銀の弾丸
背中に銃口を突きつけられながらも、オレはなるべく落ち着いて思考するよう努めた。
大丈夫、さっき買った小手と胸当ては既に装備してある。
オレの防御力は可能な限りマックスだ。
それに何より――オレには主人公補正がある。
ケガくらいはするかもしれないが、昨晩の噛み跡だって治ったのだ。
この銃弾も致命傷にはならないだろう。
……それでも嫌だけど。
問題はそこじゃない。
この世界には銃なんかまだ無いはずだ。
だからオレは短剣だけを手にオオカミ退治をする羽目になったのだし。
もちろん銃なんか扱ったことがないから、当たるかどうかは別だけれど――そもそもそんな手段があるなら、ダニエルさんだってオレに依頼なんかしないだろう。
しかし、背後のこいつはどうやら銃を持っている。
この世界においては、オーパーツと言ってもいい。
それに何より、「お前が今の主人公か?」という台詞。
そんな事を言うのは――
「……あんたは、かつての主人公か?」
「御名答」
その瞬間、発砲音が響く。
少しだけ掠ったが――オレにしては信じられないスピードでその場から回避した。
グローブが光っていた。
「……あぶねーな。当たったらどうするんだ」
「へぇ。あのゼロ距離からそこまで移動するなんて……なかなかやるじゃないか」
オレは今更のように「かつての主人公」の姿を確認する。
銀髪のオールバックに、西部劇に出てきそうな緑色のベスト。
両手には二丁の拳銃。
主人公というよりは悪役っぽい。
敢えてなのか?
まぁスウェットジャージのオレが言えた義理じゃないけど。
そいつはオレの手元を見て、「そのグローブ……ホセイちゃんのだろ」と言った。
「……ホセイちゃんを知っているのか」
「あぁ。彼女のことはお前の何倍もよく知っている。お前がこれから立ち向かうであろう敵のことも、ラスボスのことも、余す事なくな」
「へぇ……じゃあ、この先何が起きるのか教えてくれるのか?」
「必要ない。なぜならお前はここで死ぬからだ」
そいつは銃口をこちらに向け、再び発砲した。
咄嗟に避けたが、どうやら右腕に少し掠って少し痛い。
オレはグローブを着けた右手を振りかぶり、そいつを殴り飛ばそうとしたが、それはそいつの無駄のない動きで避けられた。
「あぁ、ホセイちゃんに選ばれた者の動きだな。そのグローブを身に着けていれば、お前の身体能力は飛躍的に上がる。だが……そのグローブには弱点がある」
「何?」
「何だ、知らないのか?先に説明をしないのは相変わらずだな、ホセイちゃん」
そいつは不愉快な顔でせせら笑い、発砲を続けた。
間一髪で避けようとして、治ったばかりの肩に掠った。
左手を振りかぶるが、あっさりかわされる。
……こいつにも、元とはいえ主人公補正がついているということなんだろうか。
「俺は優しいからな。後輩のお前に教えてやるよ。それは一定時間使い続けると、強い眠気に襲われるんだ。お前にも身に覚えがあるんじゃないか?」
「……」
確かにそうだ。
リミアさんを助けた時も、オオカミを倒した後も、抗い難い睡魔がやってきた。
あれは、このグローブの反動だったのか。
元主人公は、にやりと笑った。
「確かにそのグローブは優秀だが……そのグローブを使い続ければ、お前は俺に一度も攻撃を当てられないまま眠気によって俺に負ける」
「……」
「ククク、残念だったな」
「そんなもん、やってみなきゃわかんねぇだろ!」
オレは足払いを仕掛け、相手を転ばせようとした。
しかしその動きも読まれていたのか、彼はオレの脚を飛び上がって避け、空中から発砲した。
「ぐっ……」
左足に弾丸がめり込む。
致命傷ではないが、じくじくと痛みが拡がった。
