第百三十六話 『鋼の意志で断ち切った』
「うむ……完成だな!」
携帯風呂魔導具<改>をざっくりと形にした後、皆と一緒に宿の裏庭を借りて調整をしていた俺だが、日が落ちかけたところで、ようやく満足のいく出来に仕上げることができた。
「ってことは?」
「ああ。これで風呂に入れるぞ」
「「「やったーー!!」」」
「とはいえ、保温用の魔導具はまだ1つしかないから、人数分作らないと1人ずつしか入れないけど」
「いいよそれでもう! そんなことより早く入りたいよ~」
「ん~……でも、同じの作るだけならそんなかからないし、どうせ街中で風呂なんて入れないから、今入りたいなら今晩は門の外で野宿になるけど、良いのか?」
「うぐっ」
「明日まで我慢してくれれば、野外での覗き防止用の魔導具も、セットで作っておけるけど?」
「む、むむむ…………が、我慢します」
「よしよし。2人もそれでいいかな?」
俺は香奈の頭を撫でながら、他の2人にも一応確認をとる。
「あ、はい。私もせっかくのお風呂の後に野宿は、ちょっと嫌ですしね~」
「私はどちらでも良いのですが、2人が明日で良いというなら、それに合わせます」
「うむ。白雪はどうだ?」
(おふろは、きらいじゃない、けど……別にすごい入りたい訳でもないから……)
「あいよ。そんじゃ、明日起きたら、パパっと準備して朝風呂と洒落込むってことで!」
「おーー!! ……って、あれ? 私だけ?」
そうして恥ずかしそうに縮こまる香奈に、堪え切れずに吹き出してしまう俺。
それにつられて、2人も笑い始める。
「も、もーー!! そんな笑わなくてもいいでしょ!?」
そうして笑顔に包まれながら、その日は各々、部屋へと戻って――――あ、夕飯まだだったわ。
さて、昨日は風呂づくりの興奮のせいで夕飯を忘れそうになり、慌てて皆に声をかけて食べに行く、なんてハプニングもあったが、それはさておき今は翌日の早朝。
一刻も早く風呂に入りたい女性陣が、開門よりも少し早い時間に、俺の部屋に押し掛けてきたところだ。
まあ、押し掛けてきたのは主に香奈で、後の2人は期待と申し訳なさの入り混じった複雑な表情をしていたが。
それでもこうして起きてきているあたり、やはり楽しみだったのだろう。
かく言う俺は、遅くまで魔導具の製作をしていたせいで、少々寝不足なのだが……まあ、仕方あるまい。
今は体調が悪いから、人並みに睡眠をとる必要があるのだがなぁ……
「ま、楽しみだった気持ちはわかるしな。とりあえず門まで行くか」
「おお~、流石レイジにぃは話がわかるね!」
「申し訳ございません。お休みのところを……」
「いや、いいよ。まあ、たぶん帰ってきたら寝直すと思うけど」
「あはは……その時は、精一杯お世話させていただきます」
ふむ……寝るだけなのに何のお世話をしてくれるのかはわからんが、期待しておこう。
つい不埒な妄想が頭をよぎってしまうのは、健全な男子(?)なら仕方のないことだろう、うん。
そうして、門番の方に少しだけ早く通してもらい、街道を歩き森を歩いて約1時間半。
程よくスペースがあり、良い景色の見える丘の上に到着した。
まあ、こんないい場所が見つかったのは全くの偶然なのだが、朝風呂のロケーションとしてはなかなかに贅沢だろう。
「お~、良い景色。でも、こんな場所じゃ、遠くからでも見えちゃわないかな?」
「安心しろ。昨日ちゃんと覗き防止用のを作っとくって言ったろ?」
「あーうん。でも、せっかくの景色なのに壁なんて作ったら台無し――――」
「そこは大丈夫だ。考慮してある。もっとも、今の状態でも使えるように出力調整をするのには、随分手間取ったがな。それから……ほれ」
俺は昨晩作った魔導具を香奈に投げて寄越す。
その形状は、高さ5cm、直径15cmくらいの円柱型で、中心の細い円柱を取り囲むように、縦に4分割されたパーツがくっついている。形的には、バームクーヘンに近いかな?
