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第百三十八話 『たまには、こんな日々も』

 「……あいつら、いつまで風呂入ってんだよ……」


 香奈の告白に戸惑いを隠せずにいた俺が、ひとまずのぼせる前にと風呂を出て片付けを終えてから約30分。いまだに女子風呂の方からは楽しそうな話声が聞こえてきている。

 まあ話題は想像がつくし、俺が聞くのはマズそうなので、聞こえないくらいの距離はとっているが。


 「……まだまだかかりそうだな。しかし……香奈が俺を、ねぇ……全然気が付かなかったなぁ……」


 俺にとって香奈は妹みたいなもので、再会した時は可愛いなとは思ったし、多少は異性を意識したが……香奈だとわかってからは、そういうのは考えないようにしてきた。でないと、兄として慕ってくれている香奈に悪いと思ったから。でも……


 「異性として見てくれ、か……こっちは一夫多妻が当たり前だし、そういう国で過ごすことも多かったから、絶対にパートナーは1人! だなんてお堅いことを言うつもりもないけど……まあ、香奈もすぐじゃなくていいって言ってくれてたことだし、結論を出すまではしばらく時間をもらうとしましょうかね」

 「あの、レイジ様。少々よろしいでしょうか?」


 急にかけられた声に驚き、俺は慌てて後ろを振り向く。

 するとそこには、風呂上がりで上気したフィルスの姿があった。

 考え事に没頭しているうちに、いつの間にかすぐ後ろまで来ていたようだ。

 こちらの世界に来てからというもの、強い力を手にしたせいか、警戒が疎かになっている気がする。注意しないとな。特に今は、その力のほとんどが使えない状態なのだから。


 「なんだ、フィルス? もしかして、香奈のことか?」

 「あ、いえ……まあ、それも気になると言えば気になるのですが……」


 ん? 香奈のことじゃないなら、何なんだろう。他に思い当たることは無いが……


 「いえ、単に今後はどうするおつもりなのかと」

 「と、言うと?」

 「……レイジ様は、その……私から見ると、とても危うく見えます。確かに、私達より強力な力をお持ちですし、できることも多いのでしょう。神様から与えられた役目も、あるのかもしれません。ですが、それでも! ……それでも、無茶をし過ぎなのではないでしょうか?」

 「それは、暴走のことか? まあ、強くは否定できないが……だが最初以外は全部、偶然そうなっただけだと思ったのだが――――」

 「それでもです! それでも、自分の身の安全だけを考えるのであれば、もっとやりようはあったのではないでしょうか……? 私は……私は怖いのです。レイジ様がいなくなってしまったら、どう生きたら良いのかわかりません。最近は毎晩、そんなことばかり考えてしまいます。ですから、我儘を言ってしまうようで申し訳ないのですが……もう少し、ほんの少しでも良いので、どうかご自愛くださいませ」


 そう語るフィルスの目には、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっており、フィルスの抱える不安の大きさを物語っているようであった。


 「……すまなかったな、心配をかけた。俺は……俺はただ、早く強くなって、皆を守れるようになりたかったんだ。最初は火事で独りになって、師匠が死んで、また独りになった。師匠の死後、俺がずっと一人でいたのは……怖かったからかもしれない。また、独りになるのが」


 人と深く関わらずに、狭い世界だけで生きてきた俺の心は、どこかまだ未成熟のままで……きっと耐えられなかったんだ。大切な誰かを失う悲しみに。だから、これ以上繋がりを持たないように、誰に対しても壁をつくって生きてきた。


 「でも……この世界に来て、マスターに手を差し伸べられて、フィルスに出会って、レティアと知り合って、香奈たちと再会して、白雪と出会って……気がついたら、沢山の大切なつながりを持っていた。独りじゃ、なくなっていた。そしたら、思い出しちまってな。失った時の喪失感を。だから、さっさと自分と仲間の身の安全を確保して、世界の危機なんて物騒なもんを取っ払って、安心したかったんだ。でも、それが他人から見れば、焦っているように見えたのかもな」


 異世界に来て、何もかもが常識外で……俺は幸い、強力な力を持っていたけれど、それでも――――きっと怖かったんだ。

 だから無意識に、また誰かを求めてしまった。自分を支え、助けてくれる誰かを。ずっと一人で生きてきたはずだったのに。

 あるいはそれは、俺の心が少し引き戻されたせいかもしれない。


 この世界に来てから、たまに自分がわからなくなることがあった……それを最初に強く自覚したのは、フィルスに恋をした時だ。

 俺は30のおっさんで、15歳のフィルスに恋をするなんて、普通は考えにくい。俺はロリコンではなかったし、普通に同じくらいの歳の異性が好みだったはずだったのに――――それでも、恋をしてしまった。恋なんて感情を、抱いたこともなかったはずの俺が。

 それは俺にとって、ある意味異常なことであった。だが、それでもそんなこともあるのだと、そう思っていた。

 けれど俺は今、香奈にも異性を意識してしまっている。流石にもう、偶然だなんて言い訳はできない。

 きっと俺の心は、この世界に来た時に何かしらの変化をしたのだろう。理由は、よくわからんが。

 ――――っと、今はそんな話はどうでも良かったな。


 「……レイジ様は確かに、強い力をお持ちなのかもしれません。ですが、だからと言って全てを守らなくてはならない訳では無いのですよ? 自分を第一に考えても、誰も文句など言いません。レイジ様の前の世界での生き方は前に聞きましたし、その生き方を否定するつもりは無いのですが……もう少し、自分のことも考えてあげてください」

 「……そう、だな。わかった。でも、フィルスが俺を大切に想ってくれているのと同じくらい、俺もフィルスを想っているという事だけは、忘れないでくれ。なんて、俺の言えたことじゃないのかもしれないけど」

 「ふふふっ……はい♪」


そうして俺とフィルスは2人、朝の清々しい風を浴びて、静かで優しい時間を過ご――――


 「ところで……正直なところ、レイジ様は香奈のこと、どう思っているのですか?」


 ――――したかったのだが、そうはいかなかったようだ。まあ、その話題をはじめに振っちまったのは俺だし、しょうがないね。


 「あーまあ、追々かなぁと。正直、まったく異性として意識してなかったといえば、嘘になる。でも、それでも妹として慕ってくれてるんだって思ってたし、俺もそれに応えようとしていたからなぁ……すぐには変われそうにないよ。だから、これからは一人の異性として見るようにしてみて、それで結論を出すつもりだ」

 「そうですか。それなら、良かったです。以前は一夫多妻の考え方に、多少難色を示されているようでしたから」

 「あ~まあ、な。それは今でも変わらんよ? ただ……思いをぶつけられて、それに対して悪い気もしてない中で、それを理由に突き返すほどではないかなぁという程度でしかないってだけだ。しかし、フィルスはやっぱり賛成なんだな」

 「はい。香奈は元気で明るく、私とも普通に接してくれる優しい子です。想い人を先に射止められたら、少しは思うところがあってもよさそうなものだというのに……それに、皆がレイジ様を好きになってしまうのは、仕方のないことですから」

 「あはは……それは流石に買い被り過ぎだとは思うが……まあ、前向きに考えてはみるつもりだ。まだわかんないけどな」


 そうして俺たちは、今度こそ静かな朝のひと時を――――


 「レイジにぃ~! お風呂出たよ~!!」


 ――――過ごせませんでした。

 まあでも、たまにはこんなのも悪くないかな。これは、独りのままでは絶対に味わえなかったはずの日常なのだから。


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