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21.再会

21話目です。

よろしくお願いします。

「ほれ、賞金首だ。首から下もオマケな」

 夕暮れに突然現れ、セメレーの死体をカウンターに置いた一二三に、居合わせた冒険者は口々にセメレーと一二三について声を小さくして話していた。


「……確かに。では、報酬を用意いたしますので、少々お待ちください」

 対応したのは、一二三へセメレー殺害の依頼をした職員だった。セメレーの死に顔を見て本人である事、そして瞼を開いて瞳孔から確かに死んでいる事も確認すると、待合スペースの空いているテーブルを指した。


「いや、飯を食ってくるから。後でな」

「畏まりました」

 ざわつく冒険者ギルドを後にした一二三は、戦場が近くともそれなりに店が出ている町を眺めながら、食事ができる場所を探してウロウロと歩いていく。

 以前に見たホーラント王都よりも、余程自由な雰囲気があり、活気もある。内乱はさておき、それ以前の時代に、たっぷりと人々が豊かさを味わう期間があったようだ。


 五分と経たずに食堂の看板を見つけた。

 だが、その軒先で百人近い兵下が屯しているのを見て、一二三はゲンナリした顔をする。

「なんだありゃ。食い物残ってるのか?」

 八十余年の間に進歩した食事を、また充分に味わっていない一二三は、幸先の悪さに顔をしかめた。これだけの人数がいて、食材が無くなっているかも知れないと思ったからだ。


 とりあえずは入ってみようと近づくと、兵士たちは一二三に気付いてすぐに移動して、店内への通り道を作ってくれた。

「大人数で邪魔してすみません。どうぞ」

「ああ。飯が食えればいいんだ」

 隊長格なのだろうか。装備は同じだが少し年かさの男が、素早く立ち上がり、一二三に会釈をする。


「全員が入れる食事処が無いので、交代で食事を採らせているのです。ご迷惑おかけしますが、席は空いていますから、どうぞ」

 バタバタと慌ただしく動く店員の代わりに、その男が空いている隣のテーブルを示した。彼と、なぜか一人の老婆が座っているテーブルの他に、二十ほどのテーブルがあるが、半分は兵士たちが食事中で、残りには別の客らしき者たちがいる。


 一二三は素直に指定された場所へ座り、慌てて顔を出した店員に、酒は要らないから適当に飯をくれと銀貨を握らせた。

「どこかの兵士のようだが、戦争に参加するのか?」

「ええ。我々はオーソングランデ皇国にあるアマゼロト伯爵家の私兵です」


「アマゼロト……?」

 聞き覚えがある家の名前だが、一二三は思い出せなかった。

 食事を待ちながら、思い出せないなら大した事でもないだろう、と考えるのを止めようとした一二三の方を向いて、老婆が困惑の表情を浮かべていた。

「……もしかして、いえ、そんなはずは……」


 老婆は年老いてはいるものの、背筋はしっかりと伸びており、左目は濁ってしまっているが、右目ははっきりと見えているようだ。

「失礼ですが……一二三様ではありませんか?」

「そうだが……お前、フィリニオンか」

「やっぱり……何十年ぶりでしょうか。お久しぶりでございます」


 フィリニオン・エル・アマゼロトという女性は、子爵家の息女として生まれ、十代の前半を王都では無く自領で過ごし、次第に領地運営へと興味を持って十五の頃には親の手伝いをしていた。

 だが、他者との交流が少ない事に気を揉んだ、父であり当時のアマゼロト子爵からの指示で、王都にて騎士としての訓練を受けて、最終的に第三騎士隊へ配属された経歴を持っている。


 一二三がフォカロルを始めとした領地の主であった頃、イメラリアの命により一時的に領主代理として派遣された事がある。

「どなたかが、封印を解かれたのですね」

「プーセと……ヨハンナだったか。今の王女がな」

「そうですか……」


 第二騎士隊所属で、のちに近衛騎士隊副隊長まで昇進したヴァイヤーという騎士を婿に迎え、自領を相続した。その際に騎士職を辞しているが、魔人族による王都訪問の際の魔人族の王であるウェパルの世話役として一時的に復帰している。

