表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GATEKeePer−世界にその価値はあるのか−  作者: 大福


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/29

第29話 帰る場所


 最前線では。


 上位種を失った怪異達が、次々と倒されていた。


 統率を失った群れに。


 もはや、先ほどまでの勢いはない。


 英雄達が押し返す。


 剣が走り。


 槍が貫き。


 魔法が怪異を呑み込んでいく。


 その光景を。


 大蛇は少し離れた場所から見つめていた。


「どうやら、こちらは片付きそうですね。」


 隣に立ったオリオンが弓を下ろす。


「ええ。」


 大蛇は静かに頷いた。


 周囲では。


 生き残った兵士達から、少しずつ歓声が上がり始めている。


 だが。


 大蛇は笑わなかった。


 視線を上げる。


 遥か遠く。


 最後の門がある方角へ。


「……。」


 オリオンも、その横顔を見る。


 先ほどまで。


 数え切れない怪異を前にしても崩れなかった大蛇の表情から。


 僅かに余裕が消えていた。


「大蛇さん。」


「はい。」


「何か?」


 大蛇はすぐには答えなかった。


 やがて。


 小さく首を振る。


「……いえ。」


 もう一度だけ。


 遠くを見つめる。


「ここは皆さんにお任せしましょう。」


「分かりました。」


 二人は歩き出す。


 勝利を喜ぶ英雄達の横を。


 静かに。


 最後の門へ向かって。


     ◇


「……。」


 悠真が足を止めた。


「悠真?」


 隣を歩いていたエレナも止まる。


「どうしたの?」


「いや……。」


 悠真は周囲を見回した。


 木々。


 岩。


 細く続く道。


 特別なものは何もない。


 初めて見る景色のはずだった。


 なのに。


「ここ……。」


「うん。」


「知ってる気がする。」


「ここを?」


「分からないけど。」


 悠真は道の先を見る。


 胸の奥が。


 妙にざわついていた。


 怖いわけではない。


 むしろ。


 懐かしい。


「前に来たことあるのかな。」


 悠真が呟く。


 少し前を歩いていたヒュプノスの足が。


 一瞬だけ止まった。


 ほんの一瞬。


 すぐに歩き出す。


「ヒュプノスさん。」


「はい。」


「最後の門まで、あとどれくらいですか?」


「……明日には到着します。」


「明日……。」


 悠真は小さく頷く。


「分かりました。」


 再び歩き出す。


 その後ろで。


 エレナはヒュプノスを見た。


 何か。


 少しだけ。


 いつもと違う。


 そんな気がした。


 だが。


「エレナ?」


 悠真に呼ばれ。


「今行く。」


 エレナは悠真の隣へ戻った。


     ◇


 その日の夜。


 三人は川の近くで休むことになった。


 食事を終え。


 ヒュプノスは少し離れた場所で装備を確認している。


 悠真は川辺に座り。


 流れる水を眺めていた。


「悠真。」


 振り返る。


 エレナが立っている。


「どうした?」


「ちょっと歩かない?」


「いいよ。」


 悠真は立ち上がった。


 二人で川沿いを歩き始める。


 エレナが悠真の隣へ並ぶ。


 少しして。


 手が触れた。


 エレナが悠真を見る。


 悠真も見る。


 何も言わず。


 悠真から、その手を握った。


 エレナが少し笑う。


「何?」


「別に。」


「今、笑っただろ。」


「笑ってない。」


「笑ってた。」


「悠真から繋いでくれたから。」


「……悪い?」


「逆。」


 エレナの指が動く。


 悠真の指へ絡む。


「嬉しい。」


「そっか。」


「うん。」


 悠真も握り返した。


 二人で歩く。


 エレナが少しずつ悠真へ近づき。


 やがて肩が触れる。


 悠真は何も言わない。


 むしろ。


 繋いだ手を引いて。


 少しだけ自分の方へ寄せた。


「……悠真?」


「ん?」


「何でもない。」


