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15・蟻と蜂


「フォイアー、大丈夫か?」


意識を取り戻したフォイアーを、カイザー達4人が取り囲み一様に安堵の表情を浮かべた。


「お前、何回病院送りになれば気が済むんだよ」

「まぁアレだよね、女王に無理矢理チューしたり樹星に放り投げられたとこカッコ良く受け止めたり、役得ばっかだからバチ当たったんじゃないの」

「…女王の好感度もカイザーの次位に高そうですしね。私としてはこのまま眠ったまま起きて来なくても良かったんですが」


病室に一瞬だけ和やかな空気が流れる。

しかし、続くフォイアーの言葉で全員の顔が厳しいものに変わった。


「リセ…。早くリセを取り返さないと…樹星きぼしの奴に酷い事される…」


「わかってるよ、フォイアー。お前の意識が戻るのを待ってただけだ。これから直ぐに雁城へ向かう」


「ボクも行く…」

「駄目に決まってるでしょう」


呆れた様に言うクーゲルを恨みがまし気な顔で睨むフォイアー。

カイザーは苦笑しながら、「リセを取り戻したら、真っ先にここへ連れて来てやるから」とフォイアーの肩をポンと叩いた。



********



「失礼します…」


理世りせは扉をそっと開け、室内に一歩踏み出した。

薄暗い部屋。香でも焚き染められているのだろうか。何か独特な香りがする部屋だった。


ゆっくりと歩みを進める。天蓋付きの寝台が見えた所で足が竦み、理世は思わず足を止めた。


どうしよう、行かなきゃ。あぁでも。


「…来ないなら、僕はもう行きますけど?」


寝台の方から樹星の揶揄う様な声がする。駄目だ、早く行かなきゃ。


「い…今行きます…」

理世は最早半泣きになっていたが、勇気を振り絞り、寝台に近付いていった。


樹星は前を開けさせた部屋着を着て寝台に横になり、面白そうにこっちを眺めている。


(怖い…。これから何されるのかわからないのが怖い…)


脳裏に、傷めつけられた女達の姿が浮かぶ。あの様な目には遭いたくないが、そうしないとカイザー達が危ないのだ。理世は何としてでも阻止しなくてはならなかった。


「さぁ。どうぞ、頑張って誘惑してみて下さい?」


誘惑。要は男の気を引けば良いのだが、何をどうすれば良いのかは分からない。

学校では当然教えてくれないし、そもそも理世はまだ中学3年生なのだ。


もう自棄だ。わからない事は聞くしかない。


「あ、あの…どうすれば良いのかわからないんです…。樹星さんは、どうして貰ったら嬉しいですか…?私…その通りにしますから…」


それだけ言うのに顔を真っ赤に染め、途切れ途切れに言葉を絞り出す。


(”その通りにします”って言っちゃった…!ハァ…すっごい事要求されたらどうしよう…)


俯いた理世は、なかなか返答が来ない事に気付き、ハッと顔色を変えた。

この人待たされるの苦手なんだっけ…!しまった、怒らせたかも…!


「ご、ごめんなさ…、きゃあっ!?」

急に抱き上げられたかと思うと、そのまま運ばれ寝台に放り投げられた。


「え、やだ?、何!?」


状況が飲み込めず、狼狽えながらキョロキョロする理世の上に覆い被さって来た樹星は酷く獰猛な顔をしながら両手を強く寝台に押さえつけて来た。


「…はは、凄いな、貴女は。こんなに欲しいと思ったのは初めてだ。名前を、もう一度貴女の口から教えて貰えませんか?」


「り、理世…です…」


「理世。良かったですね、無事に僕を誘惑出来て。あの狂った蟻共の相手をするより、ここで貴女を可愛がってた方が楽しそうです」


理世は唇を噛み締めながら涙目で震える事しか出来ない。

それがどれだけ目の前の男を煽っているのか、それにすら気付いていない。


樹星は舌を伸ばし、理世の首筋を舐め上げた。ビクリと震え、ギュッと目を瞑る少女を安心させる様に優しく髪を撫でてやる。


「ほら、こっち見て下さい。僕の顔を見て」言いながら顎を掴み、強引に目を合わせていく。

おずおずと目を合わせて来るその瞳を見た途端、樹星は理世に噛みつく様に唇を押し付けた。


「んぅっ…!」


――理世の夜着に手をかけながら、自分に笑えるほど余裕が無いのが分かる。

(何だ僕は。ガキじゃあるまいし…!)


