16・地に堕ちた星
「女王…それどう言う意味?」
「私達以外の、他種族とも交われるんですか!?」
「”ニンゲン”って何だ?」
「ひ、姫様…?」
混乱の中、右往左往する仲間と蜂人の女性陣を一顧だにせず、カイザーは理世だけを真っすぐに見ていた。
「…樹星を、誘惑しただと?」
「え?うん。良く分からないけど、”僕を誘惑出来て良かったですね”って言ってたから、多分」
気にするトコそこなの…?
理世は内心首を傾げながら、説明を続ける。
「理世と”蜂人の姫”は血の繋がった姉妹なの。お姉ちゃんと別荘に居る時に、この世界に偶然来ちゃったの。だからきっと、この世界の何者でも無いから誰の物にもなれるの。お願い。この人達を連れて行くのを許して。ねぇ、駄目…?」
両手を組んで頼み込む理世を見て、クーゲル達は諦めた様に渋々頷く。
「…仕方ありませんね。女王、詳しい事は帰ってからまた聞きましょう」
「って事は、王国の他の連中にも気をつけなきゃって事だよね?うわー大変」
「既に良からぬ事を考えてるヤツが居るかもな。調査してみるか」
蜂人の女達は、ホッとした様な顔をした。”気にするな”と言うのは本心だろうが、殺されるのはやはり怖かったのだろう。
「リセ。樹星に何をしたんだ」
一人不機嫌なカイザーが理世に詰め寄って来る。
「え、まだその話題なの?」
「答えてくれ。気になってこのままでは動けない」
いや、そう言われても。理世自身にも良く分かってなかったのに、どう答えろと。
「僕の好きにして良い。何でもするから。そう言ったんですよ、彼女は」
「樹星!?」
南回廊側の上空で、巨大な槍を構えた樹星が此方を見下ろしていた。
ひっ…!と小さな悲鳴を上げ、女性達が後退る。
「…まさか、お前達が蟻共に助けを求めるとはね。予想外だったよ」
「き、樹星様…」
「理世、大人しく待っている様にあれだけ言ったのに。悪い子ですね、貴女は。後でお仕置きしてあげますから」
ごめんなさい、と反射的に言いかけた理世は寸前で言葉を飲み込み、急いでカイザーの後ろに隠れる。
軍服の後ろをキュ、と掴んで震える理世に優しく微笑みかけると、カイザーは上空に向かって銃を構えた。
「やれやれ…」
樹星は片手を上げた。その瞬間に周囲から雨の様に弓矢が降り注ぐ。
「マズい、カイザー!」
シュバルツが両手に構えるマシンガンを乱射し、弓矢を次々と落として行く。
「下がってろリセ!」
「ねぇ蜂人の女!どっか隠れる所とかないの!?」
「こ、このまま城内に入るしか…!」
前方に出てマシンガンとショットガンで応戦するシュバルツとクーゲルの身体には弓傷が無数に付いている。
「カイザー!理世を渡してくれたら、貴方達は見逃してあげますよ?その女共もあげます。労働力にでも使って下さい」
ほらほら、早くしないと大切な仲間が死んじゃいますよ?と、ヘラヘラと笑う樹星を睨みつけながらカイザーは理世を抱きじりじりと後退を続ける。
「カイザー!カイザー、理世を置いて行って!」
「馬鹿な事を言うな、お前を置いて行く訳ないだろ!」
「理世は多分、殺されないから!でも皆はそうじゃないでしょ!?」
理世はカイザーの腕を振りほどき、回廊の端へと走りだした。
「待て!リセ!」
樹星は走り寄る理世に向かって急降下する。
「おいで、理世」
槍を収納し、理世の目の前に降下すると、その身に纏うカイザーの軍服を剥ぎ取り地面に投げ捨てた。
代わりに自らの上衣を脱ぎ、そっと羽織らせてから小さく溜息を吐くと、理世の華奢な身体を優しく抱き締めた。
