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11・誰が為の


「お帰り、季彩きいろ

「うわっ!?」


女王との”面会”を終え、玻璃鐘はりがね城に帰城して来た季彩は、真っすぐに厨房に向かった。

この時間は、瑠璃るりがお茶菓子を準備する為に厨房に居るからだ。


先程の不思議な現象、よりにもよって蜂人ほうじんの自分が蟻人ぎじんの女王に”クラリと来た”事を相談しようと思った。


しかし、厨房の手前で自分を出迎えてくれたのは。


「お、お館様…!」


玻璃鐘城の城主・弥未やみが金と黒の二色の髪をガリガリと掻きながら、柱にもたれかかっていた。

美しい顔からの意味ありげな視線に、知らず季彩の身体が竦む。


「た、只今戻りました…」


「お疲れ様。で、どうだった?」

「は、はい。特に異変はありませんでした。六角ろっかく城もかり城も今は大人しく――」


「女王。どんな様子だった?」


季彩の喉から、うぐ、と言う潰れた様な声が思わず出る。

それと共に、冷たい汗が大量に噴き出して来るのが分かった。


「あ…いえ、その…」


ダラダラと汗を流しながら、しどろもどろになる季彩を、弥未は面白そうに眺める。


「いいよ別に。美琴の事は何でも分かってるから。美琴も俺が薄々知ってる事は多分知ってる。俺が聞かないから言わないだけだ」


「は、はい…」


季彩は平伏しながら、おや、と思う。主の雰囲気が、纏う空気が以前とは違う気がする。

ここの所、主との接触は他城を攻める時位で、後は偵察や美琴の護衛を務めていた為、面と向かい合うのは久しぶりだった。


(何だろう、柔らかいと言うか、何と言うか…)

以前はもっと、殺伐としていた気を纏っていた様な感じがする。


(姫が来てからだ。姫と、過ごす様になってから)


何となく嬉しくなり、季彩は頭を下げたまま、口の端に笑みを浮かべた。


「で?女王は?」

「あ!はい、それが、その…」


季彩は少し迷ったが、見た事聞いた事、ありのままを全て伝えた。


配偶者を選べと女王を脅し、それに躊躇う女王が鎖で繋がれている事。

蟻人連中が、羽付き同士で揉めている事。

女王は悩んでいる様子な事。


女王の眼差しに揺らいだ事は、流石に伏せておいた。


「へぇ…アイツ等がねぇ…。まさか揃いも揃って”狂い蟻”になろうとは」


「狂い蟻?」


「俺も記録でしか見た事ないけど、”無垢の姫”と”無垢の女王”が現れた年は必ず、強過ぎる香気に欲を抑えられなくなる”狂い蜂”か”狂い蟻”が出るんだよ。必ずどっちかにしか出ないみたいだけど、今回は女王だったのか」


「はぁー、そうなんですか…」

季彩は睨み合う二人の蟻人を思い出す。あれはとても同族に向けているとは思えない眼差しだった。


「に、しても、これまで二人以上現れた例は無かったみたいだけど。今回の女王は相当力が強いんだな」

弥未は顎に手を当て、何かを真剣に考えていた。


「お館様。それで10日後に、」

「あぁ、言わなくて良いよ。美琴が話してくれた時に聞くから」


え、と瞠目する季彩に「…何だよ。どうせ俺らしくないとか思ってるんだろ。俺だってそんないつもカリカリしてる訳じゃないよ」と不貞腐れて見せる。


もう行くよ、と去って行く主を見送りながら、季彩は感動に包まれていた。


お館様は無理してる訳でも姫に気を使っている訳でも無い。

絶対的な自信があるんだ。姫に愛されている自信が。それだけ姫は、お館様に愛を伝えてくれている。


――それだけに、血を流すほどの悲しみと悔しさに包まれていた孤独な女王を、酷く哀れに思った。



********



「リ…女王。どうしたんだ?」


夕食が済んだ後、理世は5人に「お願いがあるんだけど」と切り出した。

5人は不審そうな顔をしながら理世の周りに集まって行く。


――理世は、姉との約束を取り付けたあの日から、蟻達に「理世の名前を呼ばないで」と命令をした。


戸惑う面々に、「皆の言う通りにちゃんと誰を旦那さんにするのか考えるから。でも、そうしたら旦那さんでも無い人達に名前呼ばれるのって何だかオカシいもの」と素っ気なく告げる。


何処か雰囲気が変わった女王に困惑しつつも、それでもやっと真剣に考え始めたのだろうと自分を納得させている面々の中で、カイザーは一人、言い知れぬ不安に包まれていた。



「今日は満月だから、皆早く寝ちゃうでしょ?で、逆に朝は早く起きるじゃない?でも理世、皆が起きる時間はまだ寝ていたいの。音がすると目が覚めちゃうから、明日は理世が起きて来るまでお部屋に来ないでくれる?」