 エレナが悠真の腕へ身体を預ける。


 そのまま。


 二人はゆっくり歩いた。


 しばらくして。


 エレナが小さく歌い始める。


 鼻歌に近い。


 静かな歌。


 悠真は黙って聞いていた。


 そして。


 ふと気づく。


「……その歌。」


「ん?」


「前にも歌ってたよね。」


「いつ?」


「最初にエレナを見かけた時。」


 エレナが足を止める。


「……あの時、聞いてたの?」


「うん。」


「声かけてくれればよかったのに。」


「あの時は、そんな感じじゃなかっただろ。」


「まあ……そうだけど。」


 エレナが笑う。


「何ていう歌?」


「『帰る場所』。」


「帰る場所……。」


 悠真が小さく繰り返す。


「昔から好きなんだ。」


「へえ。」


「悠真にはある?」


「何が?」


「帰る場所。」


 悠真は少し黙った。


 自分の家。


 故郷。


 家族。


 思い出そうとしても。


 何も浮かばない。


「……前は、なかったと思う。」


「そっか。」


「でも。」


 悠真は。


 繋いでいる手を見る。


 そして。


 エレナを見る。


「今はあるよ。」


「……どこ?」


 悠真は答えなかった。


 代わりに。


 繋いだ手を少し持ち上げる。


 エレナがそれを見る。


「……。」


「分かるだろ。」


「ちゃんと言って。」


「言わなくても分かってるじゃん。」


「聞きたいの。」


「……。」


 悠真は少し困ったように笑う。


 それから。


 エレナの手を握り直した。


「エレナがいるところ。」


「……。」


「そこが、俺の帰る場所。」


 エレナは何も言わなかった。


 ただ。


 嬉しそうに。


 悠真の肩へ頭を預ける。


「じゃあ。」


「ん?」


「私も同じ。」


「同じ?」


「悠真がいるところ。」


 悠真は少し笑った。


「それじゃ、家じゃないな。」


「いいじゃん。」


「いいの?」


「帰りたいところが、帰る場所でしょ。」


「……そっか。」


「そう。」


 二人は再び歩き始めた。


 しばらくして。


 エレナが口を開く。


「全部終わったらさ。」


「うん。」


「悠真、どうするの?」


「どうするって?」


「ヒュプノス達と一緒に、怪異と戦い続けるのか。」


 エレナは少し考える。


「それとも。」


「普通に暮らすのか。」


「……。」


「考えたことある?」


「ない。」


 悠真は素直に答えた。


「今まで。」


「その先っていうのを、あんまり考えたことなかった。」


「そっか。」


「エレナは?」


「私も分かんない。」


「じゃあ一緒だ。」


「何それ。」


 二人が笑う。


 だが。


 悠真の笑みが。


 ゆっくり消えた。


「……エレナ。」


「ん?」


「俺さ。」


 悠真が立ち止まる。


 エレナも止まった。


「本当に。」


「死なないのかな。」


 エレナは黙った。


 悠真は自分の胸へ手を当てる。


「心臓を貫かれても。」


「生きてた。」


「右腕も。」


「なくなったのに戻った。」


 自分でも。


 未だに信じられない。


「もし。」


「これからもずっと、そうだったら。」


「……。」


「エレナは歳を取るのに。」


「俺だけ変わらなかったら。」


 悠真は少しだけ俯いた。


「十年。」


「二十年。」


「もっと経っても。」


「俺だけ今のままだったら。」


 エレナが悠真を見る。


「怖い?」


「うん。」


「死なないことが?」


 悠真は首を振った。


「違う。」


 少し間を置く。


「エレナがいなくなった後も。」


「俺だけ残ることが。」


 エレナの表情から笑みが消えた。


「それを考えると。」


「怖い。」


 悠真は繋いでいた手を見つめる。


「だから。」


「俺が普通に生きていいのかも、分からない。」


「……どういうこと?」


「エレナと普通に暮らして。」


「一緒に歳を取れるならいい。」


「でも。」


「俺だけ歳を取らないなら。」


 悠真は言葉を探す。


「いつか。」


「エレナを苦しませるんじゃないかって。」


