第百十三話 『やっぱり古龍の威光が一番のチートだと思う』
「――――かかって来いよ!!」
完全に戦闘モードに入っているっぽい勇者が、剣を構え直し、威勢よく吠える。
見た目からして、高校生くらいだろうか。
まだ垢抜けない感じがするし、下手したら中3とかかもしれない。
まあ、その歳なら、勇者されて、ちょっと調子に乗って周りが見えなくなっちゃっても仕方が無いか。
とはいえ、今はあまり構ってはやれんな……
俺は、取り戻したカバンから、白雪を取り出すと、鞘から抜き放つ。
その刀身は半透明の淡い水色で、とても儚げな雰囲気でありながら、確かな鋭さを感じる。
「そういえば、お前を抜くのは初めてだったな、白雪」
(ん……あるじ、全然使ってくれなかった)
「む……スマン。さて、状況はわかっているか?」
(全然。あの空間は隔離されてるから、外は見えない)
あら……でもまあそうだよな。
(でも、アレが強いのはわかる。あれは、私を作った者と似た感じがする。だからたぶん、勇者)
「え? お前を作ったのって、過去の勇者なの?」
(ん。遠い昔に召喚された勇者。自分で言ってたから間違いない)
そうだったのか。
いやまあ、妖刀・白雪なんて名前の時点で、もしかしたらとは思ってたけど。
「何をぶつぶつ独り言を言っているのだ魔物!! 来ないならこちらから行くぞ!!」
おっと、ちょっと話過ぎていたようだ。
勇者が痺れを切らして斬りかかってきた。
だが……素人だな。
俺はめちゃくちゃに振り回される剣を、難なく避け、いなし、白雪でその刀身を叩く。
すると、彼は簡単に手に持った剣を離してしまい、あっけにとられた顔になった。
かかった時間は約10秒。
「さて、我の勝ちで良いのかな? 汝の火力は確かに大したものだし、知能の低い魔を相手取るのであれば、優秀な武器となるであろう。しかし、汝自身の技量が、それに追いついておらん。真の強者となりたくば、技を磨くと良いであろう。まあ、我もまだまだ修行中の身であるが故、あまり偉そうなことは言えんがな」
俺は、戦いを終わらせるために、白雪の刀身をその首元まで持って行き、そう言い放つ。
まあ、相手はまだ子供だし、あまり厳しくすることもないだろう。
あーでも、香奈やフィルスも同じくらいなのか……ま、まあほら、あいつらは結構しっかりしてる方だし、これくらいが普通だよな、うん。
香奈だって、結構我儘は言うしね。
俺は、肩を落として完全に戦意を喪失してしまった勇者をその場に残し、城の中へと入って行く。
白雪は一応、状況を一緒に見て、判断してもらうために、腰に装着する。服が無いから、腰の部分だけちょこっと形を変えて。
城内の様子は、色合いうや素材こそ違うものの、その構造はアストレアのものと似通っていた。
おかげですぐに王を見つけることができた。
コンコン――――「失礼」
俺はノックをすると、相手からの返答を待たずに部屋へと入る。
するとそこには、デスクワークをする若い青年の姿が――――あれ?
「おや、客人ですか? そんな予定は無かったはずなのですが……先ほど外で剣戟の音がしておりましたが、その関係の方ですか?」
「まあ、そんなところだ。ところで一つ問いたいのだが……汝はこの国の~王子、とかだろうか?」
「あっはっは! 僕のことも知らずにここに来たんですか? 面白い方ですね……――――いいえ、僕は正真正銘、この国の国王、ランドル・ゼーヴァベイン・ランド・ジョルヴァダール・スレブメリナですよ」
お、おう……国王で合ってたのか。良かった……てか名前なげぇな。
「それで、僕に何か御用事でしょうか? 肩に担がれているウチのベルマドのようだが……」
「うむ……とその前に、自己紹介だけしておこうか。我は古龍だ。それで、用件だが……貴様の所のこのクズ貴族が粗相をしてくれやがってな。それのお陰で、我の眷属たちが、この国の軍に追われているので、その問題の解決を図りたく、参上した次第である」
「な!? こ、古龍様でしたか! これはとんだ御無礼を!! 申し訳ない」
彼は、俺が古龍だとわかると、途端に席から立ち上がり、深々と礼をしてくる。
どうやら、古龍の影響力はこの国でも確かなもののようだが、アストレアよりは幾分かマシかな?
