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39・再会


「本当にありがとうございました」

「いえいえー、出来上がったら私にも売って下さいねっ!」


金額や今回のブローチ用の銀色に染めた絹の納品についてなど、様々な交渉を終えた理世はコナとオシラの夫婦に礼を言い、製糸工場を後にした。


納品については、1週間後に店に品物が届く事になっている。

理世は絹糸を機織り機で織るつもりだったが、時間が無いのとやはりプロと素人では出来が段違いと言う事で、今後とも絹糸ではなく”絹の反物”で納品して貰う事になった。


その分少々値が張るが、見せて貰った絹の手触りや美しさを見て、十分元が取れるだろうと考えたのだ。


「うわ、結構時間かかったかも」


圧倒的速さの飛竜ひりゅうに連れて来て貰った為に、午前中に里に到着していた。

しかし、今は昼をかなりまわっている様に思える。


「お腹空いたー…」


トコトコと来た道を歩いていると、大きな樹の下に飛竜がもたれかかっているのが見えた。

その姿を確認すると同時に、一気に気分が下降していくのが分かった。


知らず、足取りが遅く重くなっていく。


「遅かったなリッカ」

「すいません、お待たせしてしまいまして。あの、それでなんですけど…」

「じゃあ帰ろうぜ。それとも昼ご飯食って帰るか?後、今日は俺んちに泊まれよ」


そう矢継ぎ早に言うと、理世の手を掴んで歩き出す飛竜の手を必死に振りほどきながら、理世は思い切って告げた。


「ごめんなさい飛竜さん!私、アナタとはお付き合い出来ません!」

「…後から嫌だっつっても遅いって言っただろ」


こちらを静かに見返して来る、底の見えない黒い瞳。


この前までの理世なら、恐怖に流されて言いなりになるか諦めて適当に身を任せるか、自分が傷つかない楽な道を選んでいただろう。


でも、これからはそうはいかない。理世は怯む心を必死に奮い立たせる。


「ちゃんと話を理解してなくて本当にごめんなさい。でも、私には好きな人がいるんです。まだその人の事が忘れられないの。だから、当分は誰とも付き合えません」


そう。今はまだ、彼の面影を追ってしまっている。

自ら手を離してしまった事に対する未練なのか執着なのかわからないが、今の状態で向けられた好意を受け取るべきではない。


でも、もし飛竜が理世の気持ちが落ち着くまで待つと言ってくれたら。

別に顔も見たくない程嫌い、と言う訳ではないのだ。

その時は彼の想いに応えるべく、全力で努力をすべきだと思っていた。


「…聞き分けの無い事を言ってんなよリッカ。もう良い。これから俺の家に行く。そこで色々、お前が今後覚えておかないといけない事を教えてやるよ」


顎を掴み、低い声で恫喝して来る男に恐怖を上回る失望を覚えた。

理世の思いと真逆な飛竜の言葉。


――もう、理世はこの先ずっと、この人を好きになる事は無い。


理世は身体を捩り、後退りながら飛竜から距離を取る。


「飛竜さん。もう私に付きまとわないで」


男の顔に、怒りの表情が浮かぶ。

荒々しく近付き距離を詰めると、理世の腕をギリリと力を籠めながら掴み引き寄せ、有無を言わせず抱き上げた。


「やだ!離して!」

「うるせぇな。騒ぐんじゃねーよ」


飛竜は羽を広げ、空中に飛び上がりながらボソリと「…ったく、疲れる女だな」と一言呟いた。


「…!!」


理世の胸に、突如としてメラメラと怒りが沸き起こる。

あぁもう。またか。何でいっつもこうなのよ!


怒りに任せ、最初の時にカイザーの腕から抜け出したのと同じく身体を捻り、全体重を前方にかけた。


ただし、今回は空中に居る。そして自分は飛ぶ事が出来ない。

下は斜面になっているし、丈の長い草が生えている。飛び降りて、骨折で済むか済まないかギリギリの高さ。チャンスは今しかない。


理世は思い切り飛竜の胸を押し、その反動で腕から逃れ、そのまま地面に向かって落下した。

身体を丸め、頭と利き手を庇いながら衝撃に備える。


「い…ったぁいっ…!」


叩きつけられた弾みで身体が跳ね上がり、斜面に沿ってズザザ、と滑り落ちて行く。


「お、おい!大丈夫か!?お前何で飛ばないんだよ!」


慌てて降下して来た飛竜が焦った様に伸ばして来た手を、理世は手の甲で強く払いのけた。

強く打ち付けた身体を片手で抱く様に包みながら、驚いた顔の男に向かって大声で叫ぶ。


「何なのよ!いっつもいっつもこうなんだから!って言うか、アナタ理世の何を見てたの!?理世のどこが好きだったの!?顔!?自分の顔がそこそこ可愛いってのは知ってるわよ!でも、その程度の好きなんだよね?理世の事を見てくれてる訳じゃないんだよね?フォイアーだってそう!ちょっと我が儘言ったら直ぐに理世の事を嫌いになる!理世は、理世はただ、一生懸命やってるだけなのに!」


悔し涙を流しながら次第にしゃくりあげる少女を前に、飛竜は焦り、混乱をしていた。


”リセ”って誰だ?お前は”リッカ”だろ?