込み上げる愛しさを振り払う様に夜着を一気に引き裂いた瞬間、激しい爆発音が聞こえて来た。


「きゃあっ!」


悲鳴をあげる理世を、咄嗟に守る様に抱き締める。鼻腔をくすぐる、少女の甘い香り。

怯える少女の顔を見る。この子を傷付けたくない。手放したくない。


羽付きになんか渡してたまるものか。


「理世、ここで良い子に待ってて下さい。蟻共を皆殺しにしてから続きをしてあげますから」

「待って!それはしないって…!」

「”彼らを襲撃に行くのを”止めてあげても良い、と言ったんですよ?」

向こうから来たのであれば、僕は城を守る義務がありますから。


そう言い切る樹星に、理世は悔し気に唇を噛む。


「そうそう。僕が出て行ったからって、逃げようなんて思わないで下さいね?もし逃げたら、貴女を此処に案内して来た僕の元愛妾達、彼女達を見せしめに殺しますよ?」


「…っ!」

理世は蒼白な顔で樹星を見つめた。樹星は笑いながら理世の頬を撫でる。


「に、逃げない…から…。酷い事、しないで…」

諸々の恐怖に堪えきれずに、涙を溢す理世を愛し気に見つめ「じゃあ行って来ますね、僕の可愛い姫」

優しく口付けた後そう言い置き、樹星は部屋を出て行った。



「状況は?」


足早に外へ向かいながら、樹星は部下に尋ねる。てっきり待ち構えているかと思っていたのに、わざわざ此方に向かって来るとは。


理世には”止めてやっても良い”と言ったが、樹星はカイザー達を全員殺すつもりでいた。

こちらの口車に乗せられ、素直に身体を差しだそうとした健気で純粋な少女を散々揶揄ってから彼らを襲撃に行く筈だったのに。


自分でも全く予想だにしていなかった、思わぬ甘やかな衝動に駆られてしまった。

戸惑いは未だにあるものの、より一層、彼らを殲滅しなければ、と強く思う。


絶対に渡すものか。あの子は僕のモノだ。


「西の回廊の一部が破壊された程度です。襲って来たのは今の所、羽付きが4名のみですが、後から地走派の連中が援軍で来るかもしれません。フォイアーがいませんから集団攻撃に対応出来るのはシュバルツのみです。既に包囲網は整いつつありますが、如何致しますか?」


「そうだね、僕が出て行った所でアルメーに狙わせる気なのかもしれないし、先ずはアルメーとクーゲルの後方組から殺そうか。…って僕が考えると思ってるだろうから、集中的にカイザーを狙おう」


