第百十八話 『扉の先の未知は、予想以上のものだった』
そんなわけで、人の出入りの激しい人気店や、安売りをしている大型店舗を全て無視して、目的の店までやってくる。
店の外観は、過疎ってるだけあって木製の壁が少し腐ってる部分があったり、日当たりも悪くて薄暗かったりとあまり良い印象を受けない。
さらに言えば店のサイズも小さく、大男4人が両手を広げるだけで、囲えてしまえそうなほどだ。
むしろ、香奈はこのサイズの店に、あの距離でよく目をつけたものだと感心してしまう。
しかし……ここまでとなると、逆に中の様子が気になってくるな……
「……なあ、ホントにこれにびびっと来たのか?」
「う、うん……大丈夫だって! 外観だけで店の質は決まらないよ!」
「そう言う割には不安そうだが?」
「いや、だって……ねえ? 遠くからじゃわからなかったけど、これは……」
「まあ、入って駄目そうなら、すぐに出ればいいだろ」
「そだね。それじゃあ……レイジにぃ、先頭よろしく」
「おいっ! ……まあいいけど。えっと……おじゃましま~す」
店に入るのにお邪魔しますというのも変だが、なんとなく何か挨拶をしながらでないと入りにくい雰囲気だったので言ってみた。察してくれると嬉しい。
そうして扉を開けた瞬間、俺は強烈な倦怠感とめまいに襲われ、その場で膝をついてしまう。
「ぐぁ……香奈、梨華ちゃん、フィルス、無事か?」
いまだ視界すらはっきりしない状態だが、それよりも皆が心配だ。
俺でこれなら、場合によっては皆はもっと――――
そこまで考えたところで、俺は思わず思考を止めてしまった。
めまいから回復し、顔を上げた俺の視界に広がる光景が、あまりに信じ難いものであったからだ。
そこに広がるのは、かつての世界――日本でよく見た、普通の街並み。
街灯が立ち並び、沢山の商店が並ぶ、普通の商店街。
遠くにはビルやトラックも見える。
「ここは……一体……」
俺は思わず自分の姿を確認するが、服装は変わっておらず、感覚も異世界に転生した後のもの。
周りの景色も日本のものと限りなく近いが、見覚えは無いことから、俺の記憶や夢の世界という線は薄い……と思う。
だが、店は開いているというのに、人の姿が見当たらない。
八百屋も魚屋も肉屋も、商品ばかりが並んでいる。
一応、気配察知や魔素でも探ってみるが、俺以上の能力で隠れているのではない限り、本当に無人のようだ。
フィルスたちも確認できないが、俺だけがこの謎の現象に巻き込まれているのか、あるいは個別で食らっているのかは現状ではわからない。
とりあえずわかっているのは、今の俺は一人――――あ、いや、白雪は?
俺はふと、腰に差していたはずの白雪を左手で探るが、そこにはきちんと刀の感触があった。
遅れて向けた視界でも、きちんとその存在が確認できる。
「白雪。意識はあるか?」
(ん……大丈夫)
俺は、いつもと変わらない白雪の声を聞いて、思わずホッと胸を撫で下ろす。
「俺はめまいのせいで視界が奪われていたんだが、何が起きたか見えていたか?」
(……一応?)
「うん? それはどういう――――」
(見えてたけど、よくわからない)
「……一応、わかった範囲で聞かせてくれないか?」
(ん……扉を開けた瞬間、凄い魔素の気配と共に白い光に包まれて、次の瞬間にはここに居た。皆は光を食らっていなかったように見えたから、たぶん先頭にいたあるじだけがこの状態)
「ふむ……では、今の状況は魔術的な何かを食らった結果、という事で間違いなさそうだな。それでもって、向こうでの俺の状態は不明。意識だけが飛ばされたのなら、倒れていたりするかもしれないが、肉体ごと転移していた場合、いきなり消えた感じに見えるんだろうな……」
まあ、どちらにしても今の俺にはあまり関係は無い、か。
とにかく、この状況を抜け出す手段を見つけなければ……というか、これはいったいどういう意図で引き起こされた現象なんだ?
魔術的な何かである以上、決まった効果の術式によって引き起こされた現象なのだろうが、その効果も目的もイマイチ見えてこない。
場所があんなボロい服屋っていうのが、余計に謎だ。
まったく、香奈もとんでもないもんに目をつけてくれたもんだな……
「ま、とにかく今は、散策でもしてみるかな」
いつまでも突っ立っていても、事態は好転しそうにないので、ひとまずあたりを見て回ってみる。
幸いなことに、この空間は魔素が潤沢なようで、俺は食事に困りそうにない。
まあ、別に魔素が無くても、食材は沢山ある訳だが。
……そういえば、俺って魔素不足を食べて補ってるけど、それって世界の魔素の総量増えないか?
前に、「MP回復の良い手段は無い。魔素の総量が変わっちまうからな!」みたいなこと考えて納得していたが、その理屈はどうやら間違っていたようだ。
こんな簡単なことを見落としていたなんて……いや、現状とは何の関係もないし、新たな謎が増えただけなのだが。
……今度神と話せたら、ちょっと聞いてみよう。
さて、そんなどうでもいいことを考えながらも、あたりを見て回ること約30分。
ざっくりと見て回っただけだが、いくらかわかったことがある。
まず、移動可能な範囲は、商店街の中だけ。
この商店街は、アーチ状に屋根のついた、いわゆるアーケード街というやつだが、その屋根の覆う範囲しか、移動することはできなかった。
それより外に出ようとすると、見えない壁に阻まれて進めない。
ちなみに、商店街の広さはそこまででもなく、総延長で500m弱といったところか。
次に、全ての物が破壊も移動もできなかった。
小さなゴミ一つですら、初期位置から動くことはなく、ブレスを放とうが何をしようが、ビクともしない。
唯一自由が利くのは、魔素くらいなものだ。
さっきは食材はあるとか言ったが、ありゃ早とちりだったみたいだな。
んで最後に、どうやらこの場所は、向こうの世界と関係のある人間の手によって創られたものである可能性が高いであろうという事だ。
この空間は、一見すると日本のようだし、ポスターなども日本語で書かれているが、数か所だけ、わざわざ向こうの言語――シェルメナール大陸共用語の書かれた場所があった。
それも普通は文字など書かないような、キャベツの葉や万札の裏などにも書かれていたことから、おそらくそれが、何かしらのヒントになっているのだろう。
まったく……まるで謎解き脱出ゲームでもしているかのような気分になってくる。
だがこのゲームは、普通の脱出ゲームと違って、情報量が尋常じゃない。
その中から的確にヒントを拾って正解を導き出すのは、なかなかに骨だ。
おそらくこの現象を引き起こしたのは、今の召喚勇者か、過去の召喚勇者の遺物。
どちらかといえば、後者の可能性の方が高いが、十中八九遊び心満載の面白半分で創ったのだろうな……
不意に巻き込まれた身としては、割と真面目に勘弁してもらいたいものだ。
せめて何か、報酬があればいいのだが……
まあ、とはいえ起きてしまったものは仕方がない。
幸いこの手のゲームは割と好きだったし、今は急ぎつつもゲームを楽しみましょうかね。
頭脳労働系は、焦っても良いこと無いしな。
方針が見えてきたところで、俺は新たなヒントを見つけるべく、再び探索を始めるのであった―――