観測の侵入
朝。
教室。
いつも通り。
なのに――
「……一つ多い」
口に出る。
机の数。
一つだけ、多い。
「れん?」
結衣が振り向く。
「何が?」
「……いや」
視線を逸らす。
他のやつらは気にしていない。
当然みたいに、その机を避けている。
“見えていない”みたいに。
「……あるだろ」
小さく言う。
指差す。
教室の中央。
空いているはずの場所に。
机と椅子。
きっちり揃っている。
結衣は少し目を細める。
じっと見る。
それから。
「……うっすら、見える」
低く言う。
「前よりはっきり」
「だよな」
確信する。
“侵入してる”。
⸻
授業が始まる。
先生が入ってくる。
出席を取る。
名前が呼ばれていく。
いつも通り。
問題はない。
……はずだった。
「――最後」
一拍。
名簿をめくる音。
先生の口が、止まる。
「……?」
誰も気にしない。
でも。
「……そこ」
思わず言う。
先生が顔を上げる。
「ん?」
「その下、誰だよ」
教室が一瞬だけ静まる。
でも、すぐ戻る。
「……何言ってるんだ?」
先生は首を傾げる。
名簿を見る。
「これで終わりだぞ」
違う。
確実に、“一行ある”。
見えている。
俺には。
でも。
“読めない”。
「……名前が、ない」
呟く。
文字はあるのに。
意味がない。
読めない。
結衣が小さく言う。
「それ、“確定してない”やつじゃない?」
背筋が冷える。
「……まだ、決まってない存在」
「……ああ」
つまり。
“これから入ってくる”。
⸻
休み時間。
その机は、ずっと空いたまま。
誰も座らない。
誰も触らない。
でも。
「……近づいてる」
違和感が、濃くなる。
空気が重い。
「ねえ」
結衣が言う。
「これさ」
机を見たまま。
「座られたら、どうなると思う?」
答えは出ている。
「……始まる」
短く言う。
⸻
昼休み。
音が、落ちる。
ざわめきが一瞬だけ消える。
「……来るぞ」
立ち上がる。
結衣も同時に動く。
その瞬間。
教室の扉が、開く。
ゆっくり。
音もなく。
そこに立っている。
知らないやつ。
でも。
“あの時のやつ”と同じ。
空気が違う。
「……お前か」
低く言う。
そいつは軽く手を上げる。
「どうも」
気軽に。
「また会ったね」
笑う。
余裕。
「今回はさ」
一歩、入ってくる。
そのまま。
迷いなく。
あの机へ向かう。
「座るから」
止まらない。
「やめろ」
言う。
強く。
でも。
そいつは止まらない。
椅子を引く。
音がやけに大きい。
ギィ。
座る。
その瞬間。
空気が“確定”する。
重さが変わる。
音が変わる。
世界が一段、深くなる。
黒板が浮かぶ。
『観測者:参加』
下に、続く。
『対象数:増加』
「……増やしてんじゃねえよ」
吐き捨てる。
そいつは肩をすくめる。
「だってさ」
楽しそうに。
「二人だけだと、つまんないじゃん」
笑う。
完全に。
“遊んでる”。
「……ふざけんな」
拳を握る。
でも。
殴れない。
“効かない”。
分かってる。
そいつは黒板を見る。
当然みたいに。
「ほら」
指さす。
『第一試行:更新』
「ルール、増えるよ」
軽く言う。
その目が、こっちを見る。
「ちゃんとついてこれる?」
挑発。
でも。
逃げない。
「……やるよ」
低く言う。
結衣が隣に来る。
距離が近い。
いつも通り。
でも。
今は、違う。
「二人で?」
そいつが聞く。
笑いながら。
「足りる?」
一瞬。
静寂。
それから。
「足りる」
即答。
迷わない。
「足りなきゃ、増やすだけだ」
言い切る。
そいつの目が少しだけ変わる。
興味。
「へえ」
小さく笑う。
「いいね」
楽しそうに。
黒板に、新しい文字。
『条件追加:複数同時維持』
『失敗時:任意削除』
空気が、重くなる。
前より、悪い。
「……任意?」
結衣が小さく言う。
「ああ」
理解する。
「向こうが選べるってことだ」
最悪だ。
完全に。
主導権を取られてる。
そいつが立ち上がる。
ゆっくり。
「じゃ」
軽く手を振る。
「一回目、いこうか」
その瞬間。
音が消える。
光が歪む。
世界が、切り替わる。
「……来る!」
結衣の手を掴む。
離さない。
「今回は、消させない」
低く言う。
前を見る。
観測者。
黒板。
全部。
「全部、残す」
言い切る。
世界が、落ちる。




