君は1000%
二十年来の親友が婚約した相手は、どこがよいとも悪いとも言えない空気のごとく印象の薄い少女だった。
と、はじめは思っていた。
「……なにをしている、マリエル嬢」
「まあ殿下ごきげんよう。ただ今取材中ですので、申し訳ございませんがこのままで失礼いたします」
見た目は本当に地味なんだがな。覚えるのに苦労するほど平凡な外見を、しかし中身がとことん裏切っている。
「そのような物陰にコソコソ隠れて、なにか悪さでも企んでいるのか」
「取材だと申しているではありませんか。近衛の皆様の訓練風景を見学しているだけです。執筆の参考に」
彼女がいるのは訓練場のすみっこだ。騎士たちを見ているのはわかっていた。それだけなら別に問題はないのだが、植え込みの陰にしゃがみ込んで身を隠し、手帳とペンをかまえているのが不気味すぎる。
「ただの覗きにしか見えんぞ。痴女か」
「失礼な。ちゃんとシメオン様にお願いして許可をいただきました」
「ならば隠れずとも堂々と見ればよいではないか」
「皆様に余計な緊張を与えないようにと思いまして。部外者の、しかも女がいると気になるでしょう? 訓練のお邪魔になりますから――あっ、三番すごい! 僧帽筋が歌ってる!」
「三番どれ!?」
「五番と八番も負けてない、この筋肉は文化財級!」
「文系に厳しい文化圏だな!」
「みんな筋肉、みんなすごい、もはや筋肉見本市!」
「会場中筋肉とかやめてくれ想像だけで気絶する!」
「いいかげんにしなさい二人とも!」
いつの間にか一緒にしゃがんでいた頭上から、怒りの声が降ってきた。……なぜ私まで叱られるのだ。
たまりかねてやって来た婚約者の姿に、マリエル嬢は口を閉じたかと思ったら、そのままおとなしくなるわけでもなく扇を取り出した。ぱっと開いて掲げる。貴婦人の持ち物らしからぬ無地の扇面には、大きな文字で「顔がいい」と書いてあった。
さらに叱りつけようとしていたシメオンが脱力する。私は立ち上がって友の肩を叩いた。
「シメオン、くり返し尋ねるが、本当にこの娘でよいのか?」
「……………………………………………………はい」
恋に輝く瞳でひたむきに婚約者を見上げる姿は、まあ可愛らしい。シメオンも疲れた顔をして結局幸せそうだし、それでよいのだろう。ああ、まったく、他人の恋路など馬鹿馬鹿しい。うらやましくなどないし、ひがんでもいないからな。ふん!
7/2(木)にノベル7巻、7/27(月)にコミカライズ3巻が発売になります。
くわしくは6/27付の活動報告にて。