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TRACK-2 火の消えた街 5

 四人がレジーニの車で向かったのはサウンドベルの隣区、イーストバレーの飲み屋街だ。

 軒を連ねる店々は、営業時間が日暮れから明け方近くまでの所が多い。昼間から開けているカフェ兼バーやコンビニエンスストアなどもあるが、太陽が活動する間はやや閑散としている地域だった。

 レジーニたちの目的地は、この飲み屋街の一角にあるクラブ〈プレイヤーズ・ハイ〉、その裏手に続く併用住宅の方である。

 住宅部はこぢんまりとしているが、ゴミなどは落ちておらず、雑草も生えていない。きれいに掃かれた外廊を奥へと進み、レジーニは突き当りのドアのチャイムを鳴らした。

 返事はない。もう一度押す。やはり返事はない。さらに押す。

 何度かチャイムを押して、ようやくドアの向こうから、獣の唸りのような声が返ってきた。鍵が解除される音がし、ドアが薄く開く。

「はいはい、どなた?」

「ストロベリー、僕だ」

 名乗った途端、開きかけたドアが閉じられようとした。レジーニはとっさにドアノブを掴み、締め出しを阻止する。

「嫌だ! なんだってこんな時間にうちに訪ねてくるのよ! 普通ならまだ寝てるって知ってるでしょっ!」

〈プレイヤーズ・ハイ〉の店主にしてドラァグクイーンのママ・ストロベリーは、 本気の悲鳴をあげ、全力で抵抗した。

「君にとっての早朝だというのは承知の上で来たんだ。起こして申し訳ないが、こっちも緊急事態なんでね!」

 レジーニとストロベリー、ドアを開けたい者と閉めたい者との攻防である。アスリート並みに恵まれた体格を持つストロベリーは、腕力にも優れ、歴戦の裏稼業者(バックワーカー)であるレジーニすら苦戦するほどだ。開けさせてなるものかという意思が強い。

「こっちだって緊急事態だわよ! 寝起きですっぴんのところに来るんですからね!」

「今さらすっぴんくらいで恥ずかしがることはないだろう! 初対面じゃあるまいし!」

「おバカっ! メイクしないまま人前に出るなんて、アタシにとっちゃノーパンで通りを歩くようなもんよっ! あんたアタシのノーパン見たいの!? まあそれはそれで別の機会ならいいけど!」

「別の機会だろうが見たくない! こんな不毛なやりとりをしている時間はないんだ! いいから開けろ!」

 この戦を不毛と断定したのは、レジーニの背後で待つ三人も同様だった。ドミニクがそっと近づき、ドアに手をかけ、

「すみませんママ。レジーニの言うとおり、時間が惜しいのです。開けさせていただきますね」

 丁寧に断りを入れつつ、いとも簡単に開けてしまった。

 鉄壁を剥がされたママ・ストロベリーが悲鳴をあげ、両手で顔を覆う。柔らかそうなシルクのネグリジェにナイトガウンを羽織った姿は、紛れもなくついさっきまで寝ていた様相である。

 髪はいつものホワイトブロンドではなく、濃い茶色の短髪だった。これが地毛で、ホワイトブロンドはかつらなのだ。

「んもお~~~、何なのよアンタたち、強引ねえ! しかもなあに? ドミニクちゃんたちまで一緒なの? 珍しい組み合わせだこと」

 ストロベリーは顔を隠す指の隙間から、レジーニたちを覗いている。

「急に押しかけてごめんねママ。そのネグリジェかわいいね」

 ユイがフォローするように褒めると、ストロベリーはまんざらでもなさげに、ふふふと笑った。

「あら、ありがとユイちゃん。お気に入りなのよ。珍しいといえば、小猿ちゃんがいないわね。どうしたの? 今日は別行動?」

「そのことで来たんだ。君の手を借りたい」

 レジーニはいつもどおりの口調で言ったつもりだった。しかし、仕事柄、数多の人間の顔や行動を見てきたママ・ストロベリーには、レジーニの声色からわずかな異変を察知したらしい。

「小猿ちゃんがどうかしたの? あの子、今度は何に巻き込まれたの?」

 両手を開き、彫りの深い端正な男の素顔でレジーニを凝視した。


 

 ママ・ストロベリーの住まいは、クラシックで横に長い造りになっていた。

 玄関を開けるとすぐリビングがあり、右手に続くのはダイニングキッチンと書斎。寝室とバスルームは、そのまた奥にあるようだ。廊下はなく、すべての部屋が扉で繋がっている。