立ち上がろうとしても上手く動けない。
「お前の足の腱を切った。いずれ眠気が来るだろうが……それまで持つかな」
彼は薄ら笑いを浮かべながら、銃口をこちらに向け一歩一歩、俺に近づいてくる。
再び発砲される。
耳が熱くなり、血が噴き出す感覚。
「頭を狙ったんだが……やはりお前には当たらないか。主人公補正ってのも、自分についているうちは最高だが、他人についていると思うとこうも不愉快なんだな」
「何……?」
足に力が入らなくて立てない。
オレはせめてもの抵抗で彼を睨みつけたが、彼はどこか遠い目をしていた。
「全く……ホセイちゃんそのものみたいだ」
そう言いながら、俺の額に銃口を当てようとして――目の前にピンク色の生き物が割り込んできた。
「――そこまでだよ、ライガくん。いや、今は……『銀の弾丸』と呼ぶべきかな」
そこにはホセイちゃんが、ライガと呼ばれた男の拳銃の先に浮かんでいた。
ホセイちゃんはオレの額のすぐ上で、息を切らしていた。
そんなに焦っているホセイちゃんを見るのは初めてかもしれない。
ホセイちゃんの姿にライガはどこか愛おしいものを見るような、それでいて責めるような目をした。
「……ホセイちゃん。やっと会えたね」
「君はまだこの世界に『囚われて』いるんだね、『銀の弾丸』」
「そんな言い方するなよ。前みたいにライガって呼んでくれ」
「銃口を突きつけた状態でそんなことを言うのは、あまりに都合がいいんじゃないか?」
「この俺が君を撃つわけないだろ、ホセイちゃん。それに……俺が囚われているのはこの世界じゃない。君さ」
「……」
ライガは気障な台詞とは裏腹に、苦しげな表情を浮かべた。
ホセイちゃんはしばらくライガを睨みつけた後、「相変わらずだな、君は」と呟く。
ホセイちゃんは小さな右手を挙げ、指をパチンと鳴らした。
それから銃口から離れ、背を向けてどこかへ飛んでいこうとする。
「帰ろう、タカシくん」
「え?」
俺が唖然としていると、ライガが声を上げた。
「な、まだ話は終わってないぞ、ホセイちゃん!」
「君と話すことはない。早く元の世界に帰ってくれ」
「どうして……俺にはホセイちゃんしかいないのに!」
ライガはすがるようにホセイちゃんを見つめたけれど、彼女は振り返らずにオレを横目で見た。
「立てるかい?タカシくん」
「いや、立てん」
「全く、仕方ないな……疲れるからあんまりやりたくないんだけどな。あー、グローブも使っちゃってるね。君が寝るまでに神様パワーで頑張るしかないかー」
ホセイちゃんは渋々と言った様子でオレの脚に触れた。
痛みが和らぐのがわかった。
「おい、勝手に帰ろうとするな」
ライガがオレとホセイちゃんを睨みつけ、銃口をオレに向けた。
そこには得体のしれない圧があった。
ホセイちゃんは面倒くさそうにライガに視線を寄越す。
「言っただろ、わたしにはシナリオを終わらせる義務がある。わたしはそもそも、そのための存在だ。何を勘違いしているのか知らないが、君が主人公を放棄したのなら、わたしと君の関係もそれまでだよ、銀の弾丸」
「そんな……納得できない!どうして終わらなきゃいけないんだ。俺は別に元の世界に未練はないし、ここでなら上手くやれる。それに何より……ホセイちゃんだけが俺を見てくれたのに!」
「わたしは作品が面白くなるためなら何だってする。それだけさ」
「それでもいい!君を失うくらいなら、シナリオなんてクリアしたくない!」
「全く……本当に君は主人公に向いてないね」
ホセイちゃんは冷たい声でそう言うと、オレに「タカシくん、もう立てるはずだ」と言った。
言われた通り立ち上がると、脚の痛みはかなりマシになっていた。
