表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/44

INTERLUDE2 戦力外通告

 サイファーがこちらに向けて、五本の紐状のものを放つ。その紐が自分の身体に巻きついてやっと、長く伸ばされたサイファーの指――ハンドワイヤーだと気づいた。

 と同時に、シャラマンは強く引っ張られ、悲鳴を上げる間もなくマックスとディーノの方へ投げ飛ばされた。

 ぶつけられるような体裁ではあったが、賞金稼ぎたちはなんとかシャラマンを受け止めた。

「ヘチマ! お前何してくれ……」

 マックスが抗議の声を上げる矢先、耳を聾する轟音が響き渡り、何かが爆発した。ついさきほどまでシャラマンがいた場所を狙い、サイファーが細胞装置(ナノギア)〈ハイドラ〉のショットで撃ったのだ。

 サイファーの銃撃が命中したモノが、けたたましい叫び声を上げる。だが、何もいない。

 ところがそう思ったのも束の間、(くゆ)る〈ハイドラ〉の硝煙の中で、巨大な影が蠢きだした。

 それは徐々に形を成し、何もないと思われていた空間に姿を現した。

 体長は異様に長い。全長四メートル近くあるだろうか。胴体と同様の長い手足が八本生えており、先端はヒトの指のような五本の鉤爪になっている。頭部には円錐状の目が複数あり、それぞれが独立してぎょろぎょろと動いていた。

 例えるならば、カメレオンの頭を持つ巨大なナナフシ、である。

 そいつが巨体をものともせず壁を這い、不気味な目でじっとこちらを凝視してくる。

「メメント……!? こんな場所に……」

 シャラマンは目を(みは)った。やり方は乱暴だったが、サイファーに投げられなければ、あの(あぎと)の餌食になっていたところだ。

 当のサイファーは、シャラマンにも賞金稼ぎたちにも構わず、大股でメメントに歩み寄りながら、〈ハイドラ〉のショットを撃ち込んだ。

 俊敏性に欠けるメメントなのか、避けることなく全弾命中している。怯みはするものの、逃げ出す様子は見られない。

 ディーノがシャラマンを背にかばいながら、感心したような声をあげた。

「うわあ、本物のメメント、初めて見た。今まで画像でしか見たことなかったもんなあマックス」

「あんなん一生遭いたないわ! あのヘチマ、ここにアレがおるてわかってたんとちゃうやろな。見てみアイツ、()ろてるで」

 マックスは疑惑の眼差しでサイファーの動きを追いつつ、コートの内側からサブマシンガンを抜き――いつも思うのだが、こんなものをどうやってコートの中にしまっているのか謎だ――弾倉の確認(チャンバーチェック)を行っていた。流れるような手際のいい動作だ。

「いや、まさか。さすがにそれは……」

 シャラマンは首を傾げたが、最後まで擁護の言葉が出なかった。サイファーの性分を考えると、そんな疑いもしたくなる。が、真偽はどうあれ、メメントと対峙した以上、逃れることはできそうにない。

 メメントは標的をサイファーに絞ったようだ。大岩をも噛み砕きそうな口を開けると、中から毒々しい鮮血色の舌が姿を現し、鞭のように射出された。

 サイファーは右腕を、〈ハイドラ〉の管手に変形させて塊状に束ね、メメントの舌を殴りつけた。巨体が叫び声を上げながら仰け反る。サイファーはすかさず舌を掴み、ショットガンに変えた左腕で、メメントの頭部を狙った。

 しかし撃つより早くメメントが動いた。舌を掴まれたままサイファーを持ち上げ、背後の壁に叩きつける。衝撃で壁の一部が崩れ落ちた。

 壁にめり込んでしまったサイファーだが、闘志はいささかも()がれていない。左腕のショットガンを自分に巻きつく舌の根元に向け、数発撃った。メメントの鞭舌が千切れ、体液を撒き散らしながらのたうち回る。

 メメントの絶叫の中、束縛から逃れたサイファーが壁を蹴って跳び、巨体の上に着地。容赦ない銃撃を浴びせ続ける。

 シャラマンは賞金稼ぎたちに守られながら、瓦礫の陰まで移動した。サイファーに投げ飛ばされたときに本を落としてしまったが、しっかり回収している。

 あのメメントには見覚えがある。マキニアン部隊〈SALUT(サルト)〉の討伐記録に、よく似たメメントのデータがあった気がするのだ。

 巨大なメメントを前にした恐怖心と戦いながら、シャラマンは必死に記憶を遡った。頭の中に収めた記録画面をスワイプし、必要なデータを探す。

 シャラマンの覚えに間違いはなかった。該当する討伐記録はちゃんとあった。ただし、記録されているメメントと、今目の前で暴れているメメントは、まったく同じではないようだ。