 白とオレンジ色を基調とした内装や家具が、清潔感と平和的な印象を与え、居心地がいい。趣味の良さはさすがだ。

 ママ・ストロベリーは話しながら、レジーニたちを書斎に案内した。

「夕べはお店で、お得意様のバースデーパーティーを盛大にやってね。楽しくってつい羽目を外しちゃったのよ。だからいつもよりひどい顔してると思うけど、もういいわ。アンタたちには寝起き顔でもノーメイクでもノーパンでもなんでも見せちゃう」

 ノーパンは結構である。

「だけどねえ。時間帯的に寝てるってわかってるんなら、来る前に電話の一本くらいおよこしなさい。一時間くらいくれれば、ちょっとはマシな顔が作れたわよ」

「お化粧するのに一時間もいるの?」

 ユイが大きな目を丸くすると、ストロベリーは彼女の鼻をちょんと指でつついた。

「営業用のメイクを本気でするなら、そんなもんじゃないわよユイちゃん。“美は一日にしてならず、メイクは一時間にしてならず”って、覚えておきなさい」

 感心して「へえ~」と頷くユイのうしろで、ロゼットが“全然わからない”というように肩をすくめる。メイクいらずの美貌を持つ少女には、まだまだ縁遠い話だろう。

「言っておくが、僕は電話したぞ」

 ストロベリーに文句を言われるまでもなく、レジーニは礼儀正しく連絡を入れようとしたのだ。長めに呼び出したが、一向に繋がらなかったので、しかたなく直接訪ねたのである。

「あらやだ、それは失礼。で、アタシが寝てる間に何があったの? 世界が変わるようなことでも起きた? まあ、それはちょっと大げさかしらね」

 ストロベリーは書斎のソファを四人にすすめ、自分はウォールナット材のデスクに着く。

「あながち大げさとも言えないんです、ママ」

 ドミニクが口火を切り、アンブリッジ議事堂爆破事件を説明した。それを聞くや否やドラァグクイーンは立ち上がり、いそいそとリビングに移ってテレビを点けた。いくつかチャンネルを切り替え、くだんのニュースを流している番組に合わせる。

「おやまあ。サウンドベルには珍しい災難ねえ」

「この事件の最中、エヴァンの身に何かがあったらしい。行方がわからないんだ」

 片眉を吊り上げたストロベリーが、レジーニの方を振り返った。

「アタシを叩き起こさなきゃならないようなことなのね?」

「おそらくそうだ。アルも巻き込まれたと見ていい」

 エヴァンとアルフォンセの部屋の状況を話すと、ストロベリーは顔色を変えた。

「二人に何があったのかを知るには、アパートの防犯カメラの映像が必要だ。たしか君の情報収集源のひとつに、アトランヴィル・シティの防犯カメラにアクセスできるシステムがあるだろう」

「正しくは、“防犯カメラにアクセスできるウェブサイトに入る招待状を持っている”よ。ええ、あるわ。つまりアタシに、小猿ちゃんたちのアパートの防犯カメラを覗いてほしいのね?」

「そのとおりだ。頼めるか?」

 裏社会屈指の情報屋であるドラァグクイーンは、考え込むように視線を外した。が、すぐにレジーニを見つめ直し、頷いた。

「いいわ、やってあげる。爆破事件にも関係があるんでしょ?」

「ないと言い切れる要素はない」

「なら“善は急げ”ね。書斎に戻りましょう」


 

 再び書斎へ行き、デスクに着いたママ・ストロベリーは、コンピューターを立ち上げ、長い指をキーボードに滑らせた。四人は彼女を取り囲むように背後に立ち、ディスプレイを見守る。

「シティ内のあらゆる防犯カメラにアクセスできるなんて、物騒だと思うでしょ? だから限られた人間にしか利用できないようになってるの。ウェブサイトの管理者から、特別にIDとパスワードをもらえた人間だけにね。アタシたち利用者は“招待状”って呼んでるわ」