「よし、タカシくん、走って逃げろ!」
「え?マジで言ってる?」
「いいから!」
ホセイちゃんの有無を言わせない声に、オレは慌てて走り出す。
「待て!」
ライガはオレに向かって拳銃を撃つ動きをしたが、そこから弾丸が発射されることはなかった。
「な、何?」
「さっき君の拳銃をジャムらせてもらったよ。じゃあね、銀の弾丸」
ホセイちゃんはそう言うと、オレの背後でまぶしく光った後、跡形もなく消えた。
オレはライガと距離を空けながら走った。
何故か彼はついてこなかった。
ーーー
オレはダニエルさんの家まで急いで走った。
ダニエルさんが驚いた顔で「タカシ、何かあったのか?またケガをしているじゃないか」と言った。
「あぁ……すみません、変な人に絡まれてしまいまして」
「そうか。明日のオオカミ退治の仕事はどうする?無理なら新しい警備か、昨日の聖女様を手配するが」
「このくらいなら何ともありません。大丈夫です」
「そうか。何か事情があるんだろうが、君も無理はするなよ」
「ありがとうございます」
オレはお礼を言ってその場から離れた。
……もしかしたら、ライガに目をつけられてしまった以上、この仕事を続けるのは難しいかも知れない。
ダニエルさんはただの一般市民だから、できれば巻き込みたくない。
自分の部屋にはいると、そこには既にホセイちゃんがいた。
酷くげっそりした顔をしていた。
「おかえり、タカシくん」
「ただいま、ホセイちゃん。……で、あれが誰なのか説明してもらおうか」
「やっぱりそうなるよね~」
ホセイちゃんはがくりと項垂れた後、困ったように頭を掻いた。
「タカシくんもある程度察してるとは思うけど……あれは前回の主人公くんさ」
「あぁ、それは本人からも聞いたよ。というより……何だよあの湿ったやりとり。元カレかと思った」
「はぁ……体長20センチの女に欲情するの、かなり異常性癖だろ」
「……その台詞炎上しない?」
「やかましい、炎上がなんぼのもんじゃい!ブクマが稼げればこっちのもんよ!」
「お、おぉ……そうか」
いつもは他人を面白がってニヤついているホセイちゃんが、珍しく荒れていた。
まぁ、オレは彼女をそう言う目で見たことはないけど、人の数だけ性癖があるからな……。
オレがそんな事を考えていると、ホセイちゃんはため息をついた。
「ライガくんは、とても落ち込みやすい人だった。初めて戦闘したときは、勝ったのに2日くらい宿屋から出てこなかったし、戦いの前はいつも震えていた」
「今とは随分キャラが違うな」
「そうだね。わたしは彼が落ち込む度に、彼を励ました。大丈夫、君なら出来る。君は強いし、何より主人公だから……って。次第に彼はわたしに単なるナビゲーターだけでなく……恋人や母親のような役割を求めるようになった」
「……」
「一応わたしもこの世界にヒロインを用意したんだけどね、その子とライガくんは上手くいかなかったんだ。同じ年代の女性は何を考えているかわからなくて怖い、ホセイちゃんは小さいし優しいから怖くない、だってさ。全く、いくらわたしが可愛いからってどうかしてるよ」
ホセイちゃんは遠くを見るような目をした。
「それでも能力は高かったし、ラスボス直前まではシナリオクリアの方向に向かっていたから、まだ良かった。だけど……いざラスボスにとどめを刺すその時、ラスボスの命乞いと甘い契約に負けたんだ」
「えっ」
「ラスボスに同情したというよりは……この世界に未練があったんだろうね、彼は」
ホセイちゃんはオレから目を逸らした。
オレは先ほどのライガの「俺が囚われているのは君だよ」という言葉を思い出す。
「ラスボスは彼に言った。『自分を見逃せば、その臆病な性格を変えてやる』とね。彼は実は結構自分が嫌いだったらしいんだ」