「……これは? 昨日見た奴とは違うみたいだけど。これが覗き防止用の魔導具?」
「んにゃ、それは昨日のとは違って、デカい浴槽を作れるように調整したやつ。まあ、今の俺でも使える程度だから、適性Cもあればたぶん大丈夫だ。魔法慣れしていない香奈や梨華ちゃんでも簡単に使えるようにしてあるから、とりあえず地面に置いたら、真ん中のパーツに魔力流してみ? 初期起動は無属性で大丈夫だから。ただ、あんまり一気に流し込むなよ?」
香奈はそれを聞くと、嬉々とした表情でそれを地面に置き、魔力を流す。
すると、棒を囲っていた4つのパーツが棒から徐々に離れるように動き出した。
「お、おお?」
「今やってるのは、作成する浴槽のサイズを決める工程な。あんまりデカくすると作れなくなるけど、まだ全然大丈夫だと思うぞ?」
「わ、わかった。ヤバそうならストップかけてね?」
そう言ってから、再び魔力を流し込み始める香奈。
そうして一辺の長さが2mを越えたあたりで、俺が一旦ストップをかける。
「このくらいが限界?」
「あーいや、浴槽をつくるのはまだ大丈夫だろうが、水を張ったり沸かしたりに時間がかかっちまうことになるけど、大丈夫かな~と。ちなみに保温の魔導具もこれ用に作ってあるけど、これもそっちも調整がm単位だから、これ以上デカくするなら次は一辺3mな」
「うっ……確かに入るのが遅くなるのは嫌だな。これくらいにしとく」
「おっけ。それじゃあ次は~っと、梨華ちゃんも一緒に頼む」
「あ、はいっ!」
「移動していったパーツの方に、今度は土の魔力を流してもらうわけだが……流石に詠唱無しにするのは厳しくてな。一ヶ所先に俺がやるから、聞いて覚えてくれ。簡単だから、一回聞けば大丈夫だと思う」
そう言って俺は、一番近くにあるパーツの側へと移動し、そのパーツに手を添える。
「岩よ。大地よ。我が求めに応じ、頑強なるその身で我を守り給え。汝は全てを包みし森羅の母――――"ソリッドウォール・オルトレーション"」
俺が詠唱を終えると、岩が地面からせり上がり、浴槽の4分の1を形作るように変形していく。
そうしてそこに現れたのは、内側がつるつるの浴槽の一部。
「ま、こんな感じだな。魔法の威力調整は、魔力さえ足りてれば魔導具側でやってくれるから、気持ち多めに注いでくれ。まあ、一回やればだいたいわかると思うから、次からは大丈夫だと思うけど」
「でもさ、魔法って慣れてないと上手く使えないんじゃないの?」
「ああ、普通ならな。この世界の一般的な魔法って言うのは、そうだな……紙に魔法陣が描いてあって、そこに魔力という名の粘土で、肉付けをしていく感じのイメージな。もちろんある程度上手く作れていないと発動すらしないから、魔力の操作感覚がつかめていない最初の内は、失敗しやすいんだ。ただ、実は今回のは中央の棒に魔力を流した段階で、その後に使う部分に対しては制御をアシストする術が起動していてな。こっちはイメージ的には、あらかじめ用意された型に魔力を流し込むって感じだな。詠唱が合ってて魔力量が足りてれば、基本的に失敗することは無い。欠点は、用意したいくつかの型に合わせた出力でしか調整ができないことと、そのアシストの術式の分の魔力を余計に消耗することくらいかな? まあ、今回はどちらも大した問題にはならないけど」
アシストの術式に使う魔力量は、アシストする術式の難度に比例して増大するけど、今回のは大して難しくないし、出力が固定なのは浴槽のサイズをわかりやすく調整できるという意味ではむしろプラスに働くだろう。
ちなみに最初のパーツの場所調整を多少ミスっても、それを補完するような仕様になっているので大丈夫だ。
中央の棒の内部には、雨を凌ぐときに使った魔導具と同じ技術が使われていたりする。
これは、『魔法陣を一般的な円ではなく、魔法陣に利用されている言語や記号を、循環する文字列として刻み込むことで、魔法陣の形状の自由度を高めることができる』というものだ。
その分魔法陣そのものの調整が難しくなるが形状の幅が広がるので、個人的には割と画期的な技術だと思ってはいる。
とまあ、そんなことは今はどうでもいいな。
「まあ、そんなわけで大丈夫だと思うから、とりあえずやってみるといい」
俺の説明を聞いた香奈と梨華ちゃんは、2人視線を交わして無言で頷くと、真剣な表情でパーツへと近づき、アイコンタクトでタイミングを計りながら同時に詠唱を開始する。
それを見て俺は、そんな真剣にやらんでも大丈夫だぞ~と言おうとも思ったが、もしかしたら詠唱を忘れないように必死とかかもと考え、直前で思いとどまった。