「では、一二三様は排斥派と戦うためにいらっしゃったのですか?」

「そんなもん知らん。今の戦いを見て起きたかったのと、ギルドの仕事を片付けて帰ってきた所だ」


 なるほど、と呟き、フィリニオンは小さく頷いた。

「あの、フィリニオン様。こちらの方はお知り合いですか?」

 先ほど、隣の席を進めた兵士が尋ねた。百歳に近いフィリニオンと、二十歳前後に見える一二三との接点が読めなかったのだ。

「実物を知らないと気付かないものね……石像になっていた英雄さん本人よ、このお方は」

「ひえっ!?」


「なんだその反応は」

 怯えを含んだ兵士の視線にムッとした一二三だったが、料理が運ばれてくるとすぐにそちらへと意識が向いた。

 その様子に、フィリニオンは顔をほころばせる。

「ふふふ……イメラリア教の影響が薄い地域では、一二三様はどちらかと言うと恐怖の対象として口伝されている所も少なくありませんよ」


 それよりも、とフィリニオンは食べ続けている一二三へと質問を投げかける。

「一二三様は、これから共生派と排斥派の戦いに参加されるおつもりですか?」

「状況次第だ」

 一言だけ答えてから、二、三口ほど詰め込み、飲み下す。

「両方と戦ってみたが、俺が見る限りでは排斥派の方が全体的には強いな。それなりにまとまっているし、今の前線にいる連中は集団戦闘に慣れている。しかし、中に混じって戦いたいとは思わないな」


 一二三が言った“両方と戦った”という言葉に、周囲にいた兵士たちがざわめくが、フィリニオンが視線を向けて黙らせる。

「では、一つ良い情報を。そして依頼をさせていただけますか?」

「依頼?」

「そうです。実は今、オーソングランデの王であるオレステの身辺を、わたしの孫が警備しています。彼を、王もろとも殺してもらいたいのです」


 周囲の兵士が息を飲み、一二三の返答を待っていたが、一二三は答えずにそのまま食事を続けている。

 それに怒った兵士が前に出ようとしたが、フィリニオンは年齢に似合わぬ素早い動きで制した。

「やめなさい。ここにいる全員と一緒に死にたくなければ、この方に手を出してはいけません」


「……随分とうまく教育しているようだな」

 人心地ついた一二三は、食後の茶を傾ける。

「これでも、小さい頃から領地の事は良く見ていましたから。夫のヴァイヤーが三十年ほど前に無くなってからも、フォカロルで学んだ事を活かす機会はいくらでもありましたから」

 懐かしそうに目を細めるフィリニオンに、一二三はある種の死の匂いを感じた。自分の人生は既に終わっている、とでも言わんばかりの、達観と諦観の入り混じる、さっぱりした表情だ。


「で、良い情報と言うのはなんだ?」

「孫は夫であるヴァイヤーだけでなく、カイムさんからも幼少時に多くの手ほどきを受けています。騎士団に所属せず、単身ひっそりと王を守っているその技量は、一二三様でなければ相手にならぬかと」

「へぇ……」

 一二三は、興味深げに眼を細める。

「それは、確かに良い情報だ」


 食事を終えた一二三はフィリニオンを伴ってギルドへ戻り、セメレーの賞金を受け取り、同時に新たな依頼を受けた。

 一時フォカロルへ戻り、そこから王都へ向かう事に決めた。


「では、よろしくお願いいたします」

「お前の孫はしっかりと俺が始末する。お前が先か後かまでは知らんが、安心すると良い」

 一二三の言葉に、フィリニオンは目を見開いたが、すぐに微笑み、一礼して兵士たちと共に戦場へと向けて出発していく。

 その後ろ姿は、若い頃の騎士であった彼女と少しも変わる事が無かった。


 一二三は最後まで彼女が老体に鞭打って戦場へと向かうのかを聞く事はしなかった。ただ、羨ましいと思っていた。

「死ぬべき時に、死ねる舞台がある。運の良い奴だ。……あいつには世話になったからな。死出の連れくらいは、用意してやろう」

 ふふん、と上機嫌に笑った一二三は、アマゼロト領兵たちに背を向け、馬を預けている場所まで早足で歩きだした。


☆★☆


 ミキは結局断れず、ヨハンナとウェパルと共に、王城へと向かう事になった。

「なんで私が」

 と、ウェパルは面倒くさいと言っていたが、エヴァンスに協力を仰ぐためと言われ、渋々引き受けた。身分は隠し、人間へと変装する事になる。


「お父様や妹のサロメと正面から話し合いを試みるわ。……でも、お父様たちはわたくしの命すら狙う可能性があるから、ミキに護衛をお願いしたいの」

「私も現状を訴え、排斥運動の停止についてお願いしたいと思います。それに、ユウイチロウをここへ連れて来て、色々見せたいです。いざとなれば転移で逃げますから、私の傍から離れないでくださいね」

