INTERLUDE2 ビュイッソンの武器職人
クリーパー撃破後の分解消滅による悪臭に耐えられなかったマックスは、ものすごい勢いで階下へ降り、玄関から外へ飛び出した。シャラマンはある程度慣れていたので、彼のあとからゆっくりと下へ降りた。体力を消費した五十代には、瓦礫の山を、足を滑らせずに降りるのが精一杯だ。
エントランスホールに戻った頃には、クリーパーの躯は分解しきっており、跡形もなく消え失せていた。だが、悪臭はまだ残っている。
大活躍だった若衆三人は、すでに建物の外に出ていた。分解消滅の洗礼を受けたマックスとディーノは横に並び、林の清涼な空気を肺に取り込まんと、大きな深呼吸を繰り返している。
シャラマンも澄みわたる空気を胸いっぱいに吸い込んだ。吹き過ぎていく爽やかな風が、労うように全身を包む。
サイファーはさすがというか、あの臭気に慣れきっているのだろう、深呼吸をするでもなく平然と佇んでいる。ただ、陽光が眩しいのか、ミリタリーコートのフードを目深に被っていた。
「なんやねんもーーーーー! 死に際のすかしっ屁か臭すぎやろ! あんなん人間が嗅いでええやつちゃうわ、兵器や、もはや兵器! 化学兵器や! あんなもん吸い込んだら肺が腐るわ!」
ようやく落ち着いたらしいマックスが、盛大に文句を言いながら戻ってきた。そのうしろからディーノが、顔をしかめたままついてくる。
「いやあ、ホンマ強烈やったなあ。なんか頭痛までしてきた気がする」
こめかみを揉むディーノを見て、シャラマンは苦笑した。
「分解消滅する際に放出する臭気の度合いは、メメントの体積に比例するからね。小型のメメントなら軽度で済んだだろうけど」
「シャラマンさんとサイファーさんは平気なん?」
「まあ、長いこと研究に携わっていたしね。最前線に立っていたサイファーなら、なおさら耐性がついていると思うよ」
フードで顔の上半分が隠れたサイファーが、口の端で意地悪く笑った。
「あの程度、臭いの範疇にもねェぞ。ずいぶんお上品な鼻をお持ちで」
「当たり前や、俺らの鼻は非常に繊細やねんぞ。お前の鼻とは造りの精巧さが違うてんねん、バカ鼻がよ」
サイファーの皮肉にはすぐに噛みつくマックスである。
シャラマンは、そんなマックスに一歩近づいた。
「マックス。その、心強かったよ。ありがとう」
さっき言いそびれた謝意を伝えた。
たった一人でクリーパーの囮になろうと挑んだものの、結局一人では役に立たなかった。マックスの支援がなかったらどうなっていたか。
マックスは一瞬、複雑そうに眉根を寄せた。が、すぐに眉間のしわをほどくと、今度は唇を歪めた。
「別に礼言われることなんかしてへんわ。戦えもせん奴に目の前で死なれたら気ィ悪いねん。あんたにしては根性出したんやろとは思うけどな」
素直に感謝を受け取ってくれないマックスに、シャラマンはつい笑ってしまった。
「なに笑てんねんゴラおっさん。ここであんたになんかあったら、俺らがここまでついてきた意味もご足労も、全部無駄になるやろがい」
「いや、すまない、それはそのとおりだ。悪かった」
マックスの顔つきがみるみる険悪になっていくので、慌てて両手を振るシャラマンである。
「まあまあ。みんな無事で、なんとかメメント倒せたし。結果オーライでええやん、な」
ディーノが間に割って入ってくれたので、それ以上噛みつかれることはなかった。
「それはそれとして、サイファーさんのゴーグル、どうします? このままやと困るでしょ」
ディーノの言葉を受け、サイファーが口を開いた。
「無けりゃ無いでそれなりに楽しめるがな」
「お前の楽しみなんぞどうでもええわ! 俺らが困るっちゅーねん!」
マックスがすかさず抗議する。