「樹星さん、お願いだから皆を殺さないで」
腕の中で上目遣いに見上げて来る理世を無言で見つめ返しながら「…良いですよ。貴女が僕から離れないと約束するなら」と意地悪く告げた。
「嘘つかない…?」
「さぁ。どうでしょう」
「皆を逃がすって約束して。お願い」
理世は樹星の胸元を掴み、背伸びをするとおずおずと樹星の唇に自らの唇を押し付けた。
そしてそっと離すと、「ゆ、誘惑の…続き…」と顔を俯けてポツリと呟いた。
「っ…!」樹星は理世を強く抱くと再び空中に飛び上がった。
「…貴女は本当に狡くて可愛いな。僕をここまで振り回したのは貴女が初めてだよ」
「あの…出来れば痛い事とかしないでくれませんか…?」
「最初は痛いと思いますが?」
「あ…そう言う事じゃなくて…」
樹星は「分かってますよ。貴女を揶揄っただけです」と笑いながら額にキスを落とした。
◇
「樹星様のあんなお顔、初めて見ました…!」
驚いた様に上空を見上げる女達に、クーゲル達は苦虫を噛み潰した様な顔を向ける。
カイザーに至っては、蒼白を通り越して紙の様に白い顔色になっていた。
「クーゲル、アルメー、シュバルツ。お前達はその女共を連れて地底に戻れ。俺はリセを連れて帰る」
「待ってよカイザー!僕達も…!」
「…今の俺達はリセの足枷だ。数が少ない方が良い」
3人は顔を見合わせ、渋々頷いた。
「分かりましたよ。でも、彼女達を置いてまた直ぐに戻って来ますから」
「おい、アンタ等行くぞ、さっさとしろよ」
女性達は全員が飛べなくなっていた為、クーゲル達が一人ずつ抱きかかえて飛ぶ事にした。
「も、申し訳…!」
「良いですよ、これも女王の願いですから」
「カイザー!無事でいてね!女王を頼んだよ!」
――蟻人3人・蜂人3人の計6人が飛び去った所で、樹星は面白そうな顔をしながら一人残ったカイザーを見つめる。
「うーん、理世と約束しましたから貴方を殺す訳にもいかないんですけどね…。さぁどうしましょうか」
「…樹星。リセを返せ」
「嫌です」
「リセ。ソイツは女に碌な扱いする奴じゃないぞ。さっきの女達を見ただろう」
「……うん」
理世は顔を俯け、小さく頷いた。
「カイザー、貴方がこのまま帰ってくれるなら、理世は優しく可愛がってあげます。でも、貴方がこれ以上愚図る様なら、理世の足を切り落として部下達の慰み者にしますよ?」
「樹星…!」
なりふり構わず詰め寄ろうとしたカイザーの動きが止まり、樹星の背後を驚愕の眼差しで見つめる。
「…何だ?」
ゆっくり振り返った樹星の目に映ったのは裸の上半身に包帯をグルグル巻きにし、ガトリングガンを構えたフォイアーの姿だった。
◇
「フォイアー!?」
「だ、大丈夫なのか!?」
同時に叫ぶ樹星とカイザーの声など耳に入らないと言う様に、荒い息を吐きながら真っすぐに理世だけを見つめている。
「リセ…。リセはどうしたってボクのものにはならないんだね…。樹星から奪い返した所で…結局はカイザーのものなんだ…。ボクがどんなに愛しても…リセはボクを愛してくれない…!もう良いよ…ボクのものにならないなら…いっそこの手で…!」
「馬鹿!止めろフォイアー!」
――樹星の腕の中に居る理世は、不思議と恐怖を感じなかった。
撃たれないと思ったからではなく、もう色々考えるのが嫌になってきていたからだった。
理世はそもそも元の世界に帰りたかったのだ。
その為には、こちらで結婚などする訳にはいかなかった。だからこそ、蟻人達を裏切る様な真似までしたのにこの体たらくだ。