「了解しました」


樹星は走って行く部下を見送りながら、内心溜息を吐く。

こうして外に向かいながら、一刻も早く彼女の所に戻りたいと思ってしまっている。


このままだと、自分も狂い蜂になってしまうかもしれない。

馬鹿馬鹿しい。幾ら”姫”とは言えたかが女一人にこの僕が主導権を握られて堪るか。


「そうだ。戻ったら彼女の足を切り落とそう。目や声を潰すのはまだ勿体無いし、足を切っておけば飽きた時に捨てるのも簡単だし」


口にした言葉が妙に空々しく聞こえる事に気付かない振りをしながら、樹星は外に向かって歩いて行った。



理世は樹星が出て行った後、シーツを引き寄せ半裸の身体に巻き付けた。

薄手の夜着を引き裂かれた時には、もう駄目だと思ったけれど。


何方どちらにしても、自分の運命は変わらない。


樹星が戻って来たら彼に初めては奪われるし、樹星が負けたらカイザー達のものになる。


何方のものにもなりたくなければ、今ここで逃げ出すのがベストなのだけれど。


でもそうしたら、あの女の人達が…。

彼なら、きっとやる。これまでも彼女達を平気で傷付けて捨てたのだ。


自分はそんなに良い子じゃない。彼らを利用しようとした。浅はか過ぎて返り討ちに遭っちゃったけど。

でも、流石に殺されると分かっている人を見捨てられる程、その罪悪感に耐え切れる程、自分は強くもないのだ。


コンコン


寝台で膝を抱えて蹲っていると、扉の外からノックの音がした。


「樹星さん…?」

な、訳ないか。彼だったらさっさと入って来る筈だし…。


「姫様…」

女性の声。先程の、樹星さん曰く”元・愛妾”。


「あ、はい、どうぞ…」

って、私の部屋じゃないんだけど。


恐る恐る入って来る女性達。先程の3人組だった。

3人は理世の顔を見て、そして互いの顔を見合わせ、頷き合う。


「姫様。どうか今の内にお逃げ下さい」

「羽付きの方々は南の回廊方向にいらっしゃいます。私達が其方までご案内しますから」

「私達の事はお気になさらず…」


口々に言う彼女達に「そんな事出来ません!だってあの人なら、本当に…」と口ごもりながら言う。


意外にも女性達は柔らかな笑顔を浮かべた。


「…えぇ。樹星様はそういう方ですから。姫様が逃げ出したと分かったら、私達は確実に殺されると思います。でも」

「でも?」

「姫様。もし、無事に羽付きの方々と合流が叶いましたならば、お願いがございます」

「何ですか?」


3人は再び顔を見合わせた。そして意を決した様に、口を開く。


「どうか樹星様を、殺していただけないでしょうか…」


「そ、そんな…」

理世は女達の予想外の台詞に、絶句する事しか出来なかった。



「カイザー!」

クーゲルがショットガンを構えたまま、カイザーを呼ぶ。


蜂人達の布陣が少しおかしい気がする。てっきりスナイパーのアルメーか乱戦に強いシュバルツを狙って来るかと思っていたのに。


「…オレを狙っているんだろうな」

「ハァ…そう言う事ですか。困りましたね、フォイアーが居れば良かったんですが」

「いや、全滅させる必要は無い。リセを奪い返せればそれで良い」


そうですね、と肩を竦めたクーゲルは、ある方向を見て顔色を変えた。


「女王!?」


十字型をしている雁城の南側の空中回廊に、蜂人の女に囲まれ覚束ない足取りで歩くリセが居た。


白いシーツでかろうじて身体を包んでいるものの両肩は剥き出しになり、スラリとした細い足が太腿辺りまで晒され、明らかに裸かそれに近い恰好なのが見て取れる。


「じょ、女王…まさか…」


青褪めるクーゲルを押し退け、リセの姿を確認したカイザーの目の色が変わる。


「リセ…!」


止める間もなく、リセの元に飛んで行くカイザーの周囲を警戒しながらクーゲルも続く。

アルメーとシュバルツはその様子を見ると、何方からともなく顔を見合わせ北側の回廊に向かった。


「カイザー!早く女王を掻っ攫って来い!」

「僕達が樹星を引き付けておくから!」


「待って!」飛び行こうとする二人を、理世の声が引き留めた。


「リセ!」

理世の側に舞い降りたカイザーが駆け寄り、その身体を強く抱き締める。

そして一旦身体を離すと自らの上着を脱ぎ、理世の身体をそっと包んだ。


「あ、ありがとう…」


理世はカイザーの腕の中でその顔を見上げ、か細い声でお礼を言いながら胸元に頬を摺り寄せる。

カイザーは小さく微笑むと理世の顎を持ち上げ、チュッと音を立てながら軽くキスをした。


「女王、あの…」

クーゲルがおずおずと声をかける。その表情を見て、理世は慌てて訂正した。


「あ、あの、理世は大丈夫だから…。その、ギリギリだったんだけど、裸にされかかった所で皆が来てくれたから…!」


ワタワタと両手を振りながら必死に訂正をする理世に、4人は思わず吹き出した。


「ハハ、女王バタバタして可愛いー!」

「まぁ樹星の匂いが濃く無かったからな、そーかなーとは思ってたけどな」

「しかし一瞬焦りますね」


そこでふと、4人は理世の背後を見やる。

其処には、居心地悪そうに小さく控えている蜂人の女性が3人、此方を静かに窺っていた。


「…誰だ?」

理世を腕に抱いたまま、カイザーが銃を向ける。女達は微かな悲鳴を上げると後ろに後退った。


「止めて!」

理世がカイザーの腕から抜け出し、銃の前に立ち塞がる。


「…お願いがあるの。この人達を保護してあげて」

「はぁ!?何で僕達が蜂人の女を!?」

「だって、理世が逃げ出しちゃうとこの人達が殺されちゃうんだもの!」

「それは我々の知った事ではありません」


押し問答をする理世と仲間達を横目に見ながら、カイザーは女達をじっと見つめた。

どの女も非常に美しいが、全員が何処かしら身体に酷い傷を負っている。


樹星の性癖については薄々知ってはいたが、ここまで酷いものだったとは。

自分達が後少し遅ければ、リセも同じ目に遭っていたかもしれない。


カイザーはおぞましい考えを振り払う様に首を振り、理世の方を見た。


「リセ。どうして欲しいんだ」


「…”王国”に連れて行ってあげちゃ駄目?」

「駄目だ。…と言ったら、どうする」

「理世は此処に残る。この人達を置いて行くなんて出来ない」

「オレがそれを許すと思うか…?」


理世はカイザーの方を向き、その目を真っすぐ見つめた。


「カイザー。理世はね、蟻でも蜂でも無いの。”人間”って言って、そもそも、こっちの世界の住人じゃないの。何の種族でもないから、どの種族の男の人のお嫁さんにもなれる。樹星さんだって、ちょっぴり誘惑出来たのよ?理世には関係無いの。蜂も蟻も。この人達は自分達の危険を冒してまで、理世を此処に連れて来てくれた。だから理世も、助けたいの」


突然の告白に、カイザー達のみならず、当の女性達も唖然とした表情を隠さない。



理世はその場に居る全員を見渡しながら頷き、そしてゆっくりと微笑んだ。




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