シャラマンはジャケットの内ポケットから、壊れたゴーグルを取り出した。
「あいにくだが、私はこれを直せない」
「あんたマキニアン創った科学者やんけ」
「たしかに私は細胞置換技術を始めとする、マキニアン自身やそのシステムを管理運営するチームの責任者だったけれど。故障したのが細胞装置であれば、私の専門だ。でも、サイファーのゴーグルは純粋な機械装置なんだ。私はメカの扱いには長けていない。これはフェルディナンドの分野だよ」
ディーノが「そうなん?」とサイファーに聞くと、マキニアンは「ああ」と頷いた。
「人体を知り尽くしている外科医が、その人体が扱う道具に精通しているわけじゃないのと同じだ」
「なるほどー」
「けれど言い換えれば、ちゃんとした技術と知識がある者なら直せるかもしれない、ということだよ」
シャラマンは手中のゴーグルを、マックスとディーノに見せた。
「このゴーグルで最も肝心なパーツは、この赤いレンズなんだ。これはフェルディナンドが造った特殊なレンズでね。幸いなことに、ヒビが入っているのはほんの少しだけだ。このレンズを、例えば一般的な眼鏡レンズと同じくらいの大きさに切り出し、新たにフレームを造って嵌め込めば、これまで同様に使えるはずだよ」
「で、直せる奴って誰や」
マックスが、故障したゴーグルを胡散臭そうに眺める。
「第一級特殊兵器取扱資格者、あるいは匹敵する知識と技術を持つ人だね。ただ、そんな人はなかなかいないかもしれないが……」
「裏稼業者の武器職人やったら、そんな資格持っとるんちゃうかな」
ディーノがそう呟くと、マックスは携帯端末を取り出し、指で画面を叩き始めた。
「姐さんに訊いてみるわ」
誰かに電話するらしい。
「おー、姐さん久しぶり。元気しとる? 店壊されてへんか?」
朗らかな口調で、通話し始めたマックス。相手は誰だろうと思っていると、察したディーノが教えてくれた。
「俺らの前の活動区域やったレムル・シティで、世話になっとった〈窓口〉の姐さんや。いろいろ顔が利く人やねん」
電話で話していたマックスが、
「ほな、それディーノに説明したって」
と、端末を相方に渡す。ディーノは、端末の向こうの人物が目の前にいるかのように、人懐こく笑った。
「どうもターシャ姐さん、ご無沙汰してますー。ええまあ、ぼちぼちです」
それからしばし言葉を交わしたあと、「ありがとうございます。ほな」と締めくくって、ディーノは通話を終了させた。
「ビュイッソンって地区に、なんとかしてくれそうな武器職人がおるらしい。姐さんが現地の〈窓口〉と知り合いで、話を通しとってくれるって」
こうして、あっという間に武器職人が見つかった。何か問題が起きた際、現状打破するためのマックスとディーノの行動力には、いつも舌を巻かされる。彼ら自身も顔が広く、状況に応じて人脈を活用する強みがあるからだろう。
ビュイッソンという地名は、シャラマンも知っていた。スラム街とまではいかないものの、そこそこ治安が悪いと言われている場所である。
シャラマンは携帯端末で地図を確認した。
「ビュイッソンなら、ここから一時間ちょっとくらいで着くかな。サイファー、移動の間、目は大丈夫かい?」
「あんたに気遣われるほど弱っているように見えるか?」
“見る”能力を失い、光から目を守るためにフードを被っていてなお、強者のオーラを纏う男には無用の心配だった。
*
ビュイッソンまで約一時間、と言ったのは、もちろん公共交通機関を利用する前提での見積りだった。若者三人はともかく、歩いて行ける自信はシャラマンにはない。
ところが行動力あり余る賞金稼ぎコンビが、またしてもどこからともなく新しい電動車を調達してきたため、想定の半分の所要時間で目的地に到着したのだった。