「あれはクリーパーだ。以前〈SALUT〉で退治したことがある」

「おっさん、アレ知っとんのか」

 身を隠した壁に背を預け、サブマシンガンを構えるマックスが、サイファーとメメントの対決を注視しながら訊いた。

「私自身は見ていないが、討伐記録があるんだ。それを思い出した」

「あんたホンマ、頭だけは一級品やな。他はポンコツやけど」

 最後の一言は余計である。

「それで、アレはどういう奴なん?」

 ディーノも愛用のライフルの弾倉を確認している。

 シャラマンは、記憶の中の討伐データを読み返した。

「ええと、大きな特徴は擬態だ。たしかね、身体の色素細胞(クロマトフォア)虹色素細胞(イリドフォア)を自由自在に操作して」

「難しい言葉無しで説明せえ!」

 マックスが外の様子から目を離さないまま、ぴしゃりと言った。

「わ、わかった、すまない。つまり身体表面の模様を、周囲環境に溶け込むように変化させるんだよ。タコが見た目を変えて、岩や珊瑚に紛れ込んだりするだろう? あれと同じさ。クリーパーはそういう体表変化能力が非常に優れていて、複雑な模様を構築することができる」

「てことは、あのでっかいナナフシカメレオンは、この部屋の壁沿いの状態になじむように見た目を変えて、ずっと潜んどったっちゅーことやね」

 理解したディーノが頷く。

「そのとおり。でもあのクリーパーは、過去に〈SALUT〉が討伐したものと、少し違うかもしれない。まず大きすぎる。データ上では、体長は三メートル未満だった。あれは四メートル近くあるだろう。それに行動範囲も違う。十年以上経って進化しているのかもしれない」

 討伐データを思い出しながら、賞金稼ぎたちに説明していると、クリーパーの攻撃をジャンプして避けたサイファーが、シャラマンたちが潜む瓦礫のそばに着地した。

「ご高説は結構だが、奴の餌になるまでここにいるつもりか?」

 寄こされた嫌味に、マックスがすかさず噛みついた。

「うっさいわ! 専門外の相手にむやみに突っ込むようなアホな真似するか!」

「そうだな、お前らはメメント相手じゃ戦力外だった」

専門外(・・・)じゃボケコラァ!」

「ベンチ入りもできねぇんなら、せいぜいスタンドで応援でもしてろ」

 言うなりサイファーは、再びクリーパーに向かって行った。

「あのヘチマ頭が~~~~! いちいち癇に障るねん、腹立つわ!」

 マックスとディーノの銃の腕は一級品だ。だが残念ながらサイファーの言うとおり、手にする銃がクロセストではない以上、彼らの実力はメメントには通用しない。そんなこと百も承知であるから、指摘されるまでもないことをわざわざ突かれると、余計に不愉快なのだろう。

「おっさん、クロセストとかいうやつ、なんか持ってへんのか」

「それが、あいにくと持ってないんだ」

 シャラマンが首を振ると、マックスは顔をしかめて舌打ちした。そんな相方を、ディーノがなだめる。

「まあ、ないもんねだってもしゃーないやん。ここは専門家に任せとこ」

 そのとき、低く太い風を切る音が聞こえたかと思うと、クリーパーの尾がシャラマンたち身を潜める瓦礫に迫ってきた。

「危ない!」

 ディーノがシャラマンの服を掴んで瓦礫から引き離し、マックスは構えていた銃を下ろして退避する。間一髪、クリーパーの尾が瓦礫の壁に衝突し、粉々に砕いた。

 シャラマンたち三人は、エントランスホールの壁伝いの階段を駆け上がった。サイファーとクリーパーの対決がよく見える。

 サイファーはメメントとの距離を保ちつつ、銃撃を浴びせ続けていた。クリーパーが長い脚を何本も振り下ろすが、サイファーは余裕でそれらを(かわ)す。

 サイファーが回避すると、クリーパーが彼を目で追うために身体の位置を変える。そのたびに、巨体が室内のどこかしらに当たって、壁や柱や調度品を破壊した。

 クリーパーの尾が再び、シャラマンたちの方に振りかざされる。急いで階段を昇りきり、吹き抜け廊下に辿り着いた途端、尾が階段を直撃した。あと数秒遅れていたら、押し潰されていただろう。

