第21話 「まずは、装備を整えることにしよう」
【4月11日午前10時00分】
『 下水道大爆発!?
昨日、17時20分ごろ、学園郊外の下水道管理センターが爆発炎上した事件の続報です。
風紀委員会は本件を、自称・生徒会を名乗るテログループの犯行と断定しました。
主犯は高等部3年生 綾瀬一夜。
水洗トイレの稼働は3日が限界と専門家。学園生徒のお腹に危機が迫ってます。急ピッチでの復旧が望まれますね。
事件に反応してトイレットペーパー相場が高騰。前日比4400%アップ。
なお、園芸部では肥やしの買取は行っていません。 』
壁面ディスプレイにはニュースを読み上げるキャスターの姿が映し出されている。
「すっごーい、アンタ指名手配犯じゃない」
「まぁ、初めてのことじゃないよ。ボク以外の名前は出ていないところを見ると、風紀委員会の上層部は冷静だってことだ。気にする必要はない」
「よく冷静でいられるね。紅茶入れたけど、レモン派? ミルク派?」
一夜はミキティの部屋に匿われていた。
十畳ほどの広さ。備え付のベッドとデスク。クローゼットは3つもあり、収納スペースに余裕をもって設計されている。生徒が住む寮はほぼ同じような間取りだ。床にまだ箱からも出されていない家電や調理器具が並ぶ。
人が住処としての気配はまだ薄く、どこか病室のような空虚さを携えていた。
二人はベッドに並んで腰を掛けている。女の子らしいピンク色のベッドカバーと枕、白い狐のシルエットの柄。
新入生が学園に持ちこめるのは、一つのカバンに詰め込めるだけ。だから、部屋はまだまだ足りないもので『溢れていた』。
例えばテーブル。カップの置き所に困る。適当な箱を探すが、グラグラと安定しない。
「ボクは最近ストレート派なんだ。太りやすい体質なんでね」
「……乳が?」
そういいながら3つ目の砂糖を入れるミキティ。彼女はミルク派だった。
なんだかんだ慣れ合ってはいるが、わだかまりは残ったままだ。
「この場の勢いで聞いちゃうけどさ。おっぱいお化けは、アイツらとは無関係なの? その……『生徒会』の連中と」
カップの中身を覗き込みながら、ためらいがちに問いかける。
「ミキティはよっぽど巨乳が嫌いなんだね」
「ママがね……あたしだってアンタじゃなきゃこんなには弄らないわよ」
「竜涙寺八月。
その名を語ることさえ許されない大悪人。日本政府からの独立を画策し、学園理事を皆殺しにした上、内戦に導いた魔王。
――そして、同時に絶大なカリスマで圧倒的な支持率を得、数多の熱狂的な信者を生み出した最後の生徒会長。語り継がれる英雄王。彼が死んだのは8年前、内戦が終わったのは7年前だ。もはや知る人ぞ知る伝説だ」
口にするだけで思想犯として逮捕される男の名を、一夜はためらうことなく発した。
「学校という場所では、瞬く間に全てが過去になる。ここでの1年は外での10年にも等しい。ボクが中等部に入学したのは5年前、その頃には内戦の傷跡なんてほとんど残っていなかったよ。旧生徒会で残っていたのは『名前』だけさ。皆がその名を都合よく使っていた。その悪習だけは今もまだ続いてるようだね」
ミキティが生徒会に強い反感を持っていることには気づいていた。学園では遠い過去。しかし、外の世界ではたった7~8年前のことだ。親類縁者がいることは不思議ではない。生徒会の名を継ぐ以上は他人事ではいられないとは承知している。
「お兄さんか、それともお姉さんかな」
一夜の視線が机を向く。そこには伏せられた写真立てがあった。
「これ見よがしってわけじゃないんだよ。やっぱ一夜なら気付くよね、ゼロッチとは違って……」
写真立てを元に戻して「このままにしてようか、でもやっぱり恥ずかしい気もして……」と呟くミキティ。
写真に写っているのは黒髪おかっば頭、小学高に入学したてくらいの女の子。その隣には、中学生くらいの男の子が写っていた。
「家族という訳でもないんだ。同じ道場に通っていた近所のお兄ちゃんだよ」
「アタシはさ、夢だとかさ正義だとか未来だとか誰かのためにだとか、そういう耳障りのいい言葉を並べて他人の命を危険に晒すような連中が許せないだけさ」
「この世界に、命をよりも大事なものなんてないのにさ……」
それ以上の会話はミキティは望んでいなかった。
一夜は、自分に対する彼女の反発の理由が知れて、少し心が楽になった。
「チャンネル変えてもいいかな。1980漫才ブーム傑作選が始まるんだ」
