第百二十六話 『いざ、ザストール王国へ』
さて、学院を去り、ランデルさんとも別れの挨拶をした2日後、時空の13日のお昼前。
俺達は、ザストール王国へと向かうべく、王都の東門の前に来ていた。
移動は徒歩。必要なものは昨日の内に買い足してある。
そうそう、昨日の買い物と言えば、勇者和敏の言っていたアーティファクトが、魔導雑貨屋に売っていた。しかもそこらの魔導具より安価で。
なんでも、使い方が全く分からずに誰も起動すらできなかったらしく、一応魔導具ではありそうなのだがそれ以上は謎だったので、安く売るしかなかったのだとか。
研究材料として、誰か欲しがらなかったのだろうか?
「ねーねーレイジにぃ~。まだかな~?」
「もう少し待っていなさい」
「でもでも、約束の時間ってもう過ぎてるよね?」
「まあ、それはそうなのだが……」
さて、俺たちが何を待っているのかというと、ズバリ、護衛対象だ。
冒険者ランクをCからBへ上げるためには、護衛依頼を3回、こなさなければならない。
そして、学院に通ってばかりで碌に依頼をこなしていなかった俺はともかく、他の皆はきちんと仕事をしていた訳で……冒険者ランクも、Cへと上がっている。
特にフィルスなんて、ポイント的にはBの方が近いくらいだ。
であれば、Bに上がるためにクリアしなければならない条件は、早めにこなしておきましょうという事で、今回は移動のついでに護衛の依頼を受けることにしたのだ。
掲示板を見たら丁度良い依頼もあったのでな。
ちなみに掲示板とは、ギルド協会に設置された、依頼ギルドを指定しない、急ぎの依頼の貼られる掲示板のことである。
ここに貼られている依頼は、条件さえ満たしていれば、冒険者なら誰でも受けることができる。
フェレブの協会本部には無かったから、俺もしばらくはその存在に気が付かなかった。
まあ、いっつも何も貼られてなかったって言うのもあるが。
ランクアップの条件は、他にもBランク依頼5回達成とか、Bランク討伐依頼3回達成とかもあるのだが、そんな依頼は、向こうに着けばいくらでもあるだろうから心配ない。
なにせ、強力な魔獣とダンジョンが売りの国なのだからな。
さて、そんなことを考えているうちに、どうやら護衛対象がようやく来たようで、通りの奥の方から「すみませ~ん!」という声と共に、馬車がこちらへと走ってくるのが見えた。
「いやぁ~遅れて申し訳ないです。今朝、買い付けの約束をしていた相手が寝坊してきまして……すみません」
馬車から降りて、ヘコヘコと頭を下げている腰の低いこの商人が、今回の護衛対象のニールさんだろうか?
随分立派そうな外見とのギャップが凄いのだが……あ~いやでも、顔は優しそうだな。
見た目は40歳前後で、白髪交じりの灰色の髪をオールバックにしている。
線は細めだが、服装も割ときっちりしていて、ダンディな感じを醸し出しているオジサマだ。
もし、今着ている服があからさまに高級感のあるものだったら、貴族にしか見えなかっただろう。
「いえ、大丈夫ですよ。私はレイジ、Dランクです。そして右からカナ、リカ、フィルスです。彼女らは皆Cランクですね。それから、こっちは白雪といって……まあ、俺の相棒? ですかね」
白雪は、説明が面倒だからずっと出てるかずっと隠れているのどっちがいいかと聞いた結果、こうして実体化を選んだ。
そのため、こうして彼にも紹介したし、旅の間はこのまま一緒に行動する。
「ふむ……相棒というのは気になりますが……あなたはDランクなのに、なんだかリーダーっぽく見えますね。普通はランクが一番高いものがやるものだと思うのですが……差し支えなければ、理由をお聞きしても?」
「ええ、もちろんです。我々はまだ、冒険者になって日が浅いのですが……私がこの国に来たのは魔法の勉強のためでして、それにかまけている内に、あっという間に皆にランクを追い抜かれてしまっていたというわけです。あははは……」
「ああ、そういう事でしたか。では、実力的にはどなたが――――」
「レイジにぃだよ!」
「レイジ様ですね」
「お兄さんだと思います」
「……あるじ以外ありえない……」
彼が言葉を終えないうちに、皆が口を揃えて俺の名を言い、視線をこちらに向けてくる。
というか、普段控えめな梨華ちゃんや口数の少なめな白雪まで主張してくるとは……
「あはっはっ! そうですかそうですか! いやはや、慕われているのですな、レイジ殿は」
「いや、どうなのでしょうね。実力が上って言うのは、自分で言うのもなんですがそうだとは思いますが……」
