第百九話 『皆の前での自己紹介は、いくつになっても緊張する』
学院への入学試験の三日後。
学院の制服に身を包んだ俺は、学院の門番に、貰ったばかりの学生証を見せる。
「ご入学、おめでとうございます。どうぞお通り下さい」
さあ、今日から俺の青春が始まる!!
「やあ、レイジ君。待っていたよ」
職員室へ行くと、担任のトーマス先生が俺を出迎えてくれる。
「……今日から、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく!」
これは余談だが、選択授業でホームルームもないのに、担任って必要なのか? と思い、昨日試験が終わった後学院長に聞いてみたところ、いくつかの必修授業はそのクラスの担任が受け持つ他、週に一コマ、必修としてホームルームが設けられているらしい。
もっとも、内容はほとんど担任の自由で、事務的な連絡事項や、その他イベントの準備以外は、結構緩いところが多いみたいだが。
あぁ、それから昨日の試験だが、第二試験は魔法一発、第三試験は強化した拳の一撃で相手を倒してしまった。
正直、もうちょい楽しめると思っていたのでガッカリだ。
まあ、学院長は顎が外れるんじゃないかってくらいすさまじい驚き顔の後に爆笑してたけど。
あと、服装については注意を受けたが、理由を正直に言うと、またまた爆笑しながら「体を張り過ぎじゃろ!」とか言われた。
まあ、意図についてはわかってくれた上で、差別行為は禁止しているが、そういう輩も多いと教えてくれた。
とりあえず、学院長が味方でいてくれそうなのは良かったかな。
「さあ、ここが今日から君の所属するクラス"F―01"だ」
そう言って先生が立ち止まったのは、ちょっと高級感のある扉の前。
やっぱりどこも内装は良いもの使ってるのね。
ちょっと慣れるまでは、居心地が悪そうな建物だ。
「クラス分けのシステムについては、ちゃんと事前の資料を読んで来てくれたかい?」
「はい。確か、定められたいくつかの課題の内、どれか1つをクリアする毎にクラスのランクが上がり、Aクラスで課題をクリアした時点で卒業資格を得られる、でしたよね?」
それについては、昨日制服と一緒に渡された資料に書いてあって、面白そうだと思ったからよく覚えている。
「ああ、その通りだ。まあ、テストなどの成績も加味して判断する都合上、最初のテストを受けてもらうまでは、クラスアップはできないけれどね」
この、実力さえあればどんどん上を目指せるシステムは、冒険者ギルドのそれと似ている気がする。
そういえば、一応冒険者の仕事も、権利が剥奪されない程度にはこなしておかないとな。
今はまだ大丈夫だが、研究に没頭して忘れてた、なんてことだけは避けなければ。
確か、協会へ行けば、共通依頼だけは達成できるんだったか。
「レイジ君? どうかしたかい?」
っと、つい思考が逸れてしまっていたようだ。
先生を無駄に心配させてしまった。
「いえ、ちょっと考え事をしていただけです。すみません」
「そうかい? もう察しはついていると思うけれど、今はちょうどホームルームの時間でね。皆に君を紹介しようと思っている。緊張はしていないかい?」
「ええ、大丈夫です。俺の入学を今日にしたのも、ホームルームに合わせてなんですよね?」
「ははは……バレバレだったか。そうだよ。そのために、ちょっとだけ準備を急いでもらったんだ」
そう言って先生は、照れ臭そうに頭を掻く。
「さて、それじゃあ僕が先に教室に入るから、僕が呼んだら入ってきてね」
「はい」
俺の返事に満足そうに頷くと、トーマス先生は教室へと入って行き、ホームルームを始める。
中から聞こえてくるのは、先生の、編入性がいるという陽気な声と、生徒たちの驚きと好奇の声。
……こういうのは経験が無いから、やけに緊張するな。
俺もいい大人だというのに、情けないな……ふふっ
「では、入ってきてくれ!」
さて、出番のようだ。
出だしでコケなければ良いのだが……
俺は扉を開け、堂々と教室へと入って行く。
生徒たちから向けられるのは、様々な視線。
