誤差
昼休み。
教室は、いつも通りだった。
笑い声。
机の音。
どうでもいい会話。
全部、普通。
――普通すぎる。
「……なあ」
隣の席のやつに声をかける。
「昨日さ」
「ん?」
「誰か、休んでなかった?」
相手は少し考えて、首を傾ける。
「いや? 全員いたくね?」
即答。
「……だよな」
引く。
でも。
引っかかる。
確かに“何か”が足りなかった気がする。
でも、それが何か思い出せない。
「……気のせいか」
そう言って、終わらせる。
終わらせるしかない。
⸻
視線を上げる。
結衣がいる。
いつも通り。
笑ってる。
誰かと話してる。
普通に。
でも。
「……違う」
小さく、呟く。
何が、とは言えない。
でも、違う。
“ちょうどよすぎる”。
「れん?」
声。
結衣がこっちを見ている。
いつの間にか、会話が終わってる。
「なに?」
「……いや」
言葉が出ない。
結衣は少しだけ首を傾ける。
「変な顔してる」
軽く笑う。
いつも通り。
でも。
「……お前さ」
思わず言う。
「なんでそんな平気なんだよ」
空気が、少しだけ止まる。
結衣は一瞬だけ黙る。
それから。
「何が?」
自然に返す。
分かってない顔。
でも。
「……いや」
引く。
言えない。
言葉にした瞬間、何かが壊れそうで。
「なんでもない」
結衣は少しだけ見て、それから笑う。
「そっか」
あっさり。
それ以上は聞かない。
――聞かないのも、おかしい。
⸻
放課後。
教室。
人が減っていく。
でも。
“減り方”が、きれいすぎる。
誰も困らない順番で、いなくなる。
「……やっぱり」
おかしい。
でも、証明できない。
だから、誰も気づかない。
気づけない。
「れん」
声。
振り向く。
結衣。
また、いる。
さっきまでいたのに。
違う場所に。
同じ時間で。
「……お前」
言葉が止まる。
「なに?」
普通に返す。
でも。
距離が、変だ。
時間が、変だ。
「……さっき」
言いかける。
やめる。
「いや、なんでもない」
また、それだ。
結衣は少しだけ目を細める。
「それ、最近多いね」
指摘。
痛いところ。
「……そうか?」
「うん」
あっさり。
それから。
少しだけ、近づく。
「でもさ」
一拍。
「気づいてるんでしょ」
心臓が跳ねる。
「……何を」
とぼける。
結衣は少しだけ笑う。
困ったみたいに。
でも。
逃がさない。
「変だってこと」
言い切る。
否定できない。
「……ああ」
小さく、認める。
結衣はうなずく。
納得したみたいに。
「そっか」
一歩、近づく。
距離が近い。
「じゃあ、いいよ」
意味が分からない。
「……何が」
結衣は少しだけ考える。
それから。
「まだ、言わない」
軽く言う。
重いことを。
「……は?」
「今言うと、選べなくなるから」
空気が、止まる。
「……何を」
結衣は首を傾ける。
少しだけ笑う。
「全部」
短い。
でも。
十分すぎる。
「……意味分かんねえよ」
結衣は否定しない。
ただ、少しだけ目を細める。
「分からなくていいよ」
やさしい声。
「その方が、ちゃんと選べるから」
意味が分からない。
でも。
引っかかる。
“ちゃんと選べる”。
その言い方。
「……お前」
言いかける。
結衣は、先に言う。
「ねえ」
一歩、下がる。
距離を取る。
「最後さ」
風が、少しだけ吹く。
「後悔しないでね」
一瞬。
昨日と言葉が、重なる。
「ちゃんと選んでね」
繋がる。
全部。
「……なんで」
問い。
絞り出す。
「なんでそんなこと言える」
結衣は、少しだけ黙る。
それから。
一拍だけ
迷ったように見えた
「だって」
一拍。
「知ってるから」
背中が、冷える。
「……何を」
聞くしかない。
結衣は答えない。
ただ。
視線を、黒板に向ける。
つられて、見る。
何もない。
白いだけ。
なのに。
「……なんだよ」
違和感。
奥に、何かある。
“見えそうで見えない”。
「……見える?」
結衣の声。
横から。
「……いや」
正直に言う。
「でも」
言葉を探す。
「なんか、ある」
結衣は、うなずく。
当たり前みたいに。
「うん」
一拍。
それから。
「もうすぐだね」
意味が分からない。
でも。
分かってしまう。
“終わり”が近い。
チャイムが鳴る。
空気が、切り替わる。
でも。
何も、元に戻らない。
黒板を、もう一度見る。
――気のせいじゃない。
確かに。
“向こう側”がある。
見ている気がする。
誰かに。
いや。
“何か”に。
視線を外す。
心臓が、うるさい。
「……なんだよ、これ」
答えは、出ない。
ただ一つ。
確実なのは――
次で、終わる。




