第百三十七話 『予想外の出来事だった』
「ふぅ……やっぱ風呂はいいな」
フィルスの混浴発言から逃げてきた俺は、1人寂しく湯につかる。
まあ、"寂しい"と感じるのはきっと、さっきの話でほんの少し、俺の心が期待をしてしまったせいなのだろうが。
ま、こうして一人気楽にってのも、まあ悪くは無いか。これで夜なら、もっと風情があったんだが。
「しかし……どっちが正解だったのかねぇ」
正直、付き合ったというのにフィルスを割とないがしろにしてしまっている自覚はある。
無論、戦力強化優先だとか、香奈たちの居る前でだととか、そういった理由はあるが、それは表向きの言い訳。
本当のことを言えば、フィルスという甘美な誘惑に俺が捕らわれてしまった時、皆を守るだけの強さを保てるかが不安なのだ。
俺は今まで恋なんてしたことなかったし、何なら、側に親密な間柄の人がいてくれるという事自体、随分とご無沙汰だった。
だからだろうか。俺は、人一倍他人との触れ合いに飢えている自覚が少なからずある。
本当なら毎晩フィルスを抱きしめて寝たいし、香奈とだってもっと昔みたいに触れ合いたい。
でも、それをしたらきっと、俺は戻れなくなってしまう。歯止めが、効かなくなってしまう。
だから、我慢しなければいけない。少なくとも、大丈夫だろうと安心できるくらい、自分の力や環境が安定するまでは。
だから、神に頼まれた世界の危機とやらの解決だって、きちんと気にしている。まあ、神はあんまり気にしなくてもいいくらいに言ってたけど。
「は~……世界の危機って何なんだよ、ホント」
せめて内容くらい、教えてくれても良いだろうになぁ……それが言えないような、神の制約的な何かでもあるのだろうか?
「あ、あの……ちょっといいかな?」
独り考え事をしながら風呂を堪能していると、ふと結界の外から声が聞こえる。
この声は……香奈か? フィルスが押し掛けてくる可能性は正直考えたが、香奈とは予想外だな。
まあ、俺も浴槽に浸かってるし、ちょっと顔をのぞかせるくらいなら大丈夫だろう。
「ああ、いいよ。どうした?」
そうして何の気なしに声のした方に視線を向けると、そこには布一枚を巻いただけの香奈が――――
「――――ってうぉおおおお!? な、なななんて格好してるんですか!! お兄ちゃんそんな子に育てた覚えはありませんよ!?!?」
この世界にタオルなんて無いから、巻いてるのは正真正銘薄手の布で……ボディーラインが丸わかり…………香奈、やっぱスタイルいいよな――ってイカンイカン。忘れろ俺!
「え、えっと……ね? その……今日は、話したいこと、あるの」
「な、何でございましょ?」
くっ! 声が上ずってしまった! なんだよ「ございましょ」って!!
確かに昔は妹みたいにかわいがっていたし、一緒に風呂も入ったけれども! 今は立派な女性に成長しているわけで……お兄ちゃん、冷静でなんていられません!! こちとらまだまだ初心なチェリーボーイじゃ! 舐めんな!!
「あはは……なにそれ。でも、そんなに緊張してるってことは、私のこと、少しは異性として見てくれてるってことなのかな?」
「ふぁ!? え、あ、いや……そ、そりゃ、まあ……」
というか、「見てくれてる」ってなんだよ。それじゃあまるで……
「あ、あのね? わたし、わたしね? その……ずっと、レイジにぃのこと、好きだったんだよ?」
「……」
「孤児院にいた頃から、ずっと……レイジにぃのこと、好きでした。異世界にきちゃって、内心色々不安で、お披露目なんてされたらどうなっちゃうのかな? 戦わなきゃいけないのかな? って考えてた時、レイジにぃに再開して、凄く……嬉しかった。レイジにぃを助けた時ね……実はあれ、初めてだったんだ、実戦。ま、まあ、最後のとどめ刺しただけだけどさ! ……それでも、レイジにぃが危ないって思ったら、少し前まで怖くて震えていたはずの体が、勝手に動いてた――って、何話してるんだろうね、私。あはは……」
先ほどから俺の視線の反対側でしゃべっている香奈の気配を感じている。
話している内容はどれも大切な言葉のはずなのに、半分くらいは頭に入ってきていない。というよりは、話は聞いていても、それを理解する余裕が無い。
「……レイジにぃが私のこと、妹みたいにしか見てないことはわかってるし、私も正直、その立場に甘えてた。でもね、今日梨華に怒られちゃって……いつまでそうしているつもりなんだって。踏み出さないと変わらないんだぞって。フィルスもね、背中を押してくれて……だから……」
香奈が更に距離を詰めて来て、ついに浴槽のすぐ横に、その気配を感じる。
「私、宮辻香奈は、葛城玲仁のことが……好きです」
その言葉に込められた強い意思に、思わず振り向いてしまう。
そこには、目線を俺に合わせて屈んでいる香奈の、何かが吹っ切れたような、満面の笑みがあった。
「あはは……ごめんね? 入浴中に押し掛けちゃって。でも、今を逃したら、またずっと言えなくなりそうだったから……だから、それだけ! 別に、今すぐ答えなんて言わなくていい。今断られたりしたら……きっと泣いちゃうから。だから、我儘だってわかってるけど……せめてこれからは私のこと、女の子として見て下さい!!」
照れ臭そうにそれだけ言うと、俺の返答も聞かずに逃げるように結界の外に走って行ってしまう香奈。
俺はその小さくも強い背中を、それが結界の中に消えて見えなくなるまで、目で追い続けてしまうのであった――――
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「で、どうだった?」
結界内に戻るなり、梨華が少しニヤついた顔で聞いてくる。
私の顔を見るなりニヤッとしたけど、私今どんな顔してるんだろ……ちょっと恥ずかしい。
「う、うん……とりあえず、告白だけは……」
「返事は?」
「そ、それは……まだというか、まだにしてもらったというか……」
「そっか……ま、いいんじゃない? 後は今後の努力次第ってことで。一歩前進おめでと」
「あ、うん。ありがと」
そんな会話をしながら、湯冷めした体を温め直すために再び湯船に浸かった私は、梨華とフィルスと今後どうするかについての話で盛り上がるのであった――――
最近、リアルの方がちょっとだけ忙しくなってきたので、投稿間隔が少しだけいつもより長くなったりしてしまうかもしれません(´・ω・`)
申し訳ないです