興味や不安、嫌悪の視線も感じるな……
でも、それは想定内のこと。
俺の事情を知っていて、ずるいとか思う奴もいるだろうし、Dランクの冒険者なんて下賤な輩がとか言う奴もいるかもしれない。
でも、それは別にいいんだ。
そういう奴らが多いようなら、フィルスたちの入学に対し、慎重にならざるを得ないというのはあるが、俺自身がそういう目で見られるのは別にいい。
確かに楽しい学園生活が送れればとは思っているが、主目的はあくまで魔法を学ぶことだからな。
「ご紹介に与りました、レイジです。よろしくお願いします」
一応、貴族も多く在籍する一流校なので、丁寧に挨拶をし、綺麗な礼をする。
上手くできているかは若干不安だが、一応練習もしたし、大丈夫だとは思う。いや、大丈夫だ。そう信じよう。
「はい、ありがとうレイジ君。でも、名前だけでなく、もう少し皆色々知りたいだろうし、今はホームルームで時間もたっぷりあるからね。何か、自分をアピールしてみてくれないかな?」
ぐっ! やはりそう来たか。
でも、俺って自分のアピールとか、良いところを言うのって苦手なんだよなぁ……う~ん……
「はいはいっ! 何もないなら、質問いいですか!?」
俺が言葉に詰まってしまい、教室の空気が微妙になってきたその時――――不意に前の方の席に座っていた男子生徒が元気よく立ち上がり、声を上げる。
こんな格式高そうな場所で珍しいタイプだなと思ったが、周りの反応も苦笑いや見下した視線が多いことから、実際場違いな態度なのだろう。
……まあ、俺は助かったし、好ましいとも思うが。
「はっはっはっ! ヴァイズ君はいつも元気が良いね。レイジ君さえ良ければ、僕は構わないよ?」
「あ、はい。大丈夫です。というか、むしろその方が助かります。こういうのは、あまり慣れていないので……」
「そんじゃとりあえず、一番気になってることから……レイジって、もしかしてレムサムの武闘大会で優勝したあのレイジなのか!?」
ぐっ!? いきなりそこを突いてくるか……やけに情報が早いじゃないか。
まあでも、あれだけの人間に見られていたのだし、誤魔化しても意味ないかな。
「ええ……まあ、一応」
「おお!! それじゃあさ、なんでここに通おうと思ったの? 凄い魔法いっぱい使ってたって聞いたけど」
お、おう……身を乗り出して凄い勢いだな。
というか、俺だからいいけど、貴族とかだったらその口調はマズいんじゃないか?
「えっと……私は知識が結構偏っている自覚がありましてですね……それで、一度きちんと学びたいと相談してみたところ、ここを勧められまして」
「ふ~ん……じゃあ一応普通の質問もしとくな。趣味とか特技はあるか?」
「そうですね……趣味も特技も今は一緒で、魔導具製作ですかね? といっても、まだまだ始めたばかりの半人前ですが」
くそぅ……このヴァイス君とやらと話していると、ついつい敬語が抜けそうになる。
貴族相手なら、多少は自然に出せても、こんな態度で話されたら……なぁ?
「へー!! すげえな!! どんなの作れるんだ!?」
「え、えっと――――」
「はっはっはっ! 元気なのは良いけど、これではもはや一対一の会話と変わらないね。というわけで、一旦質問タイムは終了して、今日の予定に移ってもいいかな?」
「え~……は~い」
「というわけで、レイジ君の席は、あの後ろの空いているところだよ」
「あ、はい」
ふぅ……とりあえずは助かったか。
ヴァイス君のことは嫌いではないが、厳かな感じだと思っていたところにあの勢いで迫られては、こちらも心の準備ができていなかったから、ちとキツかった。
まあでも、あいつは今後気軽に話せる相手になってくれそうで、その存在が俺の精神的負担を軽減してくれる。
そうして俺が席につくと、先生は連絡事項を伝え始める。
さて、俺の異世界学校生活は、果たして良き思い出になってくれるのか否か……いや、それを決めるのもまた、俺の行動次第か。
では、いっちょ気合を入れて頑張っていきましょうかね!
人間関係は最初が肝心だし、変に悪印象を持たれないように!!