”フォイアー”?それがお前の好きな男なのか?


少女を欲するあまり、自分が何を言ったのかも覚えていない飛竜はただオロオロと狼狽える。


理世は唇をキツく噛み締めながら、飛竜の目を真っすぐに捉えそして言い放った。


「二度と、理世の前に顔を出さないで。別に街から出て行けとは言わない。でも貴方とはもう話をしたくない!帰って!」


――飛竜の目が一瞬ぼんやりとなり、そして理世からゆっくりと離れて行く。


そのまま男は何処か夢を見ている様な顔をしながら空中に舞い上がり、フラフラと飛んで行ってしまった。


怒鳴るだけ怒鳴り、ハァハァと肩で息をしていた理世は今の飛竜の様子について考える。

あれは、ひょっとして”女王の強制力”ってやつ?


でも、理世はもう正式な女王じゃないのに?それとも異界の人間には、皆この力があるの?

首を傾げながら、理世はゆっくりと身体を起こす。

そっと肩や腕を回してみる。幸い、骨折はしていない様だった。


利き手にも特に問題は無い。

ほっと安堵の息を吐いていると、後ろからパタパタとこちらに近付いて来る足音が聞こえて来た。


「ねぇ!ちょっと貴女、大丈夫!?」

「え!?あ、はい、大丈夫で…」


す、と言い終わる前に、後ろを振り返った理世は瞠目した。


「今の男の人、彼氏?何だか微妙な雰囲気だったから気にしてたんだけど、恋人を落として行くなんて最低ね!」

「…美琴。俺にはその子が飛び降りた様に見えたけどね」

「えぇっ!?そうなの?」


――金茶の長い髪をポニーテールに結わえ、高価そうな袴を身に纏い、踵の高いブーツを履いた女性。

その横には着崩した着物姿の、驚く程美しい顔をした蜂人の青年が呆れた様な顔で立っている。


(お、お姉ちゃん!?)


あわあわとする理世を不審に思う事無く、姉・美琴は心配そうに見つめている。


「本当に平気?結構高い所から落ちたわよね?もう弥未やみったら、だからちょっと行ってあげてって言ったのに!」

「だからその玉虫が飛ばなかったからだろ?美琴、他人の恋路に首突っ込んでる暇があったら、早く衣装を選ばないと」


理世は慌てながらも、努めて平静を装いながら「本当に大丈夫です。彼とはちょっと行き違いがあって。飛ばなかったのは、数日前に翅の付け根を痛めてしまったので…」と適当に出まかせを言った。


「へぇ…。確かに玉虫は硬皮が薄い方だけど。それでも頑丈な甲虫の翅が身の危険時にすら飛べない程に痛むとは、一体どんな事をすればそうなるんだ?」


一気に不審な顔つきになる弥未とは裏腹に、美琴は「暴力ね!?あの男に暴力を受けてたんでしょ!」と指をビシリと突きつけて来た。


(あ、相変わらず思い込み激しいなぁ、お姉ちゃん…)


もう面倒になった理世は「そうです」と言おうと思ったが、いやいや、と思い止まる。

流石に、濡れ衣を着せるのは良くない。


「え、えぇと…私、アクセサリーや洋服を作ったりしてるんですけど、材料を取りに行く時に落石にあってしまいまして…」


「落石か。それは玉虫じゃ防ぎきれないだろうな。ほら美琴。もう行くよ」


「わかったわよ。ねぇ貴女、お店やってるの?何処で?」


「あ、私のお店ではないんですけど…。シェラックの街です」


「シェラックね?今度ね、蟻人の女王と会合するんだけど、今日はその時に着て行く衣装を頼みに来たの。でもアクセサリーはまだだから機会があったら是非お店に寄らせて頂くわ!」


業を煮やした弥未に半ば引き摺られる様にして連れて行かれながら、「じゃあねー」と元気よく手を振る美琴に、理世は引き攣った笑顔を返しながら小さく手を振った。



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