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第百二十一話 『過去から現代へのバトン』

 「――――っと思ったけど、長くなるからやめとこうかな。まあ、これだけは渡しておくね」

 「おいっ!?」


 彼がそう言って、前振りだけで何も語らずに差し出してきたのは、数十枚の紙束。

 ……なんという肩透かしだろうか。

 しかし、紐でまとめられただけのそれは、本というより、書類とか論文に近い印象を受けるな。


 「……これは?」

 「それは、白雪と黒椿の取扱説明書&解説書って感じかな? 組み込まれた魔法や、魂について全部書いてあるから、後で読んでね。あ、それはここに特別に持ち込んだものだから、ここから持ち出せるよ。実態があるからね」


 ふむ、それはありがたいな。

 解説まであるなら、最悪扱いにくい原因となっている仕様をなくすこともできるかもしれない。


 「まあ、これはこれで助かるのだが、一応白雪の主だから安心って発言の根拠だけは教えて欲しいのだが……」

 「ああうん。そうだったね。まあそれは簡単だよ。まず、白雪は異世界人の魂でないと耐えられない仕様になってるんだ。詳しいことは僕もわかってないけど、どうやら魂の強度? っていうのかな。それがこっちの人より高いみたいなんだよね。まあとりあえず、その時点で君は転移なり転生をしてきた異世界人であることは確実。それから、白雪には持ち主の黒い感情と、その刀身が切り裂いた人の数に比例して、持ち主の魂を蝕む能力がある。でも君には、その兆候が全く見られない。その時点で、君は白雪で命を奪ったことは無いってことになる。とまあ、そんなところさ。後は、言わなくてもわかるだろう?」


 まあ確かに、それなら悪人の可能性が低いって考える理由くらいにはなるか。

 でも、手に入れたばかりってだけな可能性もあるから、一応テストもしたって感じか。


 「……まあ、だいたいは納得できた。それで、俺達はいつまでここに居て、何をすればいい?」


 久しぶりに人に会えてうれしいのだとは思うが、いつまでもここに居たくは無いし、やっぱり外のことが気がかりだ。

 用が無いなら、できれば早めに解放してもらいたい。


 「あはは、そうだね。でもその前に、残りのお仲間二人も、こっちに呼んでいいかな? 君がそんな感じなら、大丈夫そうだし」

 「え? あ、えと……まあ、良いけど。てか、できんの?」


 後から呼び込むのも自由なのか。なんて便利な。

 まあ、俺のすぐそばにいるからかもしれないけど。


 「うん、できるよ。それに、せっかくの機会を逃したくは無いからね。これが最初で最後なわけだし」

 「うん? 別に、またこうしてコンタクト取ればいいんじゃないのか? そう頻繁にされるのは流石に困るけど、たまになら俺は別に――――」

 「あはは。そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは無理だよ。だって、ボクはもうすぐ本当に死んじゃうからね」

 「……は? え、だって、ここに魂を――――」

 「逃がしたんだろって? そうだよ。そして、今まで頑なに外界との接触を断ってきた。でも、今回君たちを招き入れてしまったからね……今も、この世界のシステムに引っ張られているのに、何とか耐えている状態なんだ。もってあと20分ってところかな。だから白雪のことを語るのもやめたんだけどね。ってことなんで、ちゃちゃっとあとの2人も呼んじゃうね」

 「あ、ああ……」


 まさか、そんな事情だったとは。

 でも、それならなんでそこまでしてコンタクトをとったんだ?

 大人しくしていれば、まだ――――


 「不思議そうな顔をしているね。ボクがこんなリスクを背負ってまで、君たちに接触した理由がわからないのかな?」


 何やら魔法陣(おそらく、2人を呼ぶためのもの)を起動した勇者和敏は、こちらを振り返り、変わらぬニコニコ顔で俺にそう問う。


 「……ああ。別に、死にたい訳でもないんだろう?」

 「あはは、まあね。でも、生にしがみ付いているわけでもないんだ。当初は生きたいと強く願っていたけれど、僕がもうこの空間で過ごすようになってから随分経つ。それこそ、エルフなんかの長命種でないと、僕と出会ったことのある人間なんてとっくに死んじゃってるくらいには、長い時間がね。だからかな? もう僕は、そこまで生き続けたいとは思っていない。死にたい訳では無いけれど、そのリスクを背負ってでも、自分の目的を果たしたいと思ったんだ」

