第四十七話 『訓練施設』
リアルがちょっと忙しくなってきてしまいまして、更新ペースが少し落ちてきてしまっております。
一週間という最低期限は守っていくつもりですが、2~3日毎の更新が、3~5日毎の更新とかになってしまうかもしれません……申し訳ない。
「準備はもうよろしいのでしょうか」
俺達が訓練場へと向かう準備を終えて部屋を出ると、執事らしき老紳士が声をかけてきた。
確か、この屋敷に到着した際に、門のところで出迎えてくれた人だったな。
どうやら俺達の準備が終わるのを、部屋の前で待っていてくれたらしい。
「ええ、もう大丈夫です。お待たせして申し訳ない」
「いえ、これが私の仕事でありますので。私はこの屋敷の管理を任されております、エドワルドと申します。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
「レティア様が早々に案内を始めてしまってタイミングを逃してしまったんですよね。わかってますから大丈夫です。こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ない。私はレイジ」
そこで俺は言葉を切って、フィルスに自分で自己紹介をするよう、目で訴える。
本当は俺がしてしまっても良かったのだが、良い機会だし、こういったことにも少しずつ慣れていかないとな。
「あ、えと……フィルス=レーヴェ・ゼムレニアです。よろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いいたします。さて、それではレティア様がお待ちですので、さっそく訓練場の方へと向かってもよろしいでしょうか。その前にまだ何か用がございましたら、何なりとお申し付けください」
「いえ、大丈夫です」
「それでは、こちらです」
そう言って先頭を歩き出したエドワルドさんの後をついて歩くこと五分ほどだろうか。
エドワルドさんが、大きな扉の前で立ち止まった。
……しかし広いな、この屋敷。中を歩くだけで五分とか……さすが侯爵家の屋敷。別荘でこの広さとか。
「こちらが地下訓練場となっております。庭の一角にも訓練スペースはございますが、そちらは魔法を交えた鍛錬には向いておりませんので」
まあ地上じゃ屋敷に魔法が飛んでいきかねんし、そりゃそうだろうな。
結界でもあれば不可能ではないのかもしれないが、それもモノによっては地下の方が設置しやすいだろうしな。
まあ、地下の密閉空間だろうから、火の扱いにだけは注意しておくか。
訓練中に自分の魔法のせいで酸欠なんてアホ過ぎる。
そんなことを考えている間に、エドワルドさんが訓練場の扉が開き、中へと案内してくれる。
彼の後に続いて中に入ると、そこには想像していたよりもずっと広い空間が広がっていた。
訓練用のスペースはテニスコートが六つは入るのではないかという程の広さがあり、更にはその周りに観客席らしき座席も設置されている。
天井の高さも十分にあり、地下施設とは思えないほどの広さだ。
「凄い広さですね。崩落とかは大丈夫なのですか?」
「ええ。実は、この施設にはアーティファクトが使用されておりまして、結界のようなもので訓練スペース全体を覆っているのです。それによって天井が支えられているため、崩落の心配はほぼないと言えるでしょう」
ほう、アーティファクトか。
例の袋みたいに魔法陣が隠されていたりするのかな……見てみたい。
そういえばあの袋のアーティファクト、魔素を流し込んだら魔法陣が浮き出てきたけど、どうやって魔法陣が描かれているんだろう。
「レイジ様、フィルス様」
俺がアーティファクトという単語に興味を惹かれ、思考をそちらに飛ばしていると、後ろから俺たちの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
その声に思考を戻して後ろを振り向くと、そこには先ほどよりも簡素な格好に着替えたレティアが立っていた。
「いかがでしょうか、我が家の訓練場は。ご満足いただければ良いのですが」
「まだ結界の強度が不明なので何とも言えませんが、広さは十分すぎるほどありますし、人目が無いという点でも、この地下の訓練場という環境はなかなか良いものだと思います。仮に結界の強度が、私の魔法に耐えうるものでなかったとしても、十分に良い環境と言えます。なので文句なんてありませんよ。むしろ、これほど素晴らしい施設を使わせていただいてもよろしいんどえすかと言いたいくらいです」
訓練場へと向かう途中、進行方向が地下に向いた時点であまり期待はしていなかったのだが、まさかこんなに広い空間が広がっているとは思っていなかった。
地下施設なら、他の選手の偵察を警戒して人目を気にしながら練習を、なんて考える必要もないし、なかなかに良い条件の揃った施設と言えるだろう。
「そう言っていただけると、私も嬉しく思います。それでは私はあちらで見学しておりますので、何かあれば遠慮なく仰ってください」
レティアはそう言うと、おつきのメイドさんや、俺達を案内してくれたエドワルトさんと共に観客席の方へと去って行った。
「さてと、それじゃあ時間も勿体ないし、早速始めようかな。フィルス、体調はどうだ? 足りてるか?」
俺はレティアやその他の人間の耳があることを警戒しつつ、フィルスに吸血の必要があるかを確認する。
旅の途中では人目があって血を与えられなかったからな。確認を怠って無理をさせるわけにはいかない。
「はい、まだ大丈夫です。とはいっても、全力で戦うとなるとまた違ってきてはしまいますが」
ふむ、血の力を使うのは厳しいが問題はない、と。
それなら今晩あたりにでも吸わせてやれば大丈夫そうかな?
