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33・変わる未来


「もう…こんなホイホイ呼び出されたのは初めてです…」


憮然とした声を発しながら、ノソリと姿を現した蟻神を見た一同は、衝撃に声も出ない。


「ふふ、ここに来るまでの間に状況の報告を兼ねて呼び出しておいたの。ね?嘘じゃなかったでしょクーゲル?」


悪戯っぽく笑う理世に、「い、いえ、私は別に疑った訳では…!」と焦るクーゲル。

その目は蟻神に釘付けになっている。


「理世ね、考えたの。皆に幸せになって貰うにはどうしたら良いかって。それで、思ったの。馬鹿な理世のせいで皆に迷惑かけた訳だし、これはもう新しい女王様を呼んで貰うしかないって」


「まぁ…色々ワチャワチャになってる状態ですし…私としましても、もう一度リセットするのもやぶさかではないですね。でも…」


ふぅ、と溜息を吐く蟻神を遠巻きに眺めながら、以外にも口を挟んで来たのはマルハナだった。


「女王は、貴女様だけです!私達に名前を下さった、貴女様だけ…!」


理世は微かに目を伏せた。

”落ち着いたら必ず呼び寄せるから”と言っておいて、この道を選択するのは彼女達に対して裏切りになるのかもしれない。


(許して。皆が幸せになる道はこれしか無いの)


「マルハナの言う通りだよ!僕達を選んでくれなくたって、リセは僕達の女王なんだから!」

「…フォイアーが元に戻ってるんなら、卵が作れるだろ?新しい女王なんていらねぇよ」


口々に訴えるアルメーとシュバルツを、理世は悲し気に見つめる。

そして、ゆっくりとカイザーに目を移し、小さく頷いた。

カイザーは困惑した様に、触角を左右に動かしている。


理世は大きく息を吸い、吐き、そして高らかに宣言をした。


「…蟻神様に頼んで、皆の中から理世の記憶を消して貰う。カイザーも、狂った原因の理世の事を忘れる訳だから、狂いは元に戻る筈。そしてそもそも、女王が居た事を忘れてるんだから卵は作れない。従って新しい女王が現れる。皆も、そこで選んで貰えるかもしれないよね?フォイアーも理世なんかに付き合って疲れなくて済む」


――その瞬間、場の空気が凍り付いた。


「リセ!」

硬直状態からいち早く抜け出したフォイアーが、素早く理世の元に駆け寄り、その腕を掴もうとした。


「う…っ!」


バチッ!と言う音が鳴ったのと同時にフォイアーが顔を歪め、伸ばした手を反射的に引っ込める。

理世の前に、何か見えない壁が張り巡らされていた。


「リセ!リセ、違うんだ!ボクは…!違う、疲れてなんかいないよ…!」


いつもいつも、リセの事で頭がいっぱいで、そんな自分に呆れて、情けなくて。

リセはボクの大事な人。ボクの全てで、キミはボクの生きる意味そのものなんだ…!


そう伝えたいのに、言葉が上手く出て来ない。心の中では、こんなに伝えたい事があるのに…!


「記憶を、ボクの記憶を消すなんて止めてよ、リセ…!」


『ボクを疲れさせないで』


何で、あんな事を言ってしまったのか。

いや違う。あの時リセの顔をきちんと見ていれば、彼女が傷ついていた事に直ぐに気付けた筈だ。

そうすれば、その場で弁解出来た。

そうしたらきっと、リセは頬を膨らませて、ボクを怒って、それで――


「リセ…!」


フォイアーは溢れる涙にも気付かないまま、ただ、理世の名前を呼び続けていた。



「じゃあ蟻神様、お願いします」

「はいはい」


理世は更にもう一歩後ろに下がる。

だが予想に反して蟻神はなかなか動こうとしない。


「何してるの?」


「…いえ。ちょっと最終確認をしようかと思いまして。ええと、私がやるのは”理世さん以外の者達から理世さんの記憶を消す””新しい女王を蟻人の雌から選び出す”で良いですね?」