「そ、それで……粗相というのは一体……」
「うむ。では急ぎなのでいくらか省略させては貰うが――――」
俺は簡単に、レイジ《・・・》が、王都に入る所で声をかけられてから、今回の件に至るまでの経緯を説明した。
どうやら国王様は、レイジという冒険者にランデルさんが協力を仰いでいるという事以上は何も知らなかったようで、最初の方から真剣な表情で興味深そうに聞いていたが、最後の方になるにつれて、だんだんと顔色が悪くなっていった。
「そ、それは……何とも酷い話しですね。仮にそれが本当だとすれば、ベルマドには相応の罰を与えなければ……とにかく今は、レイジさん御一行への追撃の中止、事情を説明してからの保護。それから、地下に捕らわれているというランデルの解放を急ぐ……ということで、よろしいでしょうか?」
「うむ。事実確認も必要であろうし、こちらとしては問題ない。仲間の保護は、こちらでやっておこう。そちらの軍を動かしてとなると、逆に変に逃げられて見つけられず、合流できないという事になりかねんしな。一応、現状どこら辺にいるのかくらいは、情報は欲しいが……」
「わかりました。それについては、中止命令と共に、指揮をしている者に確認します。それでは、僕はこれで一旦失礼いたします!」
そう言うと、彼は返事も待たずに部屋を飛び出していった。
というか、今敬礼してたよな? 仮にも王様でしょうに……欠片もそんな風に見えなかったぞ?
いやまあ、それを言ったら最初からそんな雰囲気ではなかったんだけれどもね。
(……解決?)
「ん~まあ、とりあえずは大丈夫なんじゃないかな? あとは皆が無事に見つかればいいんだけど」
(ん……でもあるじ、また王様をペコペコさせてた。凄い)
「ん? あ~まあ、古龍ってのはそれだけ影響力があるみたいだからな。ま、神が現世で活動するための器なんだし、当然っちゃ当然だけど」
(でも、困ったら王様って感じは、ちょっと雑過ぎ?)
「あ~まあ、でも簡単なことで解決できるなら、それに越したことは無いと思うよ。それに、言い訳をするとだな……俺は学園で多少は学んだとはいえ、この世界の社会情勢やら感覚やらに、まだまだ疎い。だから、何か貴族絡みの事件が起きたときに、それの裏にどれだけ人がいて、本当の黒幕は誰かっていう判断を、きちんとできる自信が無いんだ。そして、できないことはできる人に頼るのが一番。貴族の問題なら、とりあえず王様をこっち側につけとけば、だいたいどうにかなるだろうって――――まあ、確かに単純な考え方なのかもな」
自分で言ってて、言い訳になってないなって思ってしまった……ぐぬぅ
(あるじ、意外と考えてそうで考えてない?)
「おうおう、なかなか辛辣なお言葉ですな! …………まあ、実際俺は、別に優秀な人間ではないからな。師匠は確かに優秀なエージェントだったけど、俺は結局普通止まりだった。師匠が元々、エージェントにするためではなく、ただ単に生きるに困らないだけの技術を教えるために俺を鍛えていただけだって言うのもあるけど、それ以上に、俺には別に、特別な才能なんてなかったんだ。なのに師匠の夢を馬鹿みたいに追っちまってさ……結局、30歳なんてまだ若い内に、夢半ばでヘマしてくたばっちまった」
(……後悔してるの?)
「……いや、それは違うかな。別の生き方もあったかなとは思うけど、俺が頑張った結果、救えた人たちがいて、向けられた笑顔があって……俺は――そこに確かな幸せを感じていた。確かに、賢い生き方ではなかったし、俺を見て笑う者も多かったけれど、俺は生き方を間違えていると思ったことはない。だから、後悔はしていないよ」
この生き方を否定するってことは、師匠の夢を否定することになる。
それだけは、したくなかった。
(そっか……でも、なんだか哀愁が漂っているように見える)
「あー、まあ……救えなかったものも多かったから。それを思い出すと……つい、な。今回も、ちょっと油断し過ぎだったかもな。こんなことが無いように、この国に来て学んでたって言うのに、結局……」
(仕方がない。反省して、次に生かす)
「ふっ……そうだな。そうしよう。だから今は、次があるように祈っておくとするか」
(神様に?)
「あ~いや……あいつら自身に、かな?」
(……わたしも、祈る)
「……おう」