第百十五話 『邪神教徒は、やっぱりクソみたいなやつらのようだ』
「俺を殺しに来ただと? ならばなぜ、彼女らを襲った!」
「ん? だって勇者も悪神の使徒だし、それにこいつらは君と関係の深いレイジって冒険者の仲間でしょ? なら、救済を与えるべき対象だし、もしかしたら君も釣れるかなって」
「ほう……それで? まんまとおびき寄せられてやったわけだが、それでどうする?」
相手の思惑次第では、こっちはかなり不利だな……長期戦を考慮して準備しておくか。
そう考えた俺は、両手にそれぞれ別の魔法陣と口を作り出して、小声で詠唱を始める。
これは意外と難しいのだが、喋らずに集中できれば、2つ同時くらいはいける。
「ん~、どうもしないかな? 今日は別に、君と戦う準備をしてきたわけではないから、挨拶したら退散しようと思ってるよ。でもせっかくだし、ちょっとくらい戦ってみるのもいいかもね。僕も一応幹部だし、どれくらい戦えるのか試してみたいからね」
「そうか。なら、先手を打たせてもらおうか!」
俺はそう叫ぶと、ルヴェインは咄嗟に両腕を交差させ、攻撃に備える。
だが――――
「クロノジエイル!」
俺は敵にではなく、倒れた香奈たちに向けて、最近覚えたばかりの魔法を発動させる。
発動した魔法の効果は、『対象を構成する物質の変化を停止させる』というもの。
まあつまり、簡単に言えば時間停止みたいなものだ。
長期戦になれば、倒れている3人はいろんな意味で危ないからな。
ちなみにこの魔法、生きている相手に使う場合、相手の意識が無いことが条件なので、敵には使えなかったりする。残念。
「……何をしたんだい?」
相手は、俺の魔法により起きた変化を認識できず、訝しげな視線を向けてくる。
まあ、先手を打つと言ったのはただのフェイクだが、相手からしたら何されたかわからんのは怖いわな。
時間停止なんて、ぱっと見じゃわからんし。
「さて、なんだと思う?」
「チッ! まあいいさ。今度はこちらから行くよ!!」
ルヴェインはそう言うと、地を蹴り、一瞬でこちらの懐まで飛び込み、掌底を放ってくる。
それを俺は、身体を一瞬魔素化させて回避し、少し右にずれた場所で再度体を構築し直す。
小さな魔核さえ認識されなければ、テレポートでもしたように見えるかもな。
「なっ!!」
案の定、相手は驚きの表情を浮かべ、とっさに左に跳ぶ。
その顔には、既に先ほどまでの余裕は無い。
「どうした? 先ほどまでは随分楽しそうだったではないか」
「ふっ……そうだね。でもまぁ、君が思った以上に厄介そうだということはわかったし、僕はそろそろ引かせてもらおうかな?」
「それは少し早いんじゃないか? まだ一撃しか放っていないではないか。こちらは攻撃すらしていない。もう少し付き合ってくれよ!!」
俺はそう言って、ルヴェインの方向に、空属性のブレスを、散弾のように放つ。
空属性のブレスの特性は、『空間断絶』。
空間を割くように進んで行くため、通過した場所にあったものは、どんなに硬かろうが関係なく抉られる。
ルヴェインも、その効果は知らぬものの、本能的にヤバいと感じたらしく、凄まじいスピードで教会の床を抜き、上へと逃れる。
もちろん、俺も床をぶっ壊してその後を追う。
フィルスたちは最悪、魔法の効果時間さえ切れなければ、瓦礫が落ちてきても傷つくことは無いので大丈夫だ。
上に出ると、ルヴェインが教会の床に膝をついてこちらを睨んでいた。
よく見れば、右足の足首から下が無い。
どうやら避けきれなかったようだ。
「……今の一撃、六大属性とは違った感じがしたね。神代に存在したという、失われし属性を使っているのかな?」
「さてな。そういうのは詳しくないんだ。まあ、六大属性では無いというのは認めるが」
「くっくっく……流石は古龍というべきか。ちょっと舐めてたかもね」
「そうか。それはこちらとしては僥倖。貴様を始末できれば、少しは世界も平和になるだろう」
「ふふっ……世界平和、ね。そんな夢は、この世には存在しないんだよ。あるのは不平等な理不尽か、平等な理不尽だけ。そして不平等な理不尽を被った僕たちは、世界に平等な理不尽を振り撒くのさ。全ては邪神様のために」
「貴様の言う事は理解できん。が、完全な平和など無いというのは正直同感だ。だがそれでも、それを求めること自体は、決して無意味なことではないとも思っている」
「ハッ! 得られぬものを追い求めて何の意味があるんだい? 理解できないね。ま、悪神の使徒とわかり合えるなんて、最初から思ってないけど」
「そうだな。では、人ですらない貴様は、ここで消えるが良い」
俺はそう言って、再びルヴェインへと空ブレスの散弾を放つ。
だがその瞬間、ルヴェインの姿が掻き消え、ブレスは教会の椅子や床を破壊して霧散する。
直前に懐から魔素の気配を感じたことから、おそらく何かアーティファクトを所持していたのだろう。
一応、周囲を探ってみるが、ルヴェインの気配は既に感じられなかった。
「……逃がしたか」
俺はそうつぶやくと、下の階へと降り、3人を担ぐ。
そうしてそのまま、急いで王城へと飛んで行くのであった。
こんなことをしでかした犯人を逃がしたのは悔しいが、今は仲間が無事であったことを喜ぶとしよう。
俺は、さっき飛び去った王様の部屋の窓から王城に入る。
するとそこには王様とランデルさんの姿があり、担いだ3人の怪我を見て、王様が直ぐにポーションを用意、使用してくれた。
もちろん、ポーションを使う直前に、時間停止の魔法は解除してある。
でないと、せっかくのポーションが無駄になってしまうかもしれんからな。
というか、今更だけどポーションって何でできてるんだろ?
街中では見かけなかったから、それなりに貴重なものではありそうだけど……
「――――皆の治療をしてくれたこと、感謝する」
俺は、事のあらましを説明した後、王様に感謝の意を述べる。
「いえいえ! 元はといえばこちらの不手際が原因ですし、これくらいはさせて下さい。しかし、邪神の信奉者ですか……大会でレイジ殿と戦ったのも、そうだと聞きましたが、厄介ですね」
「ああ。奴らは何かしらの方法で、自身を強化しているからな。奴らの言い分では、邪神の力を分け与えられている、という事だったが、それも真実かはわからん」
「そうですね。あるいは、彼らの存在こそが、勇者様方を召喚した理由なのかもしれません。アストレアだけでなく、サルマリアとザストールにも警戒を呼び掛けなくては……」
「まあ、そういう政に関しては、よくわからんし任せる。では、我はそろそろ失礼するとしよう。後のことは、レイジに王城へと行くよう言っておくから、そちらと話して決めてくれ」
そうして俺は、一旦王城を去るのであった。無論、再び窓から。
王城から少し離れた俺は、空中で魔素化し、目立たぬ路地に落下、人の姿となり、王城へと戻る。
すでに話は通っていたらしく、俺は丁寧な対応で門から先ほどの部屋まで案内された。
さて、それじゃあ、仲間が無事だったことを喜ぶ演技をしなくてはな。
レイジとしては、仲間の無事は古龍から聞いて知っていても、自分で目にするのは初めてのはずなのだから。
そうして密かに心の準備をした俺は、部屋へと入って行くのであった――――




