第百十話 『どうやら平和には嫌われてしまっているようだ』
学院へ入学してから、約半月が経過し、今日は時空の4日。
学院での俺の生活は順調で、特に目立つこともなく、特別あったことといえば、編入前の授業への出席代わりの補習くらいだろうか。
友人は……自己紹介の時に元気が良かったヴァイス君が何かと話しかけてくるくらいだろうか。
とはいえ、彼は誰に対してもそんな感じなので、別に特別親しいという訳では無い。
そういう意味では、俺はあまり青春はできていないと言えるだろう。
その代わりと言っては何だが、授業の方は順調で、一般教養も魔法学も、与えられた教科書の予習などとっくに済ませ、図書室の本を読み漁ることで、かなり色々新しいことを学ぶことができた。
ランデルさんにも、いくつもアーティファクトも見せてもらっていて、そちらの成果の方がデカいが。
それを応用した魔導具の試作品も、いくつか完成している。
まあ、詳細はおいおい語っていくとしよう。
他のメンバーの入学は、もう少し待ってもらっている。
印象としては大丈夫そうだが、俺はあくまでこの国に招待された身。
そこに裏が無いか。面倒な貴族などが国や学院に絡んでいないか。スレブメリナの勇者はどうしているかなど、様々な懸念材料があり、それの調査がある程度済み、一定の安全が確認できるまでは、俺以外が目立つような事態はなるべく避けたいと考えての判断だ。
過保護と言われるかもしれないし、多少はその自覚もあるが、彼女らは皆、俺の大切な人達だ。
もう誰かを失うようなことには、なってほしくない。
香奈なんかはブーブー言っているが、それでも俺の言う事をきちんと理解し、一応の納得はしてくれている。
ちなみに、皆にはそれぞれ課題を出し、特訓も兼ねて常設依頼の魔物狩りで、金策&冒険者ランク上げをしてもらっている。
香奈とリカちゃんにも、向こうにいる内にクリスタリアで冒険者登録だけはしてもらっていたので、問題はない。
無論、勇者だとばれないように、名前だけ、音が同じになりようにこちらの言語で登録したが。
偽名も考えたが、下手に嘘をついてもどこかでボロが出そうだったので、あえて本名をそのまま使った。
最後に、ランデルさんの研究協力依頼だが――――実はまだ特に何もしていない。
一応、彼の出した案を見て、いくつか意見やアドバイスはしているが、それだけだ。
魔法学もそこそこ学べたし、アーティファクトもいくつも見せてもらってて悪いから、そろそろ動こうとは思っているが。
実は試作品の魔導具のいくつかは、彼への協力の為の実験品だったりする。
さて、回想が少し長くなってしまったな。
そんなわけで、今日の授業を終えた俺は、そのままランデルさんの元へと向かうつもりだった……のだが……
「我々は、スレブメリナ王国の治安維持部隊の者だ。大人しく御同行願いたい。D級冒険者のレイジ殿?」
何故か治安維持部隊を名乗る兵隊さんに囲まれ、任意同行を要求されている。
……任意同行だと思いたい。
しかし、理由がわからんな。香奈たちが仕事中に何かやらかしたとかか?
「……理由を尋ねてもよろしいだろうか?」
「しらばっくれるつもりですかな? 理由が知りたいなら……貴様の胸に問うが良いわ! この、詐欺師めが!!」
お、おう? 急に大声でキレだしたぞ?
しかも詐欺師って……そんなことをした覚えはないし、こりゃ十中八九面倒な奴だな。
こうなると、勇者二人は立場的に大丈夫だとは思うが、フィルスが心配だな。
俺一人がターゲットになっているだけなら良いのだが……
さて、それで……ここはどうするべきかね。
下手に逃げて、皆が捕まっていたらマズいが、まだならむしろ逃げて合流できた方が良いかもしれない。
う~ん……まあ、一応安牌とっておくか。
「罪人呼ばわりされるようなことをした覚えは全くないのですが、まあ誤解ならすぐ解けるはずですし、わかりました」
万が一皆がすでに相手の手中にある場合、何されるかわからんからな。
一旦は、大人しく捕まっておくか。
まあ、ぶっちゃけ誤解だからすぐ解けるなんて甘い考えは、欠片も持っていないし、どうするか考えておかないとな。
はあ……転生前もそうだったが、どうやら俺は、平和ってやつに嫌われてしまっているらしい。
まあ正直に言えば、目まぐるしい毎日の方が、のんびりした穏やかな暮らしよりは、性に合ってはいるんだがな。
「――――では、そこで大人しくしているんだな」
軍施設らしき場所まで馬車で運ばれた俺は、そのまま装備を取り上げられ、独房のような部屋にぶち込まれる。
場所は地下。外からの光は無く、扉も鉄製で光を通さない。
しかし、取り調べも何もなくいきなりこれとは……ますます怪しい。
俺はヒトの姿を崩さないようにしつつも、支配下にある魔素を操作し、室外の様子を窺う。
操作距離限界があるから、調べられるのはせいぜいこの建物の中。それも下の方の階だけだろうが、今はそれで十分だ。
まず、独房のある区画は、見回りはおらず、唯一の出入り口の内側に一人と外に一人。
そこは鉄格子で区切られているだけで、中は丸見え。
独房の扉は、出入り口から直線通路の両サイドに設置されているため、扉を開ければ即バレる、か。
鍵は……外側の見張りの近くの壁に掛けてあるな。
鉄格子の隙間は楽に通りそうだし、使う時だけ中の奴に渡すのかな?
んじゃ、お次は一階だが……武器庫に倉庫、それから……あ、あった。押収物を保管してる部屋だ。
俺の物もちゃんとあるよな?
え~っと、短剣に、魔導具が三つ。それからギルド証に、財布の中身は……うん、全部無事だな。
二階はお偉いさんの部屋があるみたいだが……肝心の部屋までは、魔素が届かないか。
しばらく人の流れを見ていたが、おそらく二階のお偉いさんは、俺のことを罪人呼ばわりしてしょっ引いた野郎だな。
名前はバイゼル・フォークレイルか。一応、覚えておこう。
最後に、他の独房の中を覗いてみたが、今いるのは俺一人だけのようだな。
ということは、フィルスたちは無事なのかな?
別の所に捕らえられている可能性もあるが、とりあえずは無事である可能性の方が高いだろう。
さて、現状の把握は済んだし、後は一旦相手の様子を窺うとしますかね。
まだ目的も全く分かっていないし、俺をどうしたいのかも不明だ。
あるいは、マジで犯罪者だと勘違いして捕まえたって可能性もあるしな。
この世界の犯罪者の扱いとかよく知らんから、俺が読み違えているだけって可能性も十分にある。
しかし、裏に誰かいるのは確かだろうなぁ……
ま、いざとなればいつでも脱出はできるんだし、気楽にいきますかね。
最悪を想定し、それに備えることは大事だが、ずっと気を張っていたのでは精神が参ってしまう。
適度に気を抜き、適度に気を張るっていうのは、割と大事なことだ。
まあそんなわけで、今は目を瞑って少しでも休んでおきますかね。
寝てしまうのは流石にマズいだろうが、今回のは、ちょっと長くなりそうだからな。




