駄な争いもあった筈なのに。
お姉ちゃんは、やっぱり凄いね。
だって歴史を変えちゃうんだもの。
まだまだヴォラティルとの間には緊張感が走ってるってジーンさんが言ってた。
エグルもミランも生きてる訳だしね。
だからこそ、飛天派と地走派が手を取り合うのは、本当に素晴らしい事だよ。
そうそう、ジーンさんとアトラスさんが無事に結婚したの。
理世、ウェディングドレス作ったんだよー、カメラがあったら見せてあげられるのになぁ。
でね、アトラスさんは刀鍛冶辞めちゃったの。代わりに、”時計屋さん”になったんだよ。
ここって”時間”の概念が無いじゃない?
だからやっていけるのかなぁって心配してたんだけど、これが大流行りなの。
ひょっとしたら理世のお店よりも繁盛してるんじゃないかなぁ。
そして驚く事があるの。
ヘラがね、飛竜さんとお付き合い始めたんだよ!
美男美女でお似合いなんだけど、しょっちゅう喧嘩してて何だか面白いなぁって。
クレスも彼女が出来たらしいんだけど、教えてくれないの。
ヘラも知らないんだって。でも、飛竜さんは知ってるっぽい。男同士の何とかってやつなのかなぁ。
アトラスさんの工房はクレスが継いでるの。
何かあったら寄ってあげてね。
でね。ちょっとお姉ちゃんに聞いて欲しい事があるの。
ちょっと恥ずかしいから、絶対に誰にも言わないでね?
やっぱり時々思うんだ。
二人の男の人と上手くやって行くのって大変だなぁって。
別に理世、”どっちも選べない!”なんて優柔不断な気持ちがある訳じゃないの。
理世には二人が必要だと思ったから、二人を受け入れたんだけど、ちょっと疲れちゃう時もあって。
もうね、全然一人になる時間が無いの。
フォイアーはもう地底の屋敷を出てずっと理世と一緒で、カイザーはまだ女王様の元でお仕事してるから朝に出て行って夜に帰って来るんだけど、帰って来たらずーっと、理世にくっついてるの。
正直、ちょっと鬱陶しい。
交代で理世の事見張ってるのかなぁって、うっかり思っちゃう位に一人になれないの。
その、夜は、最初三人で寝てたんだけど、もう無理って思ってお願いしてどっちか一人ずつにして貰った。
そしたらそこは何だか二人で話し合ってくれたみたいで、週の半々で分けて貰ったの。
二人の事は大好き。でも…何だか息が詰まるんだよねー。
玻璃鐘城に泊まりに行きたいって言っても絶対に許してくれないし。
たまには一人になりたいなぁー。
お姉ちゃんから言ってくれない?
理世より
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『理世へ』
お手紙ありがとう!
お姉ちゃんは元気だよー、今は3個目の卵がお腹にいるから、時々気分悪い時あるんだけど、大丈夫!
会談の後もね、ナーデルに頻繁に会ってるの。
情報交換と、旦那の愚痴言い合ったりしてる。
ナーデルもね、今卵がお腹に居るんだって。えーっと、シュバルツさんとのだったかな?
クレス君の彼女の事、お姉ちゃんは知ってるよー。
だって、私の娘の杏だもん。
ほら、杏が怪我した時にクレス君が助けてくれたでしょ?
あれがきっかけなんだって。
弥未が機嫌悪くしちゃって、宥めるの大変だったんだよ?
それから、理世の”一人になりたい”って気持ち、何となくわかるよ。
元の世界では小さい頃は施設で皆と同じ部屋だったし、おじい様に引き取られてからも自分の部屋こそあったけど、学校は車で送り迎えだし護衛はついて来るし、息が詰まる毎日だったもんね。
でも今は、大事な人達といるんだから、そんなには感じないかなぁ。
カイザーさん達、理世がお店で忙しいから寂しいのかもよ?
いっぱい甘えて、構ってあげれば安心して自然と自由にしてくれると思うよ?
こっちの男性陣は寂しがり屋さんが多いよね。
不安にさせなければ良いんじゃない?
玻璃鐘城には是非来て欲しいな。
一人での泊りを許して貰えないなら、”三人で行こう”って言ってみたら?
