最初の失敗、それは3回目
人は、未来をひとつだけ盗める。
――その代わりに、何かが欠ける。
「れん、遅刻するよ」
目を開けると、窓の外に結衣がいた。朝の光を背にして、いつも通りの顔で手を振っている。
「……またそこから来たのかよ」
「幼なじみ特権」
軽く笑って、そのまま部屋に入ってくる。鍵なんて意味がないみたいに自然な動きだった。
「今日テストでしょ。早く準備しなって」
「……知ってる」
布団の中から答えると、ため息が返ってくる。
「ほんと、放っておくと死にそう」
その言葉が、少しだけ引っかかった。
「死なねえよ」
軽く返す。軽く返したはずなのに。
「……そっか」
結衣は一瞬だけ、何かを確かめるように頷いた。
その“間”に覚えがある気がした。でも、思い出せない。
「先行くね。遅れんなよ」
手を振って出ていく。
静かになった部屋で、窓の外を見る。遠ざかっていく背中。
――ちゃんと見ておけ。
そんな感覚がよぎる。初めてじゃない気がした。
でも、理由は分からない。
俺は目を逸らした。
⸻
教室のドアを開けた瞬間、違和感があった。
誰もいない。それはいい。けれど、黒板がおかしい。
文字で埋め尽くされていた。
『君は、また間違える』
『その選択は三回目だ』
『彼女を見るな』
全部、同じ字だ。
――俺の字。
なのに、書いた記憶がない。
チョークを拾う。手が迷わず動く。
『今回は成功する』
書いた瞬間、文字がにじんだ。
『それも、もう書いた』
息が止まる。
『“次の俺”』
違う。未来じゃない。
残っているだけだ。
スマホを見る。日付は同じ。
――いや、戻っている。
「……結衣」
名前を口にした瞬間、頭の奥に音が走る。
ブレーキ。届かない距離。倒れる影。
思い出しかけて、やめる。
でも体は覚えている。
黒板に、また文字が浮かぶ。
『見るな』
『――もう遅い』
ドアを開ける。
⸻
「れんー!」
結衣がいた。
同じ場所。いつも通りの顔。
――でも、どこか違う。
(今回は、いける)
そう思った瞬間。
バンッ!!
黒板が鳴る。
振り向く。誰もいない。文字だけが増えている。
『今回は違うと思ったか?』
次の瞬間。
キィィィィィッ――!!
音が響く。時間が歪む。
結衣が揺れる。
「れん?」
――まただ。
この瞬間を、知っている。
何度も。
「っ……!」
頭の奥で声がする。
――書け。
チョークを握る。叩きつける。
『止まれ』
世界が止まる。
音も、風も、結衣も。
動いているのは黒板だけ。
『初めてだ』
『観測完了』
『誰を消す?』
机が一つ、消えた。
音もなく。最初からなかったみたいに。
名前が出てこない。
理解する。
これは選択じゃない。
削除だ。
『ようこそ、最後の一回へ』
時間が戻る。
音が戻る。
結衣が、こちらを見る。
「ねえ、れん」
一瞬だけ、違う顔。
「今の私、何回目?」
一拍。
「――やっと、ここまで来たね」
心臓が、大きく鳴った。
未来を盗む代わりに、何かが欠ける。
何が欠けているのか。
まだ、分からない。