「……へぇ」
「わたしは異世界転生を望まない相手を転生させることはないんだが……彼はむしろ、元の世界を捨てたがっていた。その上、自分の嫌な部分も変えてくれる、ともなれば、彼にそれを断る理由はなかった」
「それって、本当に臆病が治るもんなのか?」
「さぁね。でも実際、さっきの戦闘では君に怯えてる様子はなかっただろう?」
「……まぁ、そうだね」
「当時の彼はあんなものじゃなかった。グローブで寝落ちた後、目覚めてからもずっとガタガタと震えていたからね。それなのに能力は高いから、本人も難儀だったとは思うけど」
「……成功体験を積んでも、自信にならなかったのか」
「その辺、彼にも色々あるんだろうよ。当時は向上心が高くていいと思っていたんだが……彼のそれは、度を越していた」
ホセイちゃんはベッドに身を投げ出した。彼女が大の字に転がっても、そのベッドにはまだたくさんの余白があった。
「主人公は冒険を終えると成長するのがセオリーだ。ライガくんにとって、臆病な自分を克服することは成長ではあったけれど……方法を間違えたんだ。誰かに自分の内面を支えてもらうなんて、そんなのは偽りだからね」
「……そうかもな」
「けれど、当時のわたしは……シナリオクリアを優先するあまり、自分に彼を依存させてしまった。あれは……彼自身の問題もあるけれど、わたしの責任でもある」
ホセイちゃんは寝返りを打ち、うつ伏せになった。
「まぁ、かと言って何が出来るわけでもないんだが。すまないな、タカシくん。わたしの問題に巻き込んで」
「それは最初からそうだけどな」
オレは苦笑しながら空いているところに腰を下ろす。
何となくそうしたくなって、オレはホセイちゃんの頭を指で撫でた。
ホセイちゃんは一瞬驚いた顔をした。
「……おい、そういうのはヒロインにやれ」
「別に他意はないんだが……目の前に落ち込んでる人間がいたら慰めてやりたくなるのは人間の性だろうが」
「なんだ、SNSで『好きじゃない相手からの頭ぽんぽんは地獄』って習わなかったのか?」
「あー、悪かったよ」
女心は難しいな。
オレはすぐに手を離す。
するとホセイちゃんはニヤリと笑った。
「君がわたしを攻略するなんて10年早いな」
「だからそういうのじゃねえって」
「しかし君、このわたしを心配してくれるのかい?」
「えっと……まぁ、元気になってくれればいいなとは思ってるけど」
「それならタカシくん、手をこうしてお皿の形にしてくれ」
ホセイちゃんはそう言いながら、両手で何かを掬うようなジェスチャーをした。
「ん?こう?」
「よし。では失礼」
彼女はそう言いながら、オレの両手の上にごろんと寝転んだ。
彼女の小さな身体が、オレの手の上にすっぽりと収まる。
「……もしかして、このままじっとしてなきゃ駄目?」
「当然だろう。落とすなよ」
「……はい」
ホセイちゃん、いつも浮いてるくせに落ちるかどうか気にするんだな。
彼女はオレの手の上でくつろぎながら、ニヤリとオレを見上げた。
「まぁとにかく、わたしも学習したわけだよ、タカシくん。君を選んだのは、『異世界転生を望みながらもバリバリに帰る理由があるから』だからね」
「クソが。あれはただの現実逃避であってこんな過酷な場所に来るくらいなら早く帰りたいんだよオレは」
「うんうん、いいねー。その調子で頑張ってくれ」
「帰りてぇ〜〜」
オレが両手をキープしたまま項垂れると、ホセイちゃんは楽しそうに笑った。
「本当に君を選んで良かったよ、タカシくん」
ホセイちゃんは目を細めながらそう言った。
オレは瞬きをした後、「そうかよ」と答えた。