「それじゃあ、軽く組手の相手でもしてはくれないか? 長いこと馬車に揺られていたせいで、色々なまってしまっているだろうからな。とりあえずは準備運動ということで、軽くで良いのだが」
「はい、もちろんです。私などでよろしければ、いくらでもお相手させていただきます」
「では決まりだな。さっそく始めよう。それじゃあそうだな……まあ、明確なルールは無くていいかな。武器や魔法は禁止で、相手が参ったするまでってことで」
「わかりました」
両者距離をとり、向かい合う形で構えをとる。
その表情は、まだ多少の余裕が感じられるものの、真剣そのものであった。
「……レイジ様とこうして戦うのは、初めてですね」
「言われてみればそうだったな。どれほどの実力を見せてくれるのか、今から楽しみだ」
「胸を借りさせていただきます」
「では……いざ尋常に――――」
「「参る!」」
俺とフィルスは、互いに掛け声とともに相手に向かって駆け出す。
普通ならすぐには動かず、睨み合いや読み合いをするところなのかもしれないが、そんなことよりも早く体を動かして、フィルスと拳を交えてみたかった。
準備運動の簡単な組手だし、そこまで真剣になる必要もない、というのも理由の一つではあるが。
気配を読み、視線を見て攻撃を最小の動きで躱す俺に対し、非常にしなやかで野性的な動きを見せてくれるフィルス。
その戦い方は、無駄な動きも多かったが、それを含めて美しいと感じさせてくれるものであり、対戦相手である俺の目をも楽しませてくれた。
とはいえ、仮にも主のように慕われる身。俺がそれを望んでいるわけではないとはいえ、ここで負けてしまうようではあまりに情けない。
というか、女の子にあっさり負けるというのは、男として許容できないものがある。
それに、仮にも俺は人を壊す方法というものをプロに仕込まれた身。
森で動物の相手ばかりしていて、対人戦の経験が乏しいフィルスに負ける道理などない。
そんなわけで、組手を始めて僅か一分足らずで勝負がついてしまった。
結果はもちろん、俺の勝ちだ。
「流石ですね。正直、全く敵う気がしませんでした」
地面に寝ころんだまま、フィルスが俺を称賛してくる。
「まあ、俺とフィルスでは対人戦闘の経験に差があり過ぎるからな。訓練を積み重ねれば、すぐに上達するだろう。フィルスは筋もいいし、体の基礎は十分できているからな」
俺はそう言いながら、フィルスに手を差し伸べる。
そしてフィルスが立ち上がるのを確認してから、言葉を続けた。
「それじゃあ、とりあえずはこんなものでいいだろう。きちんとした訓練は明日からにして、今日は旅の疲れを取ることに専念したい」
というのは言い訳で、本音はフィルスの動きがいつもより気持ちキレがないように感じたので、無理をさせたくないというだけなのだが。
まあ、旅の疲れは実際あるし、今日くらいはゆっくりするのも悪くはない。
大会までは、まだ時間もたっぷりあるのだからな。
そうして訓練を早々に切り上げた俺たちは、観客席で見学をしているレティアに終了の合図を送るのであった。