 マックスが階下に向かって抗議の声を上げた。

「ヘチマあ! ()るなら外に出るとかなんとかせえ! 誰も巻き込まんようジャンプひとつで採石場に移動する戦隊ヒーロー見習えや!」

「そんならライダーヒーローも見習っとこ」

 ディーノがどうでもいい点を、穏やかに付け加えた。有事だろうとそうでなかろうと、自分たちのペースを守る彼らも、サイファーに通じるところがある。

 マックスの苦情は届いておらず、サイファーとクリーパーの戦いは、ますます激化した。サイファーは〈ハイドラ〉の管手とショットを駆使し、クリーパーの頭部や、胴と繋がる関節部分を攻める。撃っては後退、殴っては後退を繰り返す。

 クリーパーは巨体を揺らしてサイファーを追い、まるで岩場のようなごつごつした歯が並ぶ口を大きく開けて、噛みつきかかった。

 四メートル近い体長が動けば、胴の一部が建物に衝突する。クリーパーは、今はサイファーを標的にしているものの、対決の余波は確実にシャラマンたちに振りかかっていた。

 シャラマンは肝を冷やしながらも、サイファーが執拗に、クリーパーの頭部や胴との関節部を攻撃していることに気づいた。


(ああそうか、たしかそうだった!)


 シャラマンの脳に刻まれたメメント討伐データが、再びクリーパーの項目を表示する。そこには、弱点も余さず記録されていた。サイファーはそれを覚えていたのだ。

「クリーパーの弱点は、頭と胴体を繋ぐ関節部分だ。だからサイファーは、その部分を狙って攻撃しているのか」

 シャラマンが独り言のように言うと、マックスは眉根を寄せた。

「弱点? メメント(あいつ)めちゃめちゃ硬そうやんけ。弾、効いとるように見えへんぞ」

「いや、硬そうに見えるんだが、ダメージは受けているはずだよ。クリーパーの頭部の関節は伸長するんだ。普段は表皮の下に隠れているけれど、首を伸ばせば、蛇腹のように折りたたまれている関節の接合皮があらわになる。そこが最も薄くて、攻撃が内臓まで通るんだよ」 

「ほんなら、その部分を引っ張り出させたらええんやな」

 ディーノが、承知したというように頷く。

「そうなんだが、いくら君たちの腕がよくても、クロセスト以外の銃では効果が低い」

 シャラマンが懸念すると、マックスが鼻を鳴らしてせせら笑った。

「一流の仕事人っちゅーんは、道具がどんなもんでも一流の仕事をすんねん。で、俺らは一流や」

 マックスの目は、自信の光に満ちている。どんなに不利な状況下でも、己にできることを常に考え、最善の行動をとろうとしているのだ。その光はシャラマンには眩しく、羨ましくさえ思えた。

