第22話 「マリヤはロシア人と日本人のハーフだ」
「で、なんでメイド衣装ですか!?」
前回の続きですが大事なことなので二度言いました。
「今宵、カルラの自宅で政治パーティが行われる。委員長就任に向けての票集めだな。そうとなれば臨時雇いの給仕が大量に入り込んでいるはずだ。二人くらい増えたところで気付かれまいよ」
「一夜ってさぁ、偉そうな割には適当だよね」
舞台は再び《蒼天通り》。その裏通りにある8階建てのビル丸々一棟がカルラの自宅だというのだから驚かされる。
一夜は蛍光色に染めた髪を黒髪に戻し、清楚な黒髪ロング・スタイル。ミキティは髪型はいつも通り、化粧に変化を付けて少し派手目の接客用の女給メイク。
メイド姿に身を包んだ二人は、使用人口から潜入を試みる。
チャイムを鳴らすと執事と思しき初老の男性がドアを開く。
「おほほほほ、ワタクシたち新しく雇われましたメイドなのですわ。今日一日ですが、こちらのお屋敷で厄介になることになりましたので、よろしくお願いするのですわ」
初めて着る衣装にテンションMAXの一夜。
「ちーっす、マジメイドでぇーす。気合入ってんでヨロシク」
一夜ほど器用でないミキティに至っては演技もボロボロである。
「ふむふむ、新しいメイドさんですか。はて、お嬢様が手配されたのですかな。まぁ、先輩のメイドたちといっても、ほとんどは学園生徒のアルバイトです。主に長年仕えている者はわずかですから、緊張することはありませんよ。気を張らず自然体で、指示通りに周りのお手伝いしていただければ結構でございます」
そういって、すんなりと中に通された。
「7階、8階は専属のメイドがお世話をします。決して立ち寄らないようにお願いしますよ。3階が使用人たちの生活スペース、臨時雇いの方々も今日はそこで待機してもらっています。そこにいって新人だといえば、仕事を教えてもらえますでしょう」
「分かりましたですわ、爺や。ご親切にご教示いただきありがたとう。誠心誠意、勤めに励みますわ」
「アタシも一球入魂、真実一路。えーと、今日一日、ご機嫌にご奉仕がんばりまーす!」
二人は逃げ出すように館内に飛び込むと、廊下の奥のエレベーターに飛び乗り、3階へと上がっていった。
さて、一夜もある重要な事実を見落としていた。八千草家に仕えること50年、執事大鳥居は当然のこと、彼女と面識があるのだ。
大鳥居は、カルラの幼馴染である一夜がいきなりメイド姿で現れたことに驚いていた――だが、彼女なら何か意味があるはずだ。
何の戯れかは分からないが適当に話を合わせておけばよかろうという結論に至る。二人の仲を良く知る彼にとっては、一夜はこの学園で最も信頼できる人間なのだ。
今宵、お嬢様不在のままに開かれるパーティに不穏な胸騒ぎがしてならなかった。一夜なら、きっといい方向に導いてくれるはずである、と。
◇
カルラ宅の内装は高級ホテルを連想させた。
広い廊下にずらりと照明と観葉植物が並び、壁にはいくつもの抽象画が掛かっている。
大通りに面する壁には、大きめの窓が並び、『蒼天通り』の夜景を宝石箱に見立てているかのようだった。
「すっごーい。どうなってるのよ。これが自宅なの?」
「カルラの両親は、アイツに激アマなのだよ。おねだりされれば何でも買い与えてしまうのは困ったものだね」
スタッフの待機部屋は、事務室と休憩所が合わさったような部屋で、10人分の事務机とその倍ほどの広さのスペースにソファーが置かれ、くつろげる様になっている。
臨時雇いは20人ほど。皆、一夜と同じメイド服を着こんでいる。別に厨房には調理スタッフもいるそうだ。
メイドたちは主として2階のイベントホールのテーブルセッティングに駆り出されている。
一夜らはメイドの仕事をこなしながら、館内の情報を集める。
「メインのエレベーターは6階までしか止まらないようだ。6階がカルラの秘書や部下が寝泊まりするエリア。5階がゲストルーム。4階が倉庫」
臨時雇用のメイドたちの活動範囲は狭く、すぐに行き詰ってしまう。
「北西にもう一つのエレベータがある。近づくと叱られたよ。間違いなく、あれが7階以上に繋がっている」
「じゃあ、隙を見て乗り込んじゃう?」
「いや、生体認証があるはずだ。オムニ君でも外部のネットワークに繋がっていないセキュリティ・システムはどうにもできない。エレベーターを使うには、カルラの身内に『協力』してもらうしかないね」