弥未も許してくれると思うわ。
美琴より
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「ふぅ…こんな感じで良いかしら」
――美琴は妹・理世の手紙の返事を書き終え、両手を伸ばして大きく伸びをした。
たったこれだけを書くのに随分時間をかけてしまった。
でも時間をかけた分、理世の気持ちに寄り添いつつ、良い方向に誘導する書き方は出来たと思う。
理世の思っている様な事は、あの日森で一斉に記憶を取り戻した時に既に気付いていた。
元より余裕のあまり見られなかったフォイアーは何処か追い詰められた様な目つきをしていたし、カイザーは変わらず理知的だったが、その瞳は底の見えない昏さを帯びていた。
理世を絡めとる様な、粘ついた視線に妙な不安を感じた事を覚えている。
恐らく彼らは、想像以上に傷付いていたのだ。
いや、一部壊れてしまったと言っても良いかもしれない。
理世が以前言っていた、付き合った少年達に言われたと言う"疲れた"と言う台詞。
庇う訳では無いが、彼らは彼らなりに理世を大事にしていたのではないかと思う。
ただ、疲れたと言うのは本当だろう。
理世の、残酷なまでの無邪気さに少年達は疲弊してしまったに違いない。
それでもカイザー達が彼らと違う所は、それなりに大人だと言う事だ。
理世はちゃんと二人を愛しているし、それに気付かない彼らではないと、信じている。
しかしナーデルにはその懸念は伝えてある。
既に地底の屋敷を出ていったフォイアーはともかく、カイザーに関してはさりげなく監視しておく、と約束してくれた
「理世も随分変わった気がするけど、もう少し大人にならないと駄目ね 」
美琴は小さく呟くと、手紙を預けるべく立ち上がった。
********
「わぁ…杏ちゃんだったんだぁ…クレスの彼女…」
理世は姉からの手紙を読みながら、驚きの声を上げた。
すっかり格好良くなったクレスはシェラックでもモテまくりなのだが、他の女の子達を全く相手にしていない。
そんなクレスの対応は”一途で誠実な所が素敵!”とますます好感度を上げている。
「羨ましいなぁ…まともな彼氏…」
「…リセ。今何か言った…?」
「う、ううん、何も」
――新作のアクセサリーを作る片手間に手紙を読み、独り言を呟いていた理世は間近に聞こえた声に飛び上がった。
…音も立てずに忍び寄って来るの止めて欲しい。
フォイアーは理世を背後から抱き締め、首筋にチュッとキスをしながら胡乱な眼差しをしている。
理世は「ね、そろそろカイザー帰って来るよね?お夕飯の準備しなきゃ」と笑って誤魔化した。
「…リセ」
「な、なぁに?」
「今日、夜一緒に過ごすのはカイザーなの覚えてる…?リセが隠し事してるって、言いつけるよ?絶対にイジメられると思うけど…?」
「…フォイアー」
「何?」
「…意地悪」
理世は唇を尖らせながらフォイアーの腕に抱き着いた。
フォイアーはクスッ…と笑いながら指先で理世の頬をくすぐる。
「…わかった。良いよ、誤魔化されてあげる。ボクは”まともな彼氏”だからね?」
「う…やっぱり聞こえてた…」
仕方ないからカイザーには黙っててあげるよ。
そう言うフォイアーの言葉に、理世は安堵の息を吐いた。
◇
帰って来たカイザーを出迎え、夕食のテーブルに着いた理世はふっ…と姉の手紙を思い出した。
確かお姉ちゃんはこっちの男の人は寂しがり屋だって言ってた。
じゃあ理世は…?
ずーっとべったりされるのは鬱陶しい。
ならどうする?家出でもしてみる?家出して、一人で暮らしてみる?
――やだ。そんなの寂し過ぎる。
「リセ?どうした?」
カイザーに声を掛けられ、我に返った理世は真っすぐに二人の顔を見た。
訝し気な顔の、カイザーとフォイアー。
理世の、大事な二人。
「今ね?理世、家出したらどうなるかなって思ったんだけど」
「…へぇ」
「…家出したいのか」
ピリ…と凍り付いた空気に全く気付かず、理世は呑気にパスタをフォークにクルクル巻き付ける。
「ん、美味しい」
カイザーとフォイアーはそっと目配せを交わした。
”例の場所”を使う時が来たのだろうか。
「でもね?やっぱり出来ないって思っちゃった。だって理世」
理世はフォークを置き、ふわりとした笑顔を浮かべた。
「カイザーとフォイアーの事が大好きなんだもの。二人と離れて暮らすなんて考えられない」
だから、理世とずっとずっと、一緒に居てね?
小首を傾げながら微笑む理世を目の前に、フォイアーは溜息を吐き、カイザーは額を押さえた。
「…カイザー」
「あぁ。敵わないな、リセには」
「えぇ!?何よ二人で!理世を仲間外れにしないで!」
「ごめんごめん。ボク達がバカだったよ。色んな意味で」
「気にするなリセ。そうだな、家出は取り敢えず止めてくれ。オレ達も寂しい」
むぅ…と膨れっ面をする理世を、二人の夫は愛しくて堪らない、と言った表情で見つめていた。
◇
「ねぇ見て見てー!あのお花可愛いー!」
「リセ待って…先に行かないで!」
「あんまりはしゃぐなリセ!転んで怪我をするだろう!」
――理世達は”緑の家鴨”を3日間臨時休業して3人で旅行に来ていた。
目的地である隣国、樹木人や花人が暮らす”蔡園”に到着した途端、理世は目の前に広がる風景に歓声をあげた。
色とりどりの花に見た事も無い木の実がなっている果樹。
「あ!アクセサリーのデザインに使えるかも…」
はしゃいでいたかと思えば、急に真剣な顔になって持参したノートにデザイン画を描き始める理世の姿に、取り残された二人は苦笑する。
「全く…リセは本当に目が離せない」
「可愛いから許すけどね…」
花々に埋もれる理世の黒髪。
”前”よりも随分長くなったソレが、風にあおられ宙に舞う。
二人は気付いている。
理世を愛しく思えば思う程、”前”に抱いていた狂おしいまでの独占欲が蘇って来る事を。
今は互いに努力して必死に均衡を保っているに過ぎない事を。
それでも。
嫉妬に苦しみ、時に眠れない夜があっても、朝になって彼女の笑顔を見られるならそれでも良いと思ってしまう。
仕方がないのだ。
リセは自分達の女王なのだから。
デザイン画を描き終えたのか、リセが咲き乱れる花の中から立ち上がった。
満足いく出来栄えだったのか、嬉しそうな顔をしている。
その姿を眩しそうに見つめる二人。
リセが此方を向き、花の様に微笑みながら大きく手を振った。
「行こう、フォイアー」
「…うん」
今はまだ、この危うい幸せの中に浸っていよう。
少なくとも彼女はそれを望んでいるのだから。
そう思いながら、二人の蟻人は愛する女王の元へゆっくりと歩き出して行った。
拙すぎる作品をめげずに読んで下さった皆様に感謝を致します。
ありがとうございました。