 マックスが不敵な笑みを消し、鋭い視線を階下へ向けた。彼につられて、シャラマンとディーノもそちらを見やる。

 瓦礫だらけになったエントランスホールで、サイファーとクリーパーが正面から睨み合っていた。凶悪な顎で食いつかんとするクリーパーに、サイファーが応戦している。

 クリーパーの攻撃は絶え間なく、サイファーに体勢を変える隙を与えなかった。

 彼の背後に、何かが忍び寄っていく。長く伸ばされたクリーパーの尾だ。先端が針状に尖っており、死角からサイファーを狙っていた。

 シャラマンは危険を知らせようと、口を開けた。だが声を発するよりも、マックスの方が早かった。サブマシンガンを階下に向け、引鉄を引いたのだ。

 銃弾の乱射音が響き渡り、シャラマンは思わず身をすくめる。銃の発砲音には慣れたつもりだったが、急に至近距離でやられると、まだ驚いてしまう。

 マックスが銃を下ろし、険しい目つきで、階下を注意深く睨む。

 クリーパーがけたたましい叫び声を上げてもがき苦しんでいる。クロセストではない銃弾だが、ダメージを与えることはできるのだ。

 メメントの発する声が変わった。古い扉の錆びた蝶番が軋むような鳴き声だ。長い脚を振り回しながら、クリーパーが上階のシャラマンたちを見上げた。

「いけない、こっちへ来る!」

 シャラマンがそう言う間に、クリーパーが立ち上がる。シャラマンたち三人が走って退避した直後、メメントの巨体が廊下を圧し潰した。

 足元が揺れ、転倒しかけたシャラマンを、ディーノが支える。礼を言う暇はない。今は逃げるだけで精一杯だった。

 マックスは身体をうしろに向け、後退しながら、迫りくるクリーパーの反撃を余裕綽々と回避している。

「ほほー、痛いは痛いんやな。俺の腕やったら案外イケるんちゃうか」

「いや無理だ! 痛覚があるからダメージを感じるだけで、倒すに至る決定打にはならない!」

「おっさん、なんでクロセストとかいうやつ以外でも効く弾、造らへんかったんや。それ今ここにあったら、俺が華麗にササっと仕留めたったのに」

「それはどうしようもないよ、メメントにはクロセストしか効かなかったんだから」

「マックス、右!」

 シャラマンの隣でディーノが叫んだ。マックスの右側、サイファーを狙っていたクリーパーの尾針が、今度は忍び寄るのではなく、堂々と襲いかかる。

 尾の動きは速く、すでにマックスの目と鼻の先まで接近していた。避けられない。

 尾針がマックスの身体を貫く。そんな絶望的な結果が訪れると思われたとき、まばゆい稲光が炸裂した。

 一瞬、その稲光によって、シャラマンたち三人の目が眩んだ。

 シャラマンが目を開けると、そこには無事に生きているマックスの姿があった。そしてクリーパーの尾針は千切れ、勢いよく水が出ているホースのように、体液を放出させながらのたうち回っていた。

 クリーパーの背に、サイファーが乗っている。彼は右の管手に稲妻をまとわせ、その背に叩きつけた。

 雷の轟音が空気を引き裂き、クリーパーの胴を焼く。メメントの巨体が震え、絶叫が響き渡った。

「おいチビ、余計な手出しするな! 戦力外はスタンドに引っ込んでろと言っただろうが!」

 サイファーのゴーグルが、自身の発する稲光を反射して、ぎらぎらと輝いている。

 窮地を救われたとはいえ、戦力外呼ばわりされて黙っていられるマックスではない。

「なんやとゴルァ! 命救われたくせに何ぬかしとんじゃワレ! そんならさっさと始末せえや!」

「目障りなお前らがとっとと離れてくれりゃ、すぐ片付けるって言ってんだよ!」

 こんなときでも隙あらば口喧嘩とは。シャラマンは呆れを通り越して、思わず感心してしまった。だが、ディーノは正しく緊張感を保っていた。

「二人とも、この状況でそんなん言うてる場合とちゃうやろ! サイファーさんはメメントに集中! 俺らは早よ退避しつつ援護! わかった!?」

 普段温厚な人物からの叱責ほど、効果の高いものはない。血気盛んな二人が、ぴたりと口論をやめた。

 クリーパーが奇妙な動きを見せた。長い前脚の一本を、高らかに上へ掲げたのだ。それはさながら人間のようで、虫やトカゲではありえない関節の動かし方だ。

 クリーパーの五本の鉤爪が、サイファーを薙ぎ払った。サイファーは防御が間に合わず、腕をまともに喰らい、クリーパーの背から瓦礫だらけの一階部まで叩き落とされた。

「サイファー!」

 反射的に名を叫んだシャラマンの足元に、赤い何かが落ちてくる。拾ってみると、それはサイファーのゴーグルだった。メメントの腕が運悪くゴーグルにも当たり、外れてしまったのだろう。

 しかももっと悪いことに、ゴーグルのフレームが割れ、赤いレンズにヒビが入っていた。フレーム内部には、熱感知システムなど、サイファーの目を補助する装置が組み込まれている。レンズのヒビは小さなものだが、装置の方はもう使い物にならない。

 盲目のサイファーにとって、このゴーグルは命綱だ。それが破損してしまったのなら、彼は“目”を完全に失ったことになる。

「ああ、まずい……。これじゃサイファーは……」

「もっとまずいことになったで、おっさん」

 壊れたゴーグルに気を取られ、俯いていたシャラマンに、マックスの緊迫した声がかけられた。

 はっと顔を上げると、賞金稼ぎたちが各々の銃を構え、シャラマンを囲んで周囲を警戒していた。

 クリーパーは、いない。あの巨体の姿が、どこにもない。

 メメントが体表変化能力を発揮し、周辺環境の中に同化したのだ。

「あんなデカいのに、物音ひとつ立てへん。気配もせえへん。尾っぽの体液は止まったかもしれん。新しく流れ出た痕が全然ないわ。動きが追えん」

 消えたクリーパーを唯一視ることができた男の“目”は奪われた。

 建物内は不気味な静寂に包まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