「 『リーダー』と一緒にいるアイツをここに連れてくるのは?」
大爆発するセンターから逃げ出した後、『リーダー』たちには副局長の蛇崩と共にセーフハウスで待機してもらっている。
「蛇崩はテロリストたちの『確保』対象である可能性もある。姿を見せるのは避けた方がいい」
「それに今『リーダー』たちを動かしたくない。言ったろう、本当に危険なのは、カルラたちでなく、むしろボク達なんだ」
「一人思い当たる人物がいる。入学前から八千草家の使用人としてカルラに仕えていた安斎マリヤという女の子だ。蛇崩が公務上の右腕なら、彼女は私生活面で副官のような役目をしているようだ」
「私生活に副官なんていないよ? ま、分かったよ。その子を捕まえて『協力』してもるあんだね!」
「その通り。だけど一つだけ問題があるんだ。マリヤとボクは面識がある。下手に近づけば、即バレる」
「オーケイ。マリヤちゃんを捕まえるのが私の役割、だね」
ミキティはやっと自分の見せ場がやってきたと張り切った。これは自分にしかできない役割だ。
「ボクは、これから現れるだろう写真の女子の監視をする」
◇
ミキティ様の腕の見せ所である。
彼女には武術の心得があった。幼少より体力づくりと護身目的で近所の武道館に通わせされていた。それから10年以上続けている。だから、女の子を一人『拉致』するという荒事にも臆することはない。本来の目的と真逆の用法に、悪事を働いているような心苦しさもあるけれど、状況はもはや非日常へと踏み込んでいる。むしろ相手を傷つけることなく目的を達するのも武の役割だと納得する。
マリヤと保健委員会の幹部たちは6階の会議室にこもり切りという話だった。ちょうど食器を下げる仕事があったので、無理矢理にその仕事を奪う。
「失礼しまーす。食器をお下げに参りました」
6階の会議室。そこは40帖もある広々としたスイートルーム。小さな円卓に三人の男子生徒が腰を掛けている。誰も疲れ切った顔をしていた。
(おやおや、マリヤちゃんはどこにいったのかな)
ワゴンを引いたミキティはテーブルから食器を下げながら、こっそりと部屋を見渡す。誰かの足元が見える。窓際に立つ人影。女子の制服だ。
(安斎マリヤちゃん、はっけーん……)
マリヤの顔を確認しようと、ゆっくりと視線を上げていく。
安斎マリヤという存在は確かにあった。学園の制服を着た女子、なのであろう。だが、そのシルエットは宇宙の帝王のそれだった。制服は今にも破裂しそうなほど変形している。それは彼女が全身に備えた肉、それもゼイ肉でなく筋肉の所業だ。
彼女と並べば仁王像さえ細マッチョ。四肢はすべて丸太。首回りでさえミキティの腰よりも太い。地面につくほどの長いツインテールの髪型だけが、彼女が女だと確信させるナニカだった。いや、これじゃあもうグドンだ。
(いや、世紀末覇王伝説じゃないんだからさ。こっちの世界の住人じゃないでしょ。はよ二次元に帰れよぉ)
ミキティは一夜の言葉を思い出す。
「マリヤはロシア人と日本人のハーフらしい」
だから何? ロシア人というだけで人類最強になれるわけじゃないんだぞ!
化け物じみた筋肉だるま。そいつがウウウウと低い声で唸っているのだから、もはや生命の危機を感じてよい状況だ。ミキティは心の中で一夜に対し悪態をつきながら、食器を片付けることに集中していた。もう一秒だって、ここにはいたくない。
「ハガユーイ!!」
ロシア語? いや、歯がゆいと言っただけだ。だが、マリヤがそう叫びながら壁を殴りつけ、化粧板を破壊するだけでは満足せず、内側に貼られた防弾用の金属板まで歪めていた。何かの雄叫びだと勘違いするのも仕方ない。
部屋の一角を破壊すると満足したようで、円卓に戻ってくる。
「続きを始める。ドアを閉めろ」
ドンと音を立てて椅子に座ったマリヤは、本当に鬼瓦そのものの顔をしていた。ミキティは彼女が同じ女の子かどうか疑っていたが、どうやら同じ人間ですらない。あれはきっと鬼だ。
「ドアを閉めろ」
それが自分に向けられたものだと気付くには少し時間がかかった。
「閉めろっ!」
それは早く出て行けという意味。雷にでも打たれたかのようにピンと背筋を伸ばして硬直するミキティ。
(な、何で怒ってんだよぉ)
慌ててワゴンを引いてその場を立ち去る。
鼓動が止まらない。ドアにもたれて泣きべそをかきそうになる。
「マリヤとか紛らわしいんだよぉ。鬼退治なら最初からそう言っとけ」