INTERLUDE2 共に闘う
サブマシンガンの弾倉を交換し終えた、ちょうどそのとき。
マックスの前にそびえ立つクリーパーの足元を、ひょろ長い人影が駆け抜けていった。どう見ても相方だ。
「あいつ何してんねん。おっさんはどうした」
一人で戦場に降りてきたのなら、シャラマンを置いてきたということだ。ディーノのことだから、何の考えもなく、非力な科学者の護衛を放棄したりはしないだろうが。
サイファーと交戦しているクリーパーは、地響きを起こすほど脚を踏み鳴らして暴れている。ディーノはマックスのもとには来ず、メメントに潰されないよう避けながら、サイファーがいる方へ向かって行った。
その途中で一瞬だけ、ディーノがマックスの居場所に気づき、上階を指差した。
相方の示す方を見上げる。
回廊を走る、シャラマンの姿が確認できた。四階に上がろうとしているようだ。向かう先には、回廊の反対側に繋がる渡り廊下がある。
マックスは視線を落とし、サイファーと、彼の側にたどり着いたディーノを見て、再度階上のシャラマンを見上げた。
何をするつもりなのか、わかった。途端、首のうしろが強張る。
「アホちゃうか、あのおっさん!」
悪態をつくより早く、マックスは階段に向かって走り出していた。
コンクリート製の階段を、精一杯の速度で駆け上がる。無理して二段飛ばしで昇ったものだから、四階に到達したときには膝が笑っていた。
前かがみになって息を整える。だが悠長に休んでいる時間はない。
「まったく、このポンコツめ。だらしないぞ」
シャラマンは自分の身体に喝を入れ、渡り廊下を目指した。
途中、手頃な大きさの瓦礫を見つけ、いくつか拾った。ひび割れた壁から剥がれ落ちたものだろう。
渡り廊下にたどり着き、手摺り壁から身を乗り出して階下を見下ろした。エントランスホールを暴れ回るクリーパーを相手に、サイファーたちが健闘している。
ゴーグルが使えなくなったサイファーは、やや苦戦気味ながらも、聴力と気配だけでメメントと渡り合っていた。その彼のもとへ、ディーノが走り寄っていく。
マックスはどこだろう。クリーパーの巨体に遮られ、姿が見えないのかもしれない。
シャラマンは瓦礫をひとつ、クリーパーめがけて投げ落とした。しかし巨体にはかすりもせず、地面に転がった。
もうひとつ投げる。今度は脚の一本に当たったが、クリーパーの注意を引くほどの威力はなかった。
残った瓦礫もすべて投げ落としたが、ことごとく的を外した。
自分のノーコンぶりにため息が出る。思えば子どもの頃から学生時代まで、体育のベースボールでまともに球を投げられた試しはなかった。打つ方も然り。
とにもかくにも、どうにかしてクリーパーの注意を、こちらに向けねばならない。他にいい手がないか、周囲を見回した。
渡り廊下の向こう――来た方とは反対側の回廊の壁際に、何かが立てかけられている。会議などでよく使われるような、折りたたみ式の椅子だ。この施設が廃棄されるとき、片付けられることなく打ち捨てられたのだろう。
シャラマンは急いで回廊まで走り、折りたたみ椅子を掴み上げ、渡り廊下の元の位置に戻った。
椅子を掲げ持ち、階下のクリーパーを注意深く見る。誤ってサイファーたちに当たらぬよう、メメントの注意を惹きつけられる部位に当たるよう、慎重に狙いを定め――投げた。
瓦礫よりも重い折りたたみ椅子は、ゆるいカーブを描き、クリーパーの複数ある円錐状の目のひとつに命中した。
さすがのメメントも、目をやられてはかなわぬようだ。けたたましい絶叫をあげ、巨体をのたうちまわらせた。
「よし!」
思わず両手を握りしめた。
だが、成功の喜びは長く続かなかった。クリーパーが頭上を見上げ、攻撃してきた者を捜して、残りの目をぎょろぎょろと動かしているのだ。そしてシャラマンの存在に気づき、怒りの声をほとばしらせた。
クリーパーはサイファーとの対戦を放棄して、怒りの矛先をシャラマンに移した。巨体に似合わない跳躍力で壁や階段に飛びつき、それらを破壊しながら四階まで昇ってくる。
「ひっ!」
シャラマンの頬が恐怖で引きつった。巨大な化け物が自分に向かってくる光景は、それは恐ろしい。逃げずにとどまり続けるには、相当な精神力を必要とした。
四階に到達したクリーパーが、壁に張りついてシャラマンを睨みつけた。せわしなく動いていた円錐状の目が、すべてシャラマンに向けられている。怖い。
クリーパーは今にもシャラマンに飛びかかりそうに、胴体を蠢かせている。だが、三階までと違ってフロアの中央に渡り廊下が架かっているせいで、行動範囲が狭まっていた。
これこそがシャラマンの狙いだった。渡り廊下を盾にクリーパーの動きを制限することができれば、獲物を捕らえるために首を伸ばすはずだからだ。クリーパーの首が最大限に伸びれば、脚より長くなる。
蛇腹状に収納された頭部の関節の接合皮が伸びきれば、皮が薄くなり、サイファーの銃撃が内部に届く。
そのために自ら囮となり、優れた命中精度を誇る狙撃手のディーノに、サイファーに代わって照準を定めてもらおうと考えたのだ。
メメントを渡り廊下までおびき寄せるまでは上々だ。
(さあ、首を伸ばせ!)