「うん。それで良いわよ?」


「記憶を消すだけで、時間を巻き戻す訳では無い。ですから亡くなった樹星さんが生き返る訳ではありません。別の理由で亡くなった事になります。その辺りの改変は行います」


「うんうん」


「ここまでするんですから、元の世界にはもう帰れないですよ?」


「…うん」


「次が一番肝心な部分の確認なんですが」


「なぁに?」


「記憶の消去とそれに伴う全ての事象の改変には、理世さん、貴女が座標になります。つまり”貴女以外の全て”を改変します。なので、”この人の記憶は残してこの人は消す”と言う事は出来ません。お姉さんも例外ではないです。ですから”自分は皆を覚えているのに誰も自分を知らない”と言う孤独の中で生きる事になりますけど?」


「あぁそんな事。大丈夫大丈夫」


「大丈夫な訳ないでしょ!?」


顔を青褪めさせ、涙と恐怖で顔をグチャグチャにした美琴が叫ぶ様な声をあげる。

最早立っていられなくなっていた彼女は、季彩に肩を支えられながら床に座り込んでいた。


「止めて理世!お願いだから、そんな事をしないで!」

「リセ!ボクの側に居て!ずっと一緒に居るって、言ってくれたじゃないか…!」


――泣きながら懇願を繰り返す二人の横を、黒い影が走り抜ける。

影はそのまま、真っすぐ理世の方に突進をして来た。


バチバチッ!


蟻神の張り巡らせた、見えない壁が黒い影を弾き飛ばす。

再び体当たりを繰り返す黒い影。

何度も何度も、同じ行動を取る黒い影に、理世は悲し気な目を向けた。


「…無駄よ。もう止めてカイザー」


蟻神を凌ぐ大きさを持った巨大羽蟻は、その無機質な眼を理世に向け、ガチガチと苛立たし気に顎を打ち鳴らす。


「理世の事怒ってる?そうだね、貴方ならもっと上手くやれるんだろうけど、理世にはこれしか思いつかなかった。カイザー、貴方はもっとちゃんとした人と結ばれるべきだと思う。今までありがとう。幸せになってね」


羽蟻は駄々をこねる様に、頭部を左右に振りたくる。


「リ…セ…ヤメ…ロ…」


金属が軋む様な音を立てながら、途切れ途切れに言葉を発したカイザーを、一同は驚きの目を持って見つめた。


理世は痛みを堪える様に、眉根を寄せて目を閉じる。


「…お姉ちゃん、無事に卵が産まれる事を祈ってる。フォイアー、貴方が幸せでいてくれると、理世はとっても嬉しい。クーゲル、アルメー、シュバルツ。理世はもっと貴方達の事を知るべきだったのかも。シュタヘルにメーア。色々とありがとう。これからも皆を支えてあげてね。キハナ、コハナ、マルハナ。嘘ついちゃってごめん。それから、カイザー」


閉じていた目を開き、羽蟻の眼をしっかりと見つめる。


「理世、貴方に甘え過ぎてた。お姉ちゃんと両親、両方の役割を押し付けてた気がする。それで自分の気に入らないと怒ったり、最低な事ばかりしてごめんね。でももう、理世の事で苦しまなくて良いから」


理世はもう一歩だけ後ろに下がり、その場に居る全員を見渡した。

刻みつけておこう。皆の顔を。皆が理世を忘れてしまっても、理世はちゃんと覚えてるから。


口々に何事かを叫ぶ皆の声はもう、聞こえない。


「…理世さん」


「蟻神様。そろそろ準備しておいて」


「理世さん。多少混乱している現状のままでも、”種の存続”に関して言えば今の状態で突き進む事も可能ではあるんですよ?だって貴女、今お腹に」


「余計な事言わなくて良いの」


「座標となった時点で、貴女だけは時が巻き戻ります。要はこの世界に来た時と同じ状態になる訳ですから、身体はその、清いままに戻るので、お腹の中のそれも…」


フォイアーが狂った様に叫びながら、ガトリングガンを取り出すのが視界の端に入った。

理世は唇を噛み締めながら、それから意図的に目を逸らす。


痛まし気な顔でフォイアーを見つめ、気遣わし気な顔で理世の様子を窺う蟻神に、理世は微笑みを返す事で何とか応える事が出来た。


「やって。蟻神様」


「…仕方ないですね」



――理世の号令と共に、辺りは一面、真っ白な霧状のものに包まれていった。



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