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世界は最適化される。だから俺は、全員を残す  作者:
最適化世界の観測記録
1/36

最初の失敗、それは3回目

人は、未来をひとつだけ盗める。

 ――その代わりに、何かが欠ける。


 「れん、遅刻するよ」


 目を開けると、窓の外に結衣がいた。朝の光を背にして、いつも通りの顔で手を振っている。


 「……またそこから来たのかよ」


 「幼なじみ特権」


 軽く笑って、そのまま部屋に入ってくる。鍵なんて意味がないみたいに自然な動きだった。


 「今日テストでしょ。早く準備しなって」


 「……知ってる」


 布団の中から答えると、ため息が返ってくる。


 「ほんと、放っておくと死にそう」


 その言葉が、少しだけ引っかかった。


 「死なねえよ」


 軽く返す。軽く返したはずなのに。


 「……そっか」


 結衣は一瞬だけ、何かを確かめるように頷いた。


 その“間”に覚えがある気がした。でも、思い出せない。


 「先行くね。遅れんなよ」


 手を振って出ていく。


 静かになった部屋で、窓の外を見る。遠ざかっていく背中。


 ――ちゃんと見ておけ。


 そんな感覚がよぎる。初めてじゃない気がした。


 でも、理由は分からない。


 俺は目を逸らした。



 教室のドアを開けた瞬間、違和感があった。


 誰もいない。それはいい。けれど、黒板がおかしい。


 文字で埋め尽くされていた。


 『君は、また間違える』

 『その選択は三回目だ』

 『彼女を見るな』


 全部、同じ字だ。


 ――俺の字。


 なのに、書いた記憶がない。


 チョークを拾う。手が迷わず動く。


 『今回は成功する』


 書いた瞬間、文字がにじんだ。


 『それも、もう書いた』


 息が止まる。


 『“次の俺”』


 違う。未来じゃない。


 残っているだけだ。


 スマホを見る。日付は同じ。


 ――いや、戻っている。


 「……結衣」


 名前を口にした瞬間、頭の奥に音が走る。


 ブレーキ。届かない距離。倒れる影。


 思い出しかけて、やめる。


 でも体は覚えている。


 黒板に、また文字が浮かぶ。


 『見るな』

 『――もう遅い』


 ドアを開ける。



 「れんー!」


 結衣がいた。


 同じ場所。いつも通りの顔。


 ――でも、どこか違う。


 (今回は、いける)


 そう思った瞬間。


 バンッ!!


 黒板が鳴る。


 振り向く。誰もいない。文字だけが増えている。


 『今回は違うと思ったか?』


 次の瞬間。


 キィィィィィッ――!!


 音が響く。時間が歪む。


 結衣が揺れる。


 「れん?」


 ――まただ。


 この瞬間を、知っている。


 何度も。


 「っ……!」


 頭の奥で声がする。


 ――書け。


 チョークを握る。叩きつける。


 『止まれ』


 世界が止まる。


 音も、風も、結衣も。


 動いているのは黒板だけ。


 『初めてだ』

 『観測完了』

 『誰を消す?』


 机が一つ、消えた。


 音もなく。最初からなかったみたいに。


 名前が出てこない。


 理解する。


 これは選択じゃない。


 削除だ。


 『ようこそ、最後の一回へ』


 時間が戻る。


 音が戻る。


 結衣が、こちらを見る。


 「ねえ、れん」


 一瞬だけ、違う顔。


 「今の私、何回目?」


 一拍。


 「――やっと、ここまで来たね」


 心臓が、大きく鳴った。


 未来を盗む代わりに、何かが欠ける。


 何が欠けているのか。


 まだ、分からない。


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