クリーパーと睨み合ったまま、ゆっくりと渡り廊下を後退した。背を向けて走り出したい衝動を、理性で抑え込む。
クリーパーは複数の不気味な眼差しで獲物を見定め、前脚の一本を突き出し、シャラマンを掴み寄せようとした。
「うわあああ!」
思わぬメメントの行動に、シャラマンは泡を食った。運動音痴のどこにそんな反射神経が眠っていたのか、クリーパーに捕まる寸前、大きくうしろに跳んで凶悪な鉤爪から逃れられた。
衣服の表面を引き裂かれただけで済んだものの、足がもつれて転倒してしまった。転んだ姿勢のままシャラマンが目にしたのは、渡り廊下という障害物があるにも関わらず、がむしゃらに前脚を振り回すクリーパーだった。暴れれば暴れるほど、渡り廊下や壁が傷つき、ひび割れていく。
考えが甘かったか。メメントが人間の思ったとおりに動くわけがない。
脳みそしか取り柄がないのに、その脳みそでひねり出した策が、こうもあっさり台無しになる程度のものとは。シャラマンの顔は、自己嫌悪と恐怖で、引きつるを通り越してなんだか笑っているように歪んだ。
エントランスにいるディーノやサイファーが撃ってくれないだろうか。気力が挫かれ、そう思ったがすぐにかき消した。階下に注意が戻ってしまえば、クリーパーの弱点を剥き出しにさせる機会が失われる。それは下にいる彼らもわかっているだろう。
何としても状況を立て直さなければ。
クリーパーは、しがみついている渡り廊下を破壊しながら、前脚の鉤爪をさらに振り回した。
シャラマンがあたふたと後退する、その横から、黒い影が進み出た。
黒い影はサブマシンガンを背負い、両手でハンドガンを構え、クリーパーの前脚に何発も撃ち込んだ。
メメントが前脚を引っ込める。その隙に黒い影――マックスはコートの裾をひるがえしてハンドガンの弾倉を取り、空になった弾倉と入れ替えた。無駄が一切ない、流れるような動作だ。
「マックス、どうしてここに」
てっきりエントランスホールにいるものと思っていた。
マックスは振り返らず、
「うっさいボケ、さがれや、囮役は終わってへんやろ」
なんだか怒っているような口調で言った。ハンドガンのスライドが引かれる、ガシャンという音がした。
怒っている――かもしれない――理由はわからないが、シャラマンの狙いは察しているようだ。
マックスが撃ったからか、クリーパーは前脚を使うのは危険と判断したようだ。致命傷を与えられない銃弾といえども、何発もくらえばわずらわしいだろう。
マックスがシャラマンに背を向けたまま、手振りで「退がれ」と指示する。それを合図に、二人はゆっくりと後退した。
するとつられるように、クリーパーがのそりと動き出した。複数の目を冠した頭部だけが、徐々に迫ってくる。
シャラマンとマックスが後退するのに合わせ、クリーパーの首が伸びてくる。折りたたまれていた接合皮が、その全貌をあらわにした。
クリーパーの動きが止まった。首が伸びきったのだ。
呼吸するのもはばかられそうな緊張感の中、双方は睨み合う。
雷鳴にも似た轟音が、張りつめた空気を打ち壊した。クリーパーの伸びた首に、無数の火花が散る。接合皮がちぎれ、肉片と体液が空中に舞い、頭部が胴体から渡り廊下に崩れた。
頭を失った怪物の胴体が、瓦礫とともに階下へ落ちていく。
シャラマンは手摺り壁から身を乗り出して、下を見る。首を失ったメメントの躯が、エントランスホールの真ん中に叩きつけられた。
少し離れた場所に、ディーノとサイファーの姿があった。ディーノは上階のシャラマンに気づくと、大きく手を振った。サイファーはガトリングガンに変形させていた右腕を、元に戻しながら下ろしていた。
「お、終わった……」
名案とは言いがたい雑な作戦だったが、どうにか成功した。シャラマンはほっとひと息つき、マックスの方を振り返った。助太刀に駆けつけてくれた礼を言おうと思ったのだが、相手の表情を見て口をつぐんだ。
明らかに睨まれている。
たしかに、非力なくせに軽率な行動をとったと思う。一歩間違えばメメントに殺されていたかもしれない。だから、その身勝手さについて非難されるのは仕方のないことだ。怒りを抱かれて当然である。
でも――。
マックスは灰色の四白眼を細め、口元を歪めていた。額に血管は浮き出ていないが、眉間にしわが寄っている。
怒っているというよりは痛みをこらえているような、何かに耐えているような、そんなふうにシャラマンには見えた。
付き合いは短いが、こんなマックスは初めてだ。
「マックス、わ、私は」
「あんたなあ、ホンマに……ッ」
口を開いたマックスの顔が、さらにいびつに崩れる。この表情の意味は、はっきりとわかりやすい。
「臭ッ! 臭ッさあッ!」
悶絶である。
メメントの分解消滅による悪臭が、建物内に広がっていた。