 「目的って……さっき言ってたやつか? 次代の勇者に会いたいっていう」

 「うん。そして、会いたかった理由は2つ。っと、あ~そっか……う~ん」

 「ん? どうした?」


 急に言葉を切って、残念そうな笑みを浮かべる勇者和敏。


 「ああいや、どうやら君のお仲間二人は呼べないみたいだ。それをすると、僕の方がもたないっぽい」

 「……そうか」


 ただでさえ無理をして俺達を呼んだのだ。それも仕方のないことだろう。

 まあ、彼にとっては残念なことなのだろうが。


 「まあいいさ。ボクは会いたかったって言うより、伝えたかったことがあっただけだからね。他の勇者への伝言は、君に託すとしよう」

 「確かに、承った。もっとも、内容次第ではその限りではないかもしれんが」

 「ああ、うん。その辺の判断も任せるよ。君なら大丈夫そうだしね」

 「あ~いや……どうだろうな。高く評価してもらえること自体は悪い気はしないが、あまり買い被られても困るぞ?」


 俺は力はあるとはいえ、結局はただの人間だ。

 わからんことも多いし、間違う事もあるだろう。


 「いいんだ。それを言ったら僕だってそうだしね――――さて、それじゃあ……今代の勇者諸君プラス1名に、お節介な忠告を2つ程……地球人同士、仲間意識を持ちたくなったり、警戒が薄くなる気持ちは分るけど、きちんと警戒して接すること。こっちの人も地球の人も、心は同じ。悪も善も普通にあるということを忘れずに。それから、転移の際に得た力は、あくまで神様に与えて頂いた、分不相応とも言えるものです。そのことを忘れることなく、きちんと考えて生きなさい……って感じかな」

 「……確かに、どちらも大事なことだな。過去の召喚勇者に何があったかは、想像に難くない」


 人がそこそこ集まって、全員に強大な力を与えたとして、その全員が善の道を歩む確率など、たかが知れているだろうしな。

 凡庸に、ほんの少し偉そうになっちゃったとかなら笑い話ですむが、悪の道に行かれると厄介だろう。

 世界の危機を救うために呼ばれた勇者が、その危機となるだなんて、皮肉な話じゃないか。


 「ま、お察しの通り、色々あったんだ……ボクは最後まで見届けられなかったけどね。さて、それじゃあそんなボクから君に1つ質問」

 「……なんだ?」


 先ほどまでと真逆の真面目な雰囲気に、思わず一瞬言葉を詰まらせてしまった俺。

 まあ、質問の内容はなんとなく想像できるが……


 「君は、並みの勇者と比べても、非常に強力な力を持っているように見える。そんな君は、この第二の人生……いや、魔生というべきかな? をどんなふうに過ごしていくつもりだい?」


 この質問だけだと、随分曖昧でどう答えていいか迷うところだが、おそらくは先ほどの忠告とセットの質問なのだろう。

 ならば――――


 「俺は……正義や悪、なんてものは、人の数だけあるものだと思っている。知能を持って生きる全ての存在、その数だけ、それぞれの正義があり、悪がある。皆が言うところの正義ってのは、その中の過半数が抱く、皆に共通している正義のことだ。それの基になるのは、宗教か法律か、はたまた英雄か……まあ、そんなのは何だっていいんだがな。まあ、そんなわけでこの俺にも、俺の信じる正義がある。だから俺は、あくまで俺の正義に則って動くだけだ。まあもっとも、共通の正義を蔑ろにした、世間から見た際のあからさまな悪行なんてのは、流石にするつもりは無いが。人として生きるなら、ルールと秩序は大事だからな」

 「そっか……うん! 君は大丈夫そうだね。正義や悪を、全部他人に押し付けているヤツは、危ういからね。その点、君はしっかり自分を持っていて、きちんと考えて行動ができる人のようだ。それじゃあ、この世界を頼んだよ」


 そう言い終えると、彼の身体がだんだんと透けて、感じられる存在感が薄くなっていく。

 ……時間か。


 「あはは……それじゃあ、お別れかな? 最後に出会えたのが君で良かったよ。あ、そうそう。この空間は僕作のアーティファクトで作ったものだけど、僕がいなくなっても残るから、好きにしていいよ。管理者権限も、君に移しておいたから。アーティファクトには僕の名が日本語で刻んであるから見たらわかると思う。それから、もしまだ彼が生きてるなら、伝言を頼みたいな……ロメクト・ランバルゾードっていうエルフなんだけど……」

 「ん? それって学院長のことか?」


 彼の名前は、試験の時は聞きそびれたが、学院生にもなれば流石に耳にする機会も多く、すぐに知ることができた。

 種族もエルフだし、間違いないだろう。


 「あっはっは! 学院長になったんだ、彼。まあ、合ってると思うよ。それじゃあ……学院長になれておめでとうと、約束、守れなくてごめんって伝えてくれるかな?」

 「ああ。確かに承った」

 「うん、よろしく。あと、これは君の自由意思に任せるけど、できれば彼との約束、君に託したい。詳しいことは……時間が無いから彼から聞いてくれ」

 「わかった」

 「それじゃあ……今度こそさようならだね。良い異世界ライフを!!」


 その言葉を最後に、俺の返事も待つことなく、彼の身体……魂は、完全にこの空間から消え去った。


 「……さて、俺も戻らないとな」


 管理者権限を譲渡されたためか、ここからの脱出方法は自然と理解できた。

 そうして俺が部屋の壁に内蔵された魔法陣を起動すると、俺の身体は、ここへ来た時と同じような、白い光に包まれた――――


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