学園は外界とは完全に隔絶されているため、中で視聴できる映像コンテンツは放送委員会独自制作の番組と過去のアーカイブ作品に限られる。大昔のドラマや映画は一部マニアの間で好評だったりする。
二人はしばしボーっと画面を眺め、紅茶を味わった。
カップも冷たくなったころ、ミキティが黙ってディスプレイの電源を切る。
「いつまでも現実逃避してちゃいけないよね」
「そろそろ本題に入る頃合いかな?」
一夜は背筋を伸ばすと、ミキティと正面に向かい合った。
「センターが破壊されたのはおそらく下水道に誰も入れないためだ。つまり、カルラと藤原君は下水道の奥へと連れ去られている可能性が高い」
「下水道に何があるの?」
「わからない。何もないと思われるところにこそ何かが隠れている。カルラはそれを探すためにあそこにいたのだろう。それを横から奪おうとする者がいたんだ。学園にとってあそこはゴミ捨て場だ。地下世界にありとあらゆる不要なものを捨て去ってきた。そんな場所で探し物とは実に興味深いね」
「じゃあ、瓦礫を除去して、アタシたちもどうにかして下水道に潜り込まないといけないってわけだ」
「いや、そちらは専門家に任せよう。相手はプロの兵士だからね。頼れる仲間に既に連絡を取っているよ。少なくとも犯人の計画が順調にいっている限りは人質は安全だよ。心配はいらない」
「って言われても、心配するでしょ」
「そうだね。それはもちろんだ。でも、ボクらはボクらにできることをしよう。藤原君が探していた写真の少女。その正体がいよいよ分かりそうだ」
「何? それって今このタイミングで必要なこと?」
「実は今晩、カルラの屋敷で政治パーティが行われる。予定に変更はないようだ。さて、どういうことだろうね。主役もいないのに?」
「だから? それってどういうことなの、分かるように説明して」
「オムニ君に調べてもらったが今現在、どこの誰も、どの勢力もカルラが誘拐されたことに触れていない。保健委員会の幹部が忽然と姿を消して誰も気づかないはずがない」
「全然わかんないよぉ。はよぉ結論、結論」
「ひとつ、カルラの側近は写真の少女の正体を知っていて、彼女を今、代役として使っている」
「ふたつ、カルラを誘拐した連中も写真の少女を知っていて、カルラの誘拐が公にならないと分かっている」
「この二つともが成立することが、重要なんだ。彼女がキーなんだよ」
「分かんなかったけど、分かったぜい。よし、行こう。今すぐ行こう」
ミキティがベッドから立ち上がる。とにかく今は動ないでじっとしているのが苦痛なのだ。
乳が重いと腰も重いのか。ミキティは動こうともしない一夜にいらだつ。
「ミキティはここで連絡係を――」
言い終えるのを待たずミキティが吠える。
「ハァ? 何バカなこと言ってるのさ。アタシにここで降りろとか、ありえないでしょ。てか、アタシがあんたを置いてくからね!」
怒り心頭のミキティ。
一夜は考える。ずっとそれを言わなかった。言えずにいた。でも、結局は言わざるを得なくなった。
「藤原君のことは心配いらない、たしかにそう言ったよ。本当に危険なのはボクたちの方だ。命の保証は、できない」
ミキティは臆することなく一夜の瞳をを睨み返す。怒りも、反感も、侮蔑も何もなかった。あるのは、彼女の意志だけ。当然ことを当然のように行う。これが平常運転だと。
「神様なら、私の願いも叶えなさいよ。私の願いは言わなくたって分かるよね?」
「やれやれ。この程度、すべて呑みこんで丸く収めろというんだね」
ほんの一瞬、一夜は困ったような顔をした。
それはあまりに静かで短い時間のことだったけれど、大きな決断だった。
一夜は覚悟を決めたのだ。いつも自分の判断には自信満々である彼女もこのときばかりは賽を投げる思いだった。
「神様はつらいね、まったく」
一度決めたからには後悔はしない。端末をすばやく操作する。
「まずは、装備を整えることにしよう。ティーテーブルは僕からのプレゼントだ」
半刻ほどが過ぎ、部屋のチャイムがなる。
学園の宅配システム。たいていのものなら1時間もかからずに手に入る。
◇
「で、なんでメイド衣装ですか!?」
箱を開けたミキティは不信の目で一夜をにらむ。
紺色のロングスカートのワンピースに白いエプロン、ヘッドドレス。二人はすっかり可愛いメイドさん。
宅配便で届いた一番大きな荷物がこれ、二人分のメイド服。それとティーテーブル。
「名付けて、『ときめき☆潜入メイドさん大作戦』だよ!」
「ふざけてんの!?」