ほんの少し、瞳に力を込めて見つめながら、小首を傾げて返答を待つ。


「…わかった」

カイザーが返事をし、他の面々も頷く。


理世は返答を受けた途端に、まるで興味を無くしたかの様に目を逸らした。


「ッ…!リセ」

「…名前を呼ばないでって、言わなかった?」


訳の分からない焦燥に駆られ、思わず声をかけたカイザーを、理世は冷たく凍った視線で射すくめる。


「…失礼致しました。女王」

「ではおやすみなさい、皆さん」


理世はオロオロと立ち竦むシュタヘルとメーアに「お部屋にお茶の用意しておいて貰えますか?後は自分でやりますから」と言いつけ、さっさと自室に戻って行った。



「…どうやら、我々は焦り過ぎていたみたいですね」

「女王…ずっと笑ってない…」

「俺、あのちょっと困った様に笑う顔、好きだったのにな」

「何だろうな。僕達、何か間違ってた気がするよ…」


口々に反省の弁を述べながら、落ち込む面々を横目に、カイザーは意味無く叫びだしたい様な恐怖感に襲われていた。



理世は自室でぼんやりと座っていた。

今夜、やっとお姉ちゃんに会える。来月は待望の馬追月だ。一緒に帰る話をしなければ。


侍女達が置いていってくれた紅茶をポットから注いで一口飲む。

元の世界のお茶と少し違う味で、理世は紅茶だけはこっちの世界の物がお気に入りだった。

食事も美味しく、見た目も普通なのだが世界観が世界観なだけに原材料は怖くて聞いていない。


ふと、5人の姿を思い出す。

豹変した理世に戸惑う様は初めはとても可笑しく胸のすく有様だったが、同時に憐れみを覚える様にもなった。


彼らは悪くはないのだ。”種の保存”と言う本能に縛られているだけで。


理世は彼らを絶滅させたい訳では無い。その為にどうしても確認しておきたい事があった。


夜が更けるにはまだ早い。しかし、姉に会う前に確認出来るものならしておきたい、と理世は必要な物を持ち、早々に外へと向かう隠し通路に向かって行った。



「わぁ、星が綺麗!」

異世界にも星があるんだ。素朴な疑問を抱きながら、理世は久しぶりの自由と外の空気を手に入れた。

暫くのんびりと歩きながら、丁度良さそうな岩の上に腰掛ける。


足をブラブラさせながら星空を眺め、「ねぇ。虫の神様。あ、出来れば蟻の方が良いな。居ないの?一応神様なんだから、パッ!と出て来たり出来ないの?…出来ないかぁー、何か役立たずっぽかったもんね」


「…出来ますけども…」


「きゃあっ!?」


背後から突如聞こえた声に、理世は悲鳴を上げた。


「ちょっと!驚かさないでよ!」


「えぇ…パッと出て来いとかって仰るから」

蟻神はトコトコと歩き、理世の前に回り込んで来た。


「で?何か御用ですか?」


「うん。あのね、理世が向こうに帰ったら、あの人達はどうなるの?」

「どうなるとは?」

「お嫁さん、理世じゃないと駄目なの?理世が結婚しないと、ここの人滅びちゃったりするの?」


蟻神はあぁ、と得心した様に頷き「まぁ、彼らがあそこまで人型に近く進化したのも、遥か昔から異界人を連れて来て交配させてたからですからね。貴女が望ましいのは言うまでもないですが、貴女が居なくなったら、新たに蟻人の雌の中から女王を選び出しますよ」と言った。


異世界人はそうホイホイと召喚は出来ませんが、絶滅させる訳にはいきませんから。と言う蟻神の言葉に、理世はある確信を持った。


地下でも、蟻人以外の昆虫人を見かけた事があったが、ほとんどが目の前の蟻神の様に、理世の見知った昆虫そのものの姿が巨大化しただけの者達が多かった。


その中でも一部、蜘蛛や蟷螂、甲虫などは人型が多かった様に思う。


そして先程蟻神はこう言った。

『人型に進化したのは異世界人を連れて来て交配させていたから』


――”飛天派”は蜂が強く”地走派”は蟻が強い。

召喚された異世界人を手中にする機会が必然的に増えたのも、この二種族が偶々強かったから。

きっと、逃げ出した娘も居たに違いない。

そこで出会った昆虫人と結ばれたか襲われたかで、他の一部の種族にもヒトの血が混じったのだ。


理世は、蟻人だけの”女王”じゃない。


現に、季彩も短い時間だが誘惑出来た。


「ありがとう、蟻の神様。もう用は済んだから。さよなら」

理世は蟻神に向かって手を振った。


「はぁ…。では私はこれで…」


蟻神は現れた時と同じ様に、理世の背後に回ると音も無くその姿を消した。


何となく、脱出法が見えた気がする。


「お姉ちゃんにも教えなきゃ」


理世は急いで立ち上がり、待ち合わせ場所に向かって歩き始めた。



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