重ねる
『試行回数:残り少数』
その一文が、頭から離れない。
回数制限。
つまり、やり直しにも限界がある。
「……クソ」
廊下を歩きながら、拳を握る。
二人同時に救う。
しかも“同一時点で確定”。
今のやり方じゃ無理だ。
時間を止めて、位置を変える。
それでも“未来基準”で弾かれる。
なら――
「未来ごと、固定するしかない」
言葉にしてみる。
自分で言って、自分で分からなくなる。
未来を固定するってなんだ。
そんなこと、できるはずがない。
⸻
昼休み、教室。
黒板は白い。
でも、見ようとすれば見える。
“あっち側”の黒板が。
「……なあ」
チョークを手に取る。
普通の、ただのチョーク。
でも、あの時だけ“向こう”に触れる。
「条件、追加できるか」
書いてみる。
『条件変更』
何も起きない。
少し待つ。
黒板が、静かに返す。
『権限不足』
舌打ちする。
「じゃあ、ヒントは出せるか」
間。
『観測者に限定』
観測者。
つまり――俺だけ。
「……意味ねえ」
呟く。
そのとき。
「れん」
結衣の声。
振り向く。
いつもの距離。
でも、視線が違う。
「さっきから、何見てるの?」
黒板は見えていないはずだ。
なのに、位置が合っている。
「……なんでもない」
「ふーん」
結衣は少しだけ近づく。
黒板と、俺の間に入るみたいに。
「ねえ」
小さく言う。
「それ、重ねてるでしょ」
心臓が止まる。
「……何を」
「時間」
即答だった。
思考が、一瞬遅れる。
「ズレてるもん」
結衣は当たり前みたいに言う。
「さっきから、同じ一瞬がちょっとだけ重なってる」
理解が、追いつく。
重なっている?
つまり――
「……同時に、じゃない」
口が勝手に動く。
結衣が、首を傾げる。
「ん?」
「同時にやるんじゃない」
違う。
今までのやり方は、“一回で二人”だった。
だから弾かれる。
なら――
「二回を、同時にする」
自分でも、言っている意味がギリギリだ。
でも、感覚は合っている。
時間を止める。
その中で、別の選択を重ねる。
一つの結果に対して、二つの操作を“重ねて確定させる”。
「……できるか」
やるしかない。
⸻
放課後、同じ場所。
校門前。
結衣と、もう一人。
位置も、タイミングも同じ。
「れん?」
結衣が不思議そうに見る。
「少しだけ、じっとしててくれ」
答えない。
視線は前。
来る。
キィィィィィッ――!!
音。
同時に、チョーク。
『止まれ』
世界が止まる。
息を吸う。
ここからだ。
まず、一人目。
結衣を引く。
位置を変える。
ここまでは同じ。
次に、もう一人。
押す。
外す。
ここも同じ。
でも――
終わらせない。
チョークを、もう一度握る。
同じ場所に、重ねる。
『止まれ』
時間が、さらに沈む。
二重に、止まる。
視界が歪む。
足元が揺れる。
でも、動ける。
「……いける」
今、この瞬間は二つある。
一つ目の停止。
二つ目の停止。
両方の中で、位置を微調整する。
ほんの数センチ。
未来の“当たり”を、完全に外す位置へ。
「……これで」
息が荒くなる。
解除する。
『解除』
音が戻る。
風が流れる。
時間が、走る。
キィィィィィッ――!!
車が滑る。
軌道が――
外れる。
誰にも当たらない。
完全に、逸れる。
通り過ぎる。
止まる。
静寂。
「……は」
誰も、倒れていない。
結衣も。
もう一人も。
周りの人間も。
全員、立っている。
初めてだ。
誰も消えていない。
黒板が現れる。
『判定:――』
止まる。
息が詰まる。
『同時救出:成立』
膝から力が抜ける。
「……やった」
声が漏れる。
できた。
初めて、全員を残した。
黒板が、続ける。
『最適化進行』
嫌な言葉。
でも、今はいい。
結果が出た。
そのとき。
「れん」
結衣の声。
振り向く。
無事だ。
はっきりと。
そこにいる。
でも。
表情が、少し違う。
「今の、二回やったでしょ」
呼吸が止まる。
「……何が」
「時間」
また、即答。
結衣は一歩近づく。
目が、外れない。
「ねえ、それ」
少しだけ、笑う。
「次は失敗するよ」
一拍。
言葉の意味が、遅れて刺さる。
「……なんで」
結衣は、首を傾げる。
困ったみたいに。
でも。
どこかで分かっている顔で。
「だって」
小さく、言う。
「回数、減ってるもん」
黒板が、静かに現れる。
新しい一行。
『試行回数:残り1』
心臓が、強く鳴る。




