9.悪魔の夢
『エルーシア様!』
………え?…誰?
『お気付きになられましたか?私、黒ノ悪魔と申します。』
おそらく男性と思われる、低く落ち着いた声が聞こえた。
こ、声が、出ない…。
これは私の夢?
『その通りです、エルーシア様。』
会話が成立した、だと……⁈
え、えっと、なぜ、私の名前を?……その前に、あなたは誰?なぜここに?
『私は黒ノ悪魔、ディアヴァルツと申します。エルーシア様にお仕えするために来ました。今のエルーシア様はお力を封じられているご様子。完全な復活まで、私が、お守りいたします。』
え?……なぜここに?どうやって?
『あの扉の中からです。
あの中で、異界の門が出現しました。
貴女様の復活を感じ取り、私はお助けに参ろうかと思ったのですが、強力な光の結界が張られており、世界に干渉する事が出来なかったのです。
しかし、貴女様が扉に近づいたため、この世界への干渉が可能になりました。
貴女様に気付いてもらおうと、扉を叩いたのですが……』
ドアバンの正体はあんたかい!
超怖かったんだから!
…それより、なぜ、私が近づいたから?
『そうです。エルーシア様の魔力により、こうして私も人の夢に出る事が出来るのです。』
へえ。人の魔力勝手に使うな。
ところで、さっき言ってたけど、守るってどのくらい?
『この部屋から出られればですが、エルーシア様に降りかかる危険を排除します。』
そう。お願いだけど、この孤児院に居る人達には危害を加えないで。
『……わかりました。』
じゃあね。私もゆっくり寝たいから。
……この、黒ノ悪魔とやらを意識の外にと思った時。
『お、お待ち下さい、エルーシア様!』
何?まだ何かあるの?
『誠に恐縮ながら、この部屋から出ない限り、近くに来たエルーシア様を見ている事しか出来ません。どうか、私めを出していただけないでしょうか。』
出すって、どうやって……?
『扉へ直接、エルーシア様の強力な魔力を注げば開くかと…』
魔力操作が、まだできない…
『体の中の、血液の様に流れるものを感じてみてください。夢の中では難しいかと思われますが、私も出来るだけ早く、エルーシア様をお守りしたくあります。どうか、よろしくお願い致します。』
……こうも丁寧に頼まれては…私にも利益がある様だし、魔力操作が上手くできる様になれば、やってみよう、かな?
わかった。操作が上手く出来ないうちにやって暴走しても困るから、出来るようになったらやってみる。
『ありがとうございます。急かすようで申し訳ありませんが、出来るだけ早く、お願いします。』
わかった。
…………………………………
…………………………
…………………
……………
………
……目が覚めた。
窓を見ると、まだまだ夜中の様だ。
(扉、行ってみようかな……)
3人が起きない様に、静かにベッドから降りて、部屋を出た。
なるべく、音を立てない様に移動する。
おそらく、あの扉の不自然さの原因は、異界との繋がりだと思う。
余計なモノがこの世界へと流れ込む前に、異界の門は閉じた方が良いだろう。
…扉の前に着いた。
コンコン、と、軽くノックしてみる。すると、コンコン、と帰ってきた。
やっぱり誰かが中にいる。
「居るの?」
「エルーシア様ですね!お待ちしておりました。」
「ちょ、声でかい!抑えて、抑えて」
「これは失礼致しました。」
「よし、居ることはわかった。私は寝るから。おやすみ。…あ、あと、あんまり目立つと消されるよ?おやすみなさい。」
「…はい。おやすみなさい。」
そうしてすぐに部屋に戻って、ベッドに入った。
その後の夢には、もう悪魔は出て来なかった。
「エレンー!朝だよ!」
「ん?…ぇあ?」
「ほら、ロッテも起きて!」
「ぅー、ねむ……あと5分…」
……騒がしい。…朝?
「……ぁ…おはよ…」
「着替えて歯磨き行こう!」
……着替え…か。
大きく伸びをして、寝巻きから、薄紫のワンピースに着替えた。
開け放たれた窓のカーテンは、大きく膨らみ、部屋に湿った涼しい風が流れ込んだ。
もう一度伸びをして目を覚ますと、木箱から歯ブラシとタオルを一枚取り出す。
ロッテも起きた様だ。
「…ねぇ、昨日の夜の事、先生に言おう?」
「うん。絶対幽霊。浄化しなくちゃ!」
「そうだね」
あー……ほっといたら本当に消されそう。折角の護衛が居なくなるのは惜しいな。魔力操作、どうやるんだろう。
歯磨きを済ませ、食堂に向かう。
もう、あの扉の前だけ走ってたよこの子達。…疲れた。
朝ごはんを食べ終え、歯磨きをしたら、私は、少し大きい孤児院の制服を着て職員室へと向かった。
「あら、エレンちゃん、早いのね〜。ちょっと待っててね…」
「ん。」
少しして、その先生が、四角い鞄を持って来た。
「お待たせ。さ、行きましょ。」
「うん」
孤児院を出て、中庭、修道院、礼拝堂を通って通りに出る。
「自己紹介が遅れたわ、私はケイティ。よろしくね。」
「エレン。よろしく。」
「入園手続きが終わったら、鞄とか必要な物を買ってあげるわ。」
「いいの?」
「必要な物だからね。孤児院では私たちが親よ。」
「ありがとう。」
乗合馬車に乗り、学園へと向かう。私の入る学園は、孤児院の子供達も通っている、「アルブス王国立アルマ学園」というらしい。国立か。割と大きい規模の学園っぽい。
入園手続きは、ギルドの時と違い、正確さが求められた。
因みにテストは元々の私の知識で解けるような簡単なものだった。
解けるところだけでいいと言われ、渡されたのは、簡単な足し算から、3桁の掛け算や割算、四角い図形まで、いろいろな数学の問題が書かれた紙。変な文字式も幾何学模様も無かった。
あと、文字を音読した。文字が読めるかどうかを見たのだろうか。
昨日のはなんだったんだと言いたい。…まぁ、予習になったと思えば、ありがたいが。
手続きが終わると、学園の制服と、大量の教科書、学園の紋章と赤いバッチを貰った。これはクラスの色らしい。
私はAクラスの分類だ。その上は、Sクラスで、下にB、C、D、Eと続く。上から2番目だ。やったね。これは喜んでいいだろう。
ただし、地理、歴史、現代社会と理科だけは別教室だそうだ。がんばろ。
学園からの帰りに、大きめの鞄と、鉛筆などの勉強で使う物を買ってもらった。