 ヨハンナとミキが、お互いに目的を確認しているのを、ウェパルはうんざりして見ていた。ようやく騒々しい日々から離れる事が出来たと思ったのに、と呟いている。


 プーセはヴィーネと共に獣人族の町へと向かう事になった。

 ヴィーネの体術訓練と共に、プーセが魔法を教える為だ。プーセ自身、獣人族の知人の墓参りをしたいという目的もある。


 そして、身重のオリガは屋敷へ残る。

 ギルドや現トオノ伯爵からの報告を受けるためでもあるが、一二三がいつ帰って来ても迎えられるようにというのが一番大きな理由だ。

フェルスとニャールが身辺の世話をするために屋敷に残る事になった。


 シクを通してその状況を知ったトオノ伯メグナードは、実年齢よりすっかり老け込んだ顔で「わかった」と呟いたと言う。

 屋敷にいる人物で、誰よりも危険なのがオリガなのだ。身重である事も関係無く、一言で言って一番扱いに困る人物が残る事になった。

 フェレスやニャールも多少は戦えるが、オリガを押える程の力も関係の強さも無い。


 養子であるウェスナーの処分について頭を抱えているメグナードと違い、フォカロルのギルドはオリガの冒険者資格を復活させたり、魔法研究者との対話などの屋敷内でもできる仕事の斡旋を行うなど、あからさまな特別扱いをしていた。

 一二三もオリガも、ついでにヴィーネも、姿を隠すような真似をしていないので、特にフォカロルでは過去の英雄が復活した噂は実しやかに囁かれていた。


「オリガ様をお守りするためでもあります」

「私を、ですか?」

 すっかり屋敷の主として定着していたオリガの元へ、ギルド長クロアーナは足しげく通っている。実務上の理由もあるが、第一の目的は一二三とのつながりを保つためだ。

 今日も、先日の依頼料を持って来た、と言いながら、談話室で腰を据えて会話に興じていた。


「ことフォカロルにおいて、一二三様の強さは有名です。一部の愚か者は過小評価をしておりますが、実際に一二三様やオリガ様の姿を見た人物から、その強さや逸話を聞いている者は多く居ります」

 ですから、と正直に自分クロアーナは真剣な目を向ける。

「それだけの重要人物であり、領主やギルド長が特別扱いするのが当然の人物であると改めて印象づける事で、余計なやっかみを防ぐつもりです」


 クロアーナは特に名のある魔法研究者などからの依頼を率先してオリガへ回す事で、彼らに恩を売ると同時に、オリガと言う人物の位置を押し上げる事を狙っていた。

 領主と繋がりが有り、ギルドが下へも置かぬ扱いをしているという事が広まる。そうすれば、余計なちょっかいをかける者は減るだろう。町の二大権力に睨まれて、平然と町にいられるはずがない。


 ですが、とクロアーナは、一つの懸念を伝える。

「その一部の愚か者が、先日のように屋敷を襲撃して来ないとも限りません。もちろん、オリガ様がそのような者どもに後れを取るとは思いませんが、なるべく安静にすべきではありましょう」

「お気遣いは有り難いと思います。ですが、あまり甘やかされてばかりもいけません」


 オリガは、次は自分がギルドへ顔を出すと言った。

「領主の所へも、改めて私が参ります。ウェパルさんの従者さんを一人お連れするかと思いますが、主人が働いているというのに、私ばかりがのんびりとしているわけにも参りませんから」


 もう一つ、オリガ自らが動くに足る理由がある。

「アリッサが守っていたこの町に、余計な虫が入り込んでいる状況は良くありません。同じ人物を愛した者として、彼女の努力に瑕をつけるような真似は許せません」

「……オリガ様は、何かお気づきなのですか?」

「この屋敷を定期的に確認している人物がいるようです。体形から見て男女一人ずつ。今も、離れた場所から屋敷の様子を窺っています」


 オリガは、クロアーナが乗って来た馬車を追ってきたような動きだったと説明する。

 これにはクロアーナも狼狽を隠せなかった。

「それは……大変申し訳ありません。裏組織の生き残りか、あるいは……」

「恐らくは、王城からの手の者でしょう」


 監視をしている二人の人物は、いずれも背筋が伸びた姿勢で、一定の歩幅で歩いている。行軍訓練を日常的に行っている兵士か騎士だろう、とオリガは推測する。

「ヨハンナ殿下は明日にも出立されます。ヴィーネを追われても面倒です。今日のうちに片付けるといたしましょう」


 立ち上がったオリガは、クロアーナに「協力をお願いします」と伝えた。

「一二三様が戻られる、この屋敷に入れるのは憚られます。貴女の馬車で、共にギルドへ行きましょう。ギルドには、牢もあれば秘密裏に尋問をする場所もあるでしょう?」

「承知いたしました。職員にも手伝わせましょう」


 即答で承諾したクロアーナに、オリガは首を傾げた。

「随分と嬉しそうですね」

「当然ですわ。幼少から聞かされていた英雄の伴侶であるオリガ様のご活躍が、また間近で見られるのです。こんなに嬉しい事はございません」


「そうですか。私などより、一二三様の方がずっと美しい所作で人を殺しますよ。いつか見られる機会があると良いですね」

「ええ。その時は、何を置いてもかけつけます」

 会話の内容はさておき、和やかな雰囲気で出かける準備を進める二人を見て、談話室の外では、どちらが付いていくのかフェレスとニャールが押し付け合いを繰り広げていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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