三列シートの大型オフロード車である。長身のサイファーとディーノも、余裕をもって座れる広さだ。中古車販売店に駆け込んでも、そう簡単に入手できる車ではないと思うが、どうやって手に入れたのか。非常に気になるが、もはやシャラマンは訊くことを諦めた。
ビュイッソン地区の街並みは、取り立てて荒れているとか、不穏な空気が漂っているということはなかった。ただ人通りが少なく、閑散としている。
紹介された武器職人の居所は、そんなビュイッソンの街外れにあった。
そこは一見すると、廃材回収業者の作業場のようだった。乾いた広場をフェンスが囲い、その内側に大小さまざまな廃材が、あちこちに積み上がっている。タイヤ、木材、金属くず、壊れた家電製品、廃車など。
いろいろな臭いも漂っている。鉄、錆、焦げたゴム、濁った水。空気が澄んでいるとは言えないが、メメントの分解消滅に比べればかわいいものだ。
それらの廃材の山の向こうに、ガレージが併設された二階建てオフィスが建っている。
やや離れた場所に車を停め、シャラマンたちは作業場に近づいていった。
フェンスの一部が門になっており、電子ロックで施錠されていた。頭上では、監視カメラが目を光らせている。
ディーノが監視カメラに向かって手を振った。
「こんにちはー。レムル・シティの〈窓口〉の口利きで来ました」
挨拶に応えるように、カメラが少し動く。どこかにスピーカーが付いているらしく、男の声が返ってきた。
『マジで来たのかよ。しかもなんかガラの悪そうな連中だな。厄介事には巻き込まれたくねえぞ。何が目的だよ』
「裏稼業者に“ガラが悪い”なんぞ言われたないわ。ええから開けろや。〈窓口〉の紹介、無碍にする気か」
マックスが巻き舌で対抗する。
『ガラの悪い奴の物言いじゃねえか! いくら〈窓口〉の口利きっつったってな、そっちの素性がわからねえうちから、中に引き入れるわけねえだろ!』
「用心深い人物のようだね」
呟くシャラマンの前に、サイファーのたくましい背中が割り込んできた。長い片足をおもむろに振り上げ、シャラマンが止める暇もなく、フェンス門を閉ざす電子ロックを乱暴に蹴りつける。ロックはいともたやすく壊れ、軋み音をたてながら門が開いた。
『お、お前、何してくれてんだよ!』
監視カメラのスピーカーから、甲高い怒りの声が降ってくる。
『人様んちの鍵を足で壊す奴があるか! 全身全霊でガラの悪さ体現してんじゃねえかよ! 信じらんねえ! いいか、そこから一歩でも入ってみろ! たたじゃおかねえ!』
そんな警告には構わず、サイファーはずかずかとフェンスの内側に踏み込んでいった。マックスとディーノも、当然のように続く。焦っているのはシャラマンだけだった。
「も、申し訳ない。私たちは優秀な武器職人を捜していたんだ。君なら力になってくれるかもと紹介されたので、ここまで来た。その、ロックを壊したことは本当にすまない。だけどどうか話を聞いて、ああああ君たち、ちょっと待って! とりあえず止まって!」
シャラマンが監視カメラに向かって釈明している間にも、三人はオフィスの方へ進んでいた。仕方なくシャラマンも彼らのあとを追う。
先頭のサイファーがガレージの前まで来たとき、オフィスと繋がっているであろうドアが、勢いよく開いた。
姿を見せたのは、うねった黒髪を持つ肥えた男だった。年は二十代後半あたりだろう。往年の人気ロックバンドがプリントされたTシャツと、だぶだぶのカーゴパンツという出で立ちである。
男は何かに驚いたような表情で、口をあんぐりと開けていた。右腕を上げ、丸っこい指でこちらを指差す。その指先が、小刻みに震えていた。
「おい、あんた、まさか……アンドリュー・シャラマン博士か?」




