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4-8 ピネーディアの攻防




 * * * *




 数時間前──


 マロンに『何でも言うことを聞く』と言わしめたクレアが、彼女に要求したのは……



「今日だけで結構です。あなたのお店の行列に、先頭で並ぶ権利をいただけないでしょうか?」



 というものだった。

 正直もっとこう、アレなことを期待していたマロンは、暫しぽかんと口を開けてから、



「も、もちろん! あなたはこの店の恩人ですから……むしろタダで商品を差し上げたいくらいです!」



 そう言って、適当なメモ用紙に『購入優先券』と書き記して、クレアに渡した。

 彼はそれを嬉しそうに受け取り、



「ありがとうございます。先ほど捕らえた強盗の後始末があるので、一度失礼しますが……開店の時間までには、戻って参ります」



 爽やかな笑みを残し、一旦マロンに別れを告げた。




 そして、開店時間。


 連日同様、店の入り口にシュークリームを求める長蛇の列が出来上がる中。

 再び戻って来たクレアはそれを完全に無視して、店の扉を開けようとする。

 すると当然、先頭に並んでいた女性に「ちょっと、順番守ってよ」と怒られる。

 しかしクレアは、先ほどマロンにもらった『購入優先券』を掲げ、



「すみません。私はこれを持っていますので」



 と、余裕の表情で、店の中へと入って行った。

 それを見た待ち人々は、「なにあのチケット…」「優先券なんて、聞いたことある?」と俄かにざわつき始め、彼の動向を探るべく店の中を覗き込んだ。


 ショーケースのカウンターの向こうにいたマロンは、クレアを見るなり、



「ああ、本当に来てくださったのですね!いらっしゃいませ。どちらになさいますか?」



 完全に恋する乙女の眼差しで、嬉しそうに尋ねた。

 それにクレアもにこりと微笑み返すと、



「こちらの一番人気はシュークリームだと伺いました。もう出来ていますか?」

「はい、もちろん! あなたが守ってくれたお陰で、今日も百個、無事に作ることができました!」

「そうですか。ではそれを、全てください」



 なんて。

 間髪入れずに、淡々と言うものだから。

 マロンは目を点にして、



「……………は?」



 そんな声を上げた。

 クレアはやはり笑顔を浮かべたまま、



「ですから、シュークリームを百個、全てください。それとも、『一人いくつまで』という制約があるのでしょうか?」

「い、いえ……そういったものはないですが……一人で百個も買って、一体どうするつもりで……」

「決まっているじゃないですか。我が主人(あるじ)と、『シュークリームパーティー』をするのです。ほら、金ならありますから」



 そう言って、懐から大量の金貨が入った袋を取り出し、カウンターの上に置く。

 するとその背後で、朝早くから並んでいた女性たちが「ふざけんな!」「独り占めなんて許さない!」などと抗議の声を上げ始める。その中には、あのピンクのワンピースを着たマダムや、整理券詐欺を働いた二人組の女性もいた。

 が、しかし。



「そのセリフ、そっくりそのままお返し致します」



 それまでの穏やかな雰囲気から一変。クレアは少し威圧感のある声で、そう言った。

 そしてゆっくりと、女性たちの方へと振り返り、



「私は与えられた権利を、当たり前に行使しようとしているだけです。あなた方だってそうだったでしょう? 列の中で、少しでも前に立つためならなんでもする。他を蹴落とし、傷付けることも(いと)わない。そうして勝ち取った購入権を最大限に利用して、一人で何十個も買いさらってゆく………ただ純粋に『美味しいものが食べたい』と思う彼女の気持ちが、こんな醜い争いによって踏みにじられるのを見るのは……本当に胸が痛かったですよ」



 今のセリフにそれぞれ何かしら身に覚えがあるのか、抗議の声がぴたりと止む。

 静まり返った聴衆を見回すと、再びカウンターの方へと向き直り、



「価値あるものは、時に争いの火種となり得ます。人を幸せにするはずのスイーツが、こんな悪意に取り巻かれているだなんて、もったいないお話です。これを機に、売り方を少し改めてはいかがでしょう? ……まぁ、その辺りは私にとって、どうでもいいことですが」



 ぽかん、と放心状態のマロンに、いつもの好青年スマイルを向けて、



「と、いうことで。シュークリーム百個、急いで包んでください。姫君が目を覚ます前に、宿へ戻らなければ」



 番犬は、主人(あるじ)念願の品を購入したのだった──





 * * * *





 クレアの部屋のテーブルに、うず高く積み上げられたシュークリームを見て、エリスは声を震わす。



「こ、これって………まさか……」

「そうです。あの店にある、ありったけのシュークリームを、買い占めて参りました」



 その後ろから、クレアが言う。



「全部で百個。だから、今からお店に行っても、今日はもう買えませんよ」

「クレア……あなた………」



 驚きのあまり声を詰まらせるエリスに、クレアは悪戯っぽく笑って、



「『エリスが通ったあとには、一片のシュー生地も残らない』……ですよね? あの意地悪なマダムや、嘘つきな女性たちの驚いた顔。貴女にもお見せしたかったです」



 なんてことを言うものだから。

 エリスはなんだか、胸の奥がきゅーっとなるような、不思議な感覚に襲われ……



「………あ、ありがとう。……殴ったこと、謝るわ」

「ええ、本当に。これを手に入れるために徹夜で頑張ったというのに……酷い仕打ちです。今からでも労いのキス、していただけないでしょうか?」

「誰がするかっ!! ……その、そういうのはしないけど………」



 ふと、エリスはおもむろにシュークリームを一つ手に取ると……

 クレアの口元にそれをそっと近付けて、




「………今度はあたしが、『あーん』してあげるから…………それで、チャラにして?」




 頬を染め、恥ずかしげに言うので。

 クレアは彼女の手をそっと掴むと、



「……たぶんクリームを溢してしまうと思うので……指についてしまったのも全部、舐めさせてくださいね。こんなに美味しいモノ、残してしまうのは……もったいないので」



 指先にちゅっ、と口づけをして。

 囁くようにそう言った。





「──さぁ。念願のシュークリームパーティーです。思う存分、堪能しましょう」

「いえーい! サイッコー☆」



 甘い甘い香りに包まれた部屋で。

 この日、ここでしか食べられない最高のスイーツを。


 二人は心ゆくまで、分かち合ったのだった。




ピネーディア編、これにて終了です。

次回からの新パートでは、アノ人がついにアレを持って追いつきます。

果たして、エリスの運命や如何に……


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

少しでもお楽しみいただけましたら、ブックマークとページ下部の評価(★印)をぜひお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当にマロンが可哀想すぎて涙無しには見れませんね……(マロン可愛い……)
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