「そんなの、どうやって手に入れられたの?」

「ごめんなさいね、ロゼットちゃん。こればっかりは企業秘密ってことにさせてもらうわ」

 ママの秘密の情報源の正体については、レジーニも長年興味をそそられていた。謎の管理者が運営する、防犯カメラアクセスサイト。うまく使えばかなり多くの情報が手に入る。

「今からサイトに入るから、みんなあっち向いてて」

 IDとパスワードを見せないためだ。女性陣は素直に回れ右をした。レジーニは従うふりをして、どうにかIDとパスワードを盗み見ることができないか試そうとしたが、

「ドミニクちゃん、その人、目隠ししててちょうだい。絶対覗こうとするから」

 バレていた。心の中で舌打ちする。ドミニクの両手で目を覆われ、おとなしく一緒にうしろを向いた。

「さあ、魔法の部屋を開ける呪文を唱えるわよ」

 素早くキーボートを打つ音が、背後で奏でられる。綴りが長いのか、パスワードにしては入力に時間がかかるようだ。

「みんな、こっちを向いていいわ。サイトに入ったわよ」

 ドミニクの目隠しが外される。四人がデスクの方に向き直った。ストロベリーの背中越しにコンピューターのディスプレイを見ると、なじみあるサウンドベルのマップが表示されていた。

 緑色の丸いマークが、マップの至るところに点灯している。街中の防犯カメラの配置場所を示しているのだろう。

「こんなふうに、設置者ではない第三者が防犯カメラを見る手段があるというのは、怖いことですね」

 ドミニクが複雑そうに呟く。ママは右の人差し指を立てて振った。

「弁明させてもらうけど、仕事の都合上、よほどのことがない限りは使わないわよアタシは。まあでも、そうね。招待状(パスワード)さえあれば誰でも利用できるんだから、ちょっと怖いかもね。だけど、アタシたちは裏稼業者(バックワーカー)よ。正攻法と非合法手段、両方賢く使い分けるのが肝心なの」

 話しながらもストロベリーは、指先を忙しく動かしてキーボードを打ち込んでいる。

 ディスプレイの表示が次々に切り替わり、四つのカメラ映像が現れた。建物内のカメラのようだ。廊下、エレベーターホール、エントランスの中と外が、それぞれ映し出されている。画面右上の表示は時刻だ。

「これがエヴァンのアパートの防犯カメラか?」

 レジーニはママの椅子の背に手をかけ、ディスプレイに目を凝らした。

「そうよ。リアルタイムのね。廊下の映像は十二階のものよ。ここから時間を遡るわ。小猿ちゃんとアルちゃんに異変があったのは、いつ頃?」

「そうだな。爆破事件が起きたのが、十時を少し過ぎたあたりだった。ある程度テレビで状況を確認して、僕が自宅を出たのがその十分後くらいか。移動の最中にエヴァンに電話をかけても繋がらなかったから、そのときにはすでに事が起きていたんだろう」

「じゃあ、九時半頃の記録から確認してみましょう」

 ストロベリーが操作すると、四つのカメラ映像が一斉に巻き戻っていく。各画面の時刻表示が“AM9:30”になったところで、映像は動き出した。

 しばらくの間、何も変化はなかった。エントランスの画面に数名の人物が映ったが、無関係なアパートの住人と思われた。

 AM9:43、廊下のカメラ。エヴァンとアルフォンセの部屋に挟まれた形になる、ジェンセン家の部屋のドアが開かれた。ジェンセン老夫妻と孫娘のマリー=アンが姿を見せる。そのままそろってエレベーターホールに移動。一階に降りてエントランスから外へ出ていく様子が、克明に録画されていた。

 ジェンセン家は、レジーニたちがアパートに着いたときには、もう部屋にはいなかったのだ。

 そしてAM10:16。エヴァンの部屋のドアが開いた。閉めることなく、足早にアルフォンセの部屋の前まで進む。

 このときエヴァンは、一瞬だけ、ドアを無理やり開けようとする仕草を見せた。結局はノックをしたのだが、レジーニは信じられないものを目撃した気分だった。

 愛する恋人の部屋のドアをいたずらに破壊しようとするなど、レジーニの知るエヴァン・ファブレルの行動ではない。たとえ冗談であろうと、アルフォンセに対して乱暴なサプライズは決してしない男のはずだ。

 ノックから間もなく、アルフォンセがカメラ映像に登場した。エヴァンに話しかけているが、相手は何も反応しない。


(何かがおかしい)


 違和感を覚えつつも、映像を見守る。

 突然、エヴァンがアルフォンセの手を掴み、強引に部屋の外へ引っ張り出した。またしてもドアは開け放たれたままだ。

 録画された映像だろうと、アルフォンセの戸惑いが手に取るように伝わってくる。これはデートの迎えではない。エヴァンのすることではない。

 しかしエヴァンは、そのままアルフォンセを連れてエレベーターに乗り、一階へ降りてエントランスから出て行った。

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