「いえいえ、お仲間の方の目を見ればわかりますよ。特にそちらの綺麗な赤い瞳をした方と、こちらのサイドポニーのお嬢さんは、それはそれはキラキラした目をしていて……いやはや、羨ましい限りですな!」
むぅ……なんだかこっぱずかしいな。
だが、確かにフィルスは俺の彼女だし、香奈は俺との付き合いがかなり長く、懐いてくれてもいる。
確かに、他の2人に比べて俺への好感度は高い……と思う。
それをすぐさま見抜いてみせた彼の人を見る目は、なかなかに鋭そうだ。
見た目の印象通り、商人としても中々優秀そうだ。
「おっと、そう言えば私の自己紹介がまだでしたな。失敬失敬。私はニール・エビデルク。ここル・ベレルに店を持つ商人でして、今回は少々珍しい品が入ったという知らせを聞いて、ムーレの村まで買い付けに行く予定となっております」
うん。依頼書通りだな。
ちなみに、ムーレの村とは、ザストール王国国境付近の、砂漠よりも手前にある村である。
ザストール王国の首都および主要な都市は、全て広大な砂漠の向こう側に存在し、サルマリア経由で行くのが普通なのだが、今回のような、砂漠より手前の村などに用がある場合には直接行くこともあるらしい。
まあ、俺達は砂漠を突っ切る気満々なので、普通に直で行くが。
「護衛は、向こうまでの片道でしたよね?」
「はい。帰りはツテがございますので、片道で大丈夫でございます」
「では、自己紹介と依頼内容の確認も済みましたし、そろそろ行きましょうか」
「ええ、そうですな。遅れてしまった分を取り戻さねばなりませんしな」
「それでは、皆さんはアストレアから?」
「ええ。冒険者登録をしたのも、向こうですね」
「そうでしたか。アストレアへはあまり行かないのですが、サルマリアへと流れて来る野菜や果物はどれも美味しいですからなぁ……今度、暇があれば家族とゆっくりしに行くのも、悪くないかもしれませんな」
「それはいいですね。でも、できる商人はなかなか時間など作れないのでは?」
「あっはっは……いやはや、まったくその通りで。実はもう、最後に丸一日休んだ日がいつだったかも思い出せぬほどでして――――」
少し時が経ち、既に時刻は夕方。空は茜に染まり、そろそろ今晩の野営地を決めなければならない頃。
俺たちは他愛も無い話をしながら、森の間を通る、細い街道をのんびりと進んでいた。
こんな時間なのにのんびりしているのは、ニールさんはこの辺へはよく来るらしく、もう少し行ったところに、野営に丁度良い開けた場所があるとわかっているためだ。
道中も、何度か魔獣に遭遇したものの、どれも弱いもので、俺が出るまでも無くサクッと片付いてしまった。
現在の配置は、白雪が荷台の上、俺がニールさんの座る御者台の右横を歩き、香奈がその反対側、梨華ちゃんは左後ろで、フィルスが右後ろを警戒している。
「……野営地はまだですかね?」
「もう間もなくですよ。もう半刻もかからないでしょう」
「そうですか。それなら何とか日暮れまでには――――っ!?」
俺がニールさんの返事を聞いて、「ああ、今日はもう大丈夫そうだな」とホッとして気を抜こうとしたその瞬間――――前方から強力な闇属性の魔力の気配を感じ、即座に馬車の前に出て、警戒態勢に入る。
ニールさんも俺の様子から、即座に馬車を止め、皆は陣形を崩さぬようにしながらも、前方を警戒する。
これは……1人、か?
まっすぐこちらへ向かってきている。
それに、この欠片も自身の存在を隠そうとしないやり方に……危険かもな。
こちらとの距離は約300m程。方向は、道なりに先に進んだ方か。避けるのは不可能だな。
「……俺が先行して対象と接触を試みる。皆はニールさんを頼む」
「大丈夫なの、レイジにぃ。別に、相手の狙いがこっちとは――」
「いや、これだけ濃密な魔力と殺気を放ってきておいて、それは無いだろう。それに、周囲には他の人間どころか、魔物の気配すら感じないしな」
「レイジ様」
「……なんだ?」
「……お気を付けて」
「おう」
「わたし、必要?」
「……いや、大丈夫だ。ただ、悪いが実体化は解くぞ」
「了解」
俺は白雪の実体化を解き、すぐさま前方へと駆け出す。
油断はしない。今度は、絶対。
そうして辿り着いた場所に立っていたのは、全身を黒いボロ布のような物で包んだ1人の若い男。
頭や口にまで黒い布を巻きつけているが、目だけはこちらをきっちりと見据えている。
「……貴様は誰――――いや、貴様は、俺達の敵か?」
「ふふふ……こんにちは、冒険者レイジ。いや、古龍と呼んだ方が良いかな? そうだよ。ボクは――――君の敵さ!!」
その言葉と共に、彼を中心に渦巻いていた闇の魔力が俺へと放たれ、戦いの幕が切って落とされた。