何方にしても、”誰かのもの”になる道は避けられそうになかった。
(もう良いや。ごめん、お姉ちゃん)
フォイアーのガトリングガンの回転音が聞こえた所で、理世はそっと目を閉じた。
◇
「!?」
身体に断続的な振動が伝わって来るものの、痛みは全く感じ無い。
「あれ?どうなって…――!」
――頬にかかる、熱い飛沫。一際強く抱き締められる身体。呻き声。
「き…樹星…さん?」
「大丈夫…ですか…?理世…」
樹星は理世を抱えたまま、懸命に羽を震わせ地上へ向かう。
地に降り立った途端に、樹星は力尽きたのか、そのまま地に倒れ伏した。
その背には夥しい数の弾痕が穿たれており、大量の血が溢れて来ていた。
「樹星さん…理世を盾にすれば良かったのに…」
理世は樹星の頭を膝に乗せ、そっと髪を撫でた。
「出来る訳…ないでしょう…貴女を盾に…するなんて…」
樹星の口からゴボリと血の塊が溢れ出す。
理世は樹星の血塗れの唇にそっとキスをした。次第に光を失いつつあるその瞳をしっかりと見つめながら優しく髪を撫で続ける。
「フフ…まさかこの僕が女一人の為に…。貴女を抱けなかったのは残念ですが…こんな穏やかな最期を迎えられるとは、思っても…みなかった…」
「樹星さん…」
「理世…僕の姫…」
――柔らかな笑顔を浮かべたまま、静かに目を閉じた樹星を、理世は暫く抱き締めていた。
********
樹星を埋葬した後、城主を失い大混乱に陥っている雁城にカイザーと理世、そして冷静さを取り戻し項垂れているフォイアーが向かった。
「リセ、フォイアーを連れて行くのは止めた方が良いんじゃないか?今の雁城の連中をいたずらに刺激するのは…」
「ううん。行くの、一緒に」
「ごめん…リセ…」
理世はズカズカと雁城の中央に向かって歩く。
中央広間には、要職に就いていると思しき者や軍人達がひしめいていた。
現れた理世と蟻人を見て、あからさまに敵意を剥き出しにする蜂人達を前に、理世は高らかに言った。
「この雁城は、一時的に私と私の夫になる者の一人がお預かりします。その間に、新しい城主を決めて下さい。樹星さんが居なくなった後の混乱が収まるまでです」
「ふざけるな!樹星様を殺したお前達が何を言ってる!」
「樹星さんは結構な独裁者だったでしょ?女性達に酷い扱いもしてたみたいだし。でも、理世は嫌いじゃなかったわ。だから、本当は樹星さんに不満があったのに彼を恐れて口を噤んでいたクセに、彼が居なくなった途端にわざとらしい忠誠心を見せて来る人達が許せないの」
この中で、本当に樹星さんの死を悼んでる人達が果たして何人居るのかしら。
そう冷たく言い放つ理世に、雁城の蜂人達は言葉を失った。
「じゃあ、カイザー。その旨を王国に戻って皆に伝えておいて?それで、フォイアー」
「な…何?」
「アナタは私と残って。新しい城主が決まるまで、ここで私と一緒にお城と城下町の混乱を抑えるの」
「え…ボクが!?」
2m近い長身を縮込めて大人しくしていたフォイアーが驚いた様な声を上げる。
カイザーは奥歯をギリギリと噛み締めながら、それでも口を挟まなかった。
「そうよ?私、貴方とカイザーを選ぶわ、旦那様に。嫌?嫌じゃないなら、今回の混乱を招いたのは貴方だから、その責任を取って貰う。理世は、妻としてサポートしなきゃいけないから」
「い、嫌じゃない…嫌な訳、無い!ボクはリセを…愛してるから」
そう。良かった。そう言いながら、理世は艶然と微笑んだ。