「「岩よ。大地よ。我が求めに応じ、頑強なるその身で我を守り給え。汝は全てを包みし森羅の母――――"ソリッドウォール・オルトレーション"」」
2人が詠唱を終えると、先ほどと同じように浴槽が形作られる。どうやら、無事上手くいったようだ。
「そういえばさ……どうでもいいけど、レイジにぃのオリジナル魔法にしては珍しく魔法名がカタカナっぽい感じだね?」
「ん? ああそれな。それはまあ、完全オリジナルじゃないからだな。これはソリッドウォールっていう魔法をちょっといじって、生成される壁の形状を変えただけだから。ちなみに我を守り給え~ってとこまでが、本来の詠唱部分な」
「あーそういう事か。じゃあやっぱりレイジにぃの拘りは変わっていなかったと」
「んあ? ああ、あれは別に、拘ってたわけじゃないぞ?」
「あれ? そうなの? てっきり和名っぽいのが好きでそうしてるんだと思ってたんだけど……」
「いやいや、まあそれも無いことは無いが、別にそういう理由じゃなくてだな……魔法陣には、必ず魔法の発動キーを刻む必要があってな。それが一般的に言うところの魔法名になる訳なんだが……これの制約はざっくり言っちゃうと、その魔法をある程度表していればそれでいいってのだけで、その言語までは指定されてないんだ。で、漢字だと文字数が少ないからスペースが小さくて済むんだよ。そんなわけで、俺の作る魔法の名称はほぼ全部漢字で、文字数も少なめというわけだ」
「ほえ~、ちゃんと理由があったんだね」
そんな会話をしている内に、梨華ちゃんが最後の一ヶ所を完成させたようで、無事浴槽が形作られていた。
「それじゃ、この後の作業を説明しておくぞ。まず中央の棒に、今度は水の魔力を流すんだ。そうすると、だんだん水が張られていく。魔力を流し続けている間は、ほぼ無限に水を張るから、もういいと思ったら魔力を流すのをやめればOKだ。んで、最後にこれだ」
俺はそう言って、懐からもう一つの魔導具を取り出し、香奈に渡す。
その形状は球だが、一ヶ所だけ、丁度中央の棒が入りそうな穴が開いており、その反対側にはダイヤルのようなものがついている。
「これが沸かして保温しておく用の魔導具な。中央のダイヤルは1~5まであるけど、それはさっき言った調整用のだから、今は2だな。一度起動してから変えても何も起きないから、必ず起動する前に調節しておくように。それから、沸かしている間は結構な熱を持つから、直接触るなよ? 一応ある程度の安全性は確保してあるけど、流石に火傷くらいはするからな。起動は、あの棒に刺してから必要な分の火属性魔力を注げばいいから。それじゃ、後は任せたぞ」
そう言って俺はそそくさとその場を去る。もちろん、覗き防止用の魔導具は起動してからだが。
こいつは光属性の魔導具だし、術式も複雑だから、流石に俺しか扱えないので、説明は無しだ。
機能としては、外からは真っ暗で、中からは丸見えの結界を張るだけ。ようはマジックミラーのようなものだな。
「あの、レイジ様? どちらへ行かれるのですか?」
すると、結界から出たところでフィルスが背後から声をかけてくる。
これは……何が言いたいのかはなんとなく察しが付く、が――――
「どうせ一緒に入らないのかとか言うんだろ? 流石に今回は、香奈も梨華ちゃんもいるんだから、俺は1人で入る」
「そう、ですか」
そんなしょんぼりしたような声を出してもダメなものはダメだ。俺は鋼の意志で突き放すぞ!
「では、私だけそちらにお邪魔するというのは、ダメでしょうか?」
な、なん……だと……!?
女性陣はデカい方でと思ってたからその発想は無かったが、確かにそれなら……いやいや待て待て!
そもそもこっちの浴槽は昨日作った一人用のだ。長さはあるが幅が無いので、一緒に入ったりなんかしたら、確実に身体的な接触がある。それもかなり。
そんなことをになったら、確実に俺の理性が持たない自信がある。ダメだダメだ!!
そもそも、この結界は視覚は遮るが、音は筒抜けだしって違う!! 何をするつもりだ俺!! 心をしっかりと持つんだ!!
…………ふぅ……よし。
「だ、駄目ではないが、今回は皆と一緒で良いんじゃないか? ほら、浴槽も狭いし。な?」
くぅ!! 我ながらなんと情けない答え! もっとはっきり断れよ俺!!
「ダメでは、無いのですよね? でしたら――――」
「わーっ! わーーっ!! やっぱ駄目!! 駄目だっ!! 皆と一緒に入りなさい!!」
俺はそう叫ぶと、即行で白雪を実体化させ、白雪が風呂の中で活動できるギリギリの範囲まで走って逃げるのであった。