「……。」


「それなら俺は。」


「怪異と戦ってた方が――」


「悠真。」


 エレナが遮った。


「勝手に決めないで。」


「え?」


「私が苦しむかどうかを。」


「悠真が一人で決めないでよ。」


「……ごめん。」


「謝るところじゃない。」


 エレナは悠真の正面へ回った。


「まだ分からないんでしょ?」


「うん。」


「悠真が本当に歳を取らないのか。」


「うん。」


「普通に暮らすのか。」


「うん。」


「怪異と戦うのか。」


「……うん。」


「だったら。」


 エレナが悠真の両手を握る。


「分かった時に考えよう。」


「その時?」


「うん。」


「二人で。」


 悠真がエレナを見る。


「二人で?」


「当たり前でしょ。」


 エレナが少し笑う。


「恋人なんだから。」


「……そういうもの?」


「そういうもの。」


 悠真も少しだけ笑った。


「じゃあ。」


「ん?」


「ずっと、一緒にいてくれる?」


 エレナが眉を寄せる。


「今さら聞く?」


「……一応。」


 エレナは悠真の胸へ額を当てた。


「前にも言ったでしょ。」


「百年なら百年。」


「千年なら千年。」


 顔を上げる。


「その時も隣にいる。」


「無茶苦茶だよ。」


「知ってる。」


「千年だよ?」


「じゃあ九百年。」


「ほとんど変わってない。」


「細かいなあ。」


 悠真が笑った。


 エレナも笑う。


 少しして。


 悠真はエレナの頭へ。


 そっと手を置いた。


「ありがとう。」


「何が?」


「分からない未来を。」


「一緒に考えてくれるって言ってくれたこと。」


 エレナは顔を上げる。


「一人で考えないで。」


「うん。」


「勝手にいなくならないで。」


「うん。」


「ちゃんと相談する。」


「分かった。」


「約束。」


「約束。」


 エレナが小指を出す。


 悠真は笑いながら。


 自分の小指を絡めた。


「子供みたい。」


「いいの。」


「はいはい。」


「返事が軽い。」


「ちゃんと約束するよ。」


 エレナは満足そうに頷いた。


 そして。


 また手を繋ぐ。


「じゃあさ。」


「うん。」


「普通に暮らすことになったら。」


「うん。」


「海、行こうよ。」


「海?」


「二人で。」


「いいよ。」


「街も。」


「うん。」


「美味しいものも食べたい。」


「それも。」


「色んなところ行きたい。」


「多いな。」


「これから時間あるんだからいいでしょ。」


 悠真が笑う。


「そうだな。」


「急がなくてもいいし。」


「うん。」


「ゆっくり行こう。」


「うん。」


 エレナが悠真の腕へ身体を寄せる。


「二人でね。」


 悠真は。


 繋いだ手を強く握った。


「二人で。」


 夜道を戻る。


 遠くに。


 ヒュプノスが待つ場所が見えてきた。


「じゃあ。」


 エレナが手を離そうとする。


 だが。


 悠真は離さなかった。


「……悠真?」


 エレナが振り返る。


 悠真は少しだけ迷って。


 エレナを自分の方へ引いた。


 顔を近づける。


 唇が触れる。


 短い。


 静かなキス。


 離れた後。


 悠真の方が少し照れていた。


 エレナが笑う。


「悠真からした。」


「……悪い?」


「ううん。」


 エレナは嬉しそうに首を振った。


「もう一回する?」


「調子に乗るな。」


「何それ。」


 悠真が笑う。


 エレナも笑った。


「じゃあ。」


「うん。」


「おやすみ。」


「おやすみ。」


 エレナが数歩歩く。


「エレナ。」


「ん?」


 振り返る。


 悠真が立っている。


「また明日。」


 エレナは笑った。


「うん。」


「また明日。」


 二人は。


 明日も同じように笑えると思っていた。


 未来のことは。


 二人で決めればいい。


 そう信じていた。


 明日。


 最後の門へ辿り着くまでは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