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40・父と母と子供達


「うーん…」

「美琴?どうした?」


甲虫の少女と別れて以来、ずっと何やら考え込んでいる美琴を、弥未は心配そうに見つめる。

城の蜂人以外とあまり積極的に関わらない美琴にしては、珍しく少女に拘っていた様に思う。


「んー?さっきの子。”リセ”って何回も言ってたけど、そのリセって響きが何か気になるの。何だかとっても大事な事を忘れてる気がするのよね…」


「何だ?大事な事って」


「それがわからないの…」


リセ、リセ…と呪文の様に呟きながら一人考え込む美琴を見つめ、弥未は小さく溜息を吐いた。


――美琴を巡る争いで、鈴目(すずめ)城と鼈甲(べっこう)城を落とした。


元城主・紋(もん)と倭(やまと)は暫く大人しくしていたが、雁(かり)城の樹星(きぼし)が不慮の事故で亡くなってから、急に反乱を起こして来たのだ。

おまけに信頼していた部下・都万赤(つまあか)が裏切って来たり、ここの所本当に大変だった。


今や盟友とも言える瀬黒(せぐろ)と協力をして何とか事態を鎮圧したが、まだ不穏な気配は完全に消え去ってはいない。


この隙をついて地走派の連中が何か仕掛けて来たら一溜りも無い、と頭を抱えていた所、美琴がまさかの女王との和平に独断で動いた。


面目を潰された形になった弥未は最初は激怒した。

単独で動いた美琴に対する怒りと、何かあったら美琴を失っていたかもしれないと言う恐怖で初めて彼女に怒鳴り散らした。


美琴は涙目になりながらも、弥未の事が心配だったからだと、訴えて来た。


『貴方を失いたくなかったから』


そう強い意思の籠った目で訴えられ、弥未は降参をした。

怒鳴った事を謝り、そっと抱き締めるとそこで初めて美琴は大泣きをした。


争いが落ち着いた事により、両派閥の行き来が始まった。

今なら分かる。本当はもっと早く、こうすべきだったのだ。


そしてこの度、蟻人の女王・ナーデルとの会談も決まった。

事態もかなり落ち着いて来たし、その日の為の衣装を、絹織物で仕立てた物にしようとこうして買いに来た。


せっかく供も連れず二人きりで来たのに、あんな見ず知らずの玉虫の小娘なんかに気を取られて。

苛々としながら歩いていると、不意にふわりと、右手が温もりに包まれた。


驚いて横を見ると、「怖い顔してる」と微笑む美琴がこちらを覗き込んでいた。


「怖い顔…してた?」

「してたしてた。もう、子供達に見せられない」


子供達。

美琴の産んだ卵から、更に産まれた15人の子供達に、美琴はわざわざ会いに行き、何と一人一人に丁寧に名前をつけていた。


蜂人は生まれながらの名前が無い事がほとんどだ。

大体、自分で適当に名乗るか誰かに呼ばれた名前をそのまま使うか、なのだ。


文献によると”無垢の姫”から生まれた子供は名付きが多かったみたいだが、今回の美琴の様に全員に名付けをしたのは恐らく初めてではないだろうか。


ただ、名前と言うのは思った以上に効果のあるものらしい。

”子供達”はどれも優秀で能力も高く、弥未と美琴を心から慕っている。


そして美琴は今、2つ目の卵を腹に抱いている。

既に名前を考えているらしく、先日側近の季彩(きいろ)と次女の瑠璃(るり)が紙に必死に書きつけている姿を目撃した。


美琴が弥未を”お父さん”自分を”お母さん”と呼ぶ様に、と言いつけた為、弥未は城内を歩く度に「おはようございます父さん」「お父様、ご機嫌よう」などと子供達から声をかけられ、慣れない様な照れ臭い様な、不思議な感覚に包まれているのだ。


クスクス笑う美琴を無言で抱き寄せると、美琴は優しいキスを返してくれた。



********



「まさか…ここでお姉ちゃんと会うなんて思わなかったなぁ…」


理世は姉の様子を思い起こす。

幸せなのだろう。とっても綺麗で、愛されてるって言う自信に満ち溢れていた。

あのムカつく彼氏さんが何となく姉に振り回されている感じが、ちょっぴり面白かった。


「蟻人の女王との会談かぁ…」


それは一大イベントだろう。

飛天派の虫達の装いは和服と中華服が混在した様なデザインの服が主流だ。

それに引き換え、地走派は王道ファンタジーに出て来る様なドレスやワンピースが多い。


姉が絹織物で衣装を仕立てるなら、それに合わせた装飾品を作る事は出来る。

ちょっとズルいが、理世は姉の好みを良く把握しているし、見て貰えば気に入られる自信はあった。


姉は基本的に、社交辞令は言わないタイプだ。

彼女が”店に来る”と言ったら高確率で街には訪れる筈。


それに”蜂人の姫”に気にいって貰えたら、もっと仕事も増えるかもしれない。

お仕事が増えたら、お金も貯まるし、自分のお店を持つと言う夢に一歩近付く事になる。


「立葉(たては)さんの依頼は、出来るだけ早くこなして、お姉ちゃん用のアクセサリーも幾つか作っておこうっと」


歩く内に百足便の停留所を見つけ、時刻を確認する。

時刻と言っても、時計の存在しないこの世界。


”晴れ・昼過ぎ・夕方ちょっと手前”

”雨・昼前・夕方”


天気で運行時間も変わるし、時間も非常にざっくりとしている。


「んーと、今日は晴れで、今の時間はお昼過ぎ位…。夕方ちょっと手前、って事は、後1時間位かなぁ」


この待ち時間で、ブローチのデザインの詳細と、姉用の装飾品のデザインも仕上げておこう。

どんな衣装なのかわからないけど、姉の好みはなんとなくわかるし。


久しぶりに姉に会い、その幸せそうな様子を見て安心した理世は、すっかり商売人の顔に戻っていた。



********



飛竜(ひりゅう)はぼんやりと飛びながら、霞む頭で必死に考えていた。


リッカ。可愛いリッカ。

今すぐにでも戻って抱き締めたいのに、身体をその方向へ向ける事が出来ない。


女なんて黙っていても寄って来るものだと思っていたし、事実そうだった。

同じ蜻蛉人(とんぼびと)の女も、蝶人(ちょうじん)や蝉人の女すらも、ちょっと甘い言葉を囁けば簡単に落ちた。


リッカは違った。なかなか手に入らなくて、焦って、連日強引に口説いていた。

街の甲虫共に、冷ややかな目で見られている事だって知っていたし、リッカが困っている事だってわかっていた。


――それでも、彼女を見つめずにはいられなかった。


突然、激高し泣き出した彼女。

我を忘れた風に怒鳴り散らしていたが、怒っていると言うよりも酷く傷付いているのが伝わって来た。

その涙を見た途端、激しい後悔が押し寄せて来るのを感じた。


正直、自分のどの発言が彼女をあそこまで傷付けたのか、未だにわからない。

無理矢理ではあったが、やっと手に入れたと思ったのに。


いや、そんな事はどうでも良い。今はただ、彼女の顔を見たかった。


「リッカ…リッカ…」


飛竜は当ても無く空を彷徨いながら、虚ろな眼差しでひたすら少女の名前を呟